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『「害虫駆除」スキルでスローライフ? 私、害虫(ドラゴン)も駆除できますが』  作者: とびぃ


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1-5:畑中みのり(二十代・農協勤務)

(……うるさい)

ピー、ピー、ピー。

規則的な電子音が、頭蓋骨に直接響く。

(……何の音? ああ、そっか……心電図、か……)

(私、どうなったんだっけ……)

そうだ。

今日は、担当地区の組合員のうかさん、田中さんのところへ、軽トラで肥料ゆうきペレットを届けに行く途中だった。

春先の、植え付け前の忙しい時期。

道が混んでいて、少し急いでいた。

見通しの悪い、カーブミラーもない、いつもの交差点。

大型トラックが、携帯でも見ていたのか、すごいスピードで、横から。

(……あ、私、死んだんだ)

畑中はたなかみのり、享年二十六歳。

農業高校を卒業後、地元ここの農協(JA)に就職。

農業指導員の助手として、また資材販売の担当として、組合員さんの畑を軽トラで駆け回る毎日だった。「みのりちゃんは、本当に土が好きだねえ」と、組合長に笑われるくらいには。

(……田中さん、あの肥料、待ってるだろうな……)

(……後輩の佐藤くんに引き継ぎ、ちゃんとできてたっかな……)

((……ああ、でも……もう、いいのか……)

(……疲れた……)

(……土に、還りたい……)

農業高校時代、恩師がよく言っていた。

『いいか、畑中。作物は土が育てる。俺たちは、その手伝いをするだけだ。人間も同じ。最後は、みんな土に還るんだ。いい土になって、次の命を育てるんだぞ』

(……私も、土に還るんだ……。いい土に、なれるかな……)

意識が、白く、暖かく、溶けていく。

安らかな、眠り。

……。

……。

……。

ガタッ!

「……っつう!!!」

(……痛い!?)

白い病院の天井が消え、全身を走る、骨がきしむような激痛で強制的に覚醒させられる。

視界に飛び込んできたのは、どんよりとした、見たこともない紫色の曇り空と、見知らぬ衣装を着た男たちの焦った顔だった。

「お、おい! 生きてるぞ!」

「公爵令嬢様が……! ば、馬車は!? 馬車は粉々だ!」

(……こうしゃく、れいじょう? ばしゃ?)

混乱する頭で、自分の体を見下ろす。

着ているのは、農協のロゴが入った緑色の作業着ジャンパーじゃない。

泥と、そして、これは……私の血?で汚れた、豪華なレースのドレス。

(……なに、これ?)

細く、白い、見慣れない自分の(?)手。

土いじりで荒れた、畑中みのりの手じゃない。

(……夢?)

「ファティマ様! ファティマ様! ご無事ですか!」

兵士らしき男が、私(?)の体を無遠慮に揺さぶる。

(ファティマ……?)

その瞬間。

頭の中で、何かが弾け飛んだ。

『ファティマ・フォン・バルケン! 貴様との婚約を破棄する!』

『貴様のスキルは【害虫駆除】だ!』

『辺境のバルケン領へ、未来永劫、追放する!』

十六年分の、「ファティマ」としての絶望と諦めの記憶。

そして、

『畑中さん、この堆肥、最高の発酵具合だね!』

『みのりちゃん、あんたの指導のおかげで、今年のキュウリはA品ばっかりだよ!』

二十六年分の、「畑中みのり」としての土への情熱と知識の記憶。

二つのまったく異なる人生が、激痛を触媒にして、無理やり一つに混ざり合い、融合していく。

(……私、ファティマ・フォン・バルケンで)

(……私、畑中みのり……?)

「……私、交通事故で死んだはずじゃ……」

思わず、日本語で呟きが漏れる。

「ファティマ様? 何と?」

兵士が怪訝な顔で私を覗き込む。

ハッとして、私は周囲を見渡した。

横転し、大破した護送馬車。

崖の上から転がり落ちてきた、巨大な岩。

そして、

(……この、土……)

私は、全身の痛みも忘れ、地面の土を掴んだ。

指の間から、サラサラとこぼれ落ちる、赤黒い粒子。

(……赤土。これは……ひどい。粘土質が少なくて、保水力も保肥力もゼロ。有機物も、微生物も、ほとんど感じられない……)

これが、

(……ここが、異世界? 追放先の、バルケン領……?)

ファティマとしての記憶が、この土地が「不毛の地」と呼ばれる理由を、畑中みのりの知識で瞬時に理解させた。

(……これじゃあ、育つものも育たない。連作障害どころの話じゃない。ただの、死んだ土……)

絶望的な状況。

公爵令嬢ファティマとしては、あまりにも。

だが。

(……でも)

畑中みのり(農協職員)の血が、騒いだ。

全身の痛みよりも強く、熱い何かが、心の底から湧き上がってくる。

(……待って。赤土ってことは、酸性が強い? なら、石灰を撒いて中和すればいい)

(……保水力がないなら? 堆肥だ。完熟堆肥を大量に漉き込んで、団粒構造を作ればいい)

(……有機物が足りない? 緑肥だ。マメ科の植物を植えて、土壌に窒素を固定すれば……)

(……やれる)

(……やれるぞ、私!)

「ファティマ様? 大丈夫ですか、どこかお怪我は」

兵士が心配そうに声をかけてくる。

私は、掴んでいた赤土を強く握りしめた。

それはもう、絶望の色ではなかった。私にとっては、これから耕すべき「希望」の色だった。

「ええ、大丈夫よ」

顔を上げた私の目には、先程までの絶望の色は、もう欠片も残っていなかった。

そこにあるのは、前世にっぽんの、ベテラン農協指導員(畑中みのり)の、燃え盛る開拓魂のうきょうだましいだった。

「それより、あなたたち。怪我が無いなら、さっさとこの瓦礫を片付けてちょうだい」

私は、貴族令嬢としての毅然とした口調に、農協職員の有無を言わせぬ圧を込めて、兵士たちに指示を飛ばした。

「え? あ、は、はい!」

兵士たちは、私の変わりように戸惑いながらも、慌てて動き出す。

私は、ドレスの裾が破れているのも構わず、ゆっくりと立ち上がった。

全身が痛む。だが、それ以上に、ワクワクが止まらない。

(不毛の地? 上等じゃない!)

(聖女の祈り? そんなものに頼らなくても、土は応えてくれる!)

(私のスキルは【害虫駆除】? 最高じゃないの!)

農家にとって、害虫駆除は最大の課題の一つだ。それがスキルで解決できるなら、これ以上のチートがあるだろうか。

私は、赤土の大地を見渡した。

どこまでも続く、不毛の荒野。

「見てなさい、アルフレッド王子。聖女セシリア」

私の戦場はたけは、ここだ。

「この赤土だらけの不毛地帯、必ず、日本まえせ農協わたしの知識で、王国一の穀倉地帯に変えてみせるんだから!」

こうして、地味スキル【害虫駆除】を持つ追放令嬢ファティマ(中身:農協職員)の、辺境領地改革(スローライフ?)が、今、幕を開けたのだった。

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