6-6:辺境からの光
絶望が王国を完全に支配してから、三日が経過した。
王宮の大会議室はもはや何の機能も果たしていなかった。
国王は玉座で虚空を見つめたまま動かない。アルフレッド王子は自室に閉じこもり、聖女セシリアは高熱を出して寝込んでいる。
宰相や貴族たちは集まってはいるものの、ただ「どうする」「どうなる」と意味のない言葉を繰り返すだけ。彼らの顔からは血の気は失せ、この世の終わりのような空気が漂っている。会議室には、窓の外から入り込む、植物の腐敗臭が漂い始めていた。
飢饉はもう始まっている。
王都の貯蔵庫は、ある。だが、それは軍隊と貴族が数か月生き延びるための備蓄でしかない。来年の春、いや、この冬すら越せるかどうか。民はどうなる? 国はどうなる?
誰もがその「答え」から目をそらしていた、その時だった。
コン、コン、と重い会議室の扉をノックする音が響いた。そのあまりにも「日常的」な音に、誰もがビクリと肩を震わせる。
「……入れ」
国王がかろうじて絞り出した声に、一人の文官が震えながら入室してきた。
「き、緊急報告! 商人ギルドより緊急の魔導通信が!」
「商人ギルド?」
宰相が怪訝な顔を上げた。「マルコとかいう商人がギルド本部に送ってきた報告が、あまりにも信じ難く、確認のためこちらに……」
「何を もったいぶっておる!」
一人の貴族が、ヒステリックに叫んだ。「今更どんな悪い知らせが来たところで、これ以上の絶望があるものか!」
「そ、それが……」
文官はゴクリと唾を飲み込み、その羊皮紙を震える声で読み上げた。
「……『バルケン領、被害、ゼロ』」
「…………」
「…………は?」
会議室の空気が凍った。宰相が文宮から羊皮紙をひったくる。その手は、老いとは思えないほど激しく震えていた。
「な、何を馬鹿な……! あの不毛の赤土の土地が被害ゼロだと……? 蝗害の通り道からは外れていたということか……?」
「い、いえ……! それが……!」
文官は報告の続きを叫んだ。
「商人マルコの報告によれば……!」
「『バルケン領、蝗害の直撃を受けるも、謎のスキル結界により、蝗の一匹たりとも領地に入れず』!」
「な……!?」
「さらに!」
「『同領、ファティマ・フォン・バルケン様の独自の農業指導により、土壌完全に回復』!」
「『結果、赤土は黒土に変わり、本年度、例年(王都)を遥かに凌駕する未曾有の豊作を達成せり』……!!」
「…………」
「…………」
「…………」
大会議室は、先程までの「死」の沈黙とはまったく質の異なる、信じがたい報せへの「驚愕」に満たされた沈黙に包まれた。
「ば、……ばるけん領が……」「あのゴミ捨て場が……」「豊作……?」「ファティマ、だと……?」
宰相の震える手から、その羊皮紙がハラリと床に落ちた。
絶望の暗闇に包まれた王国に、今、最も遠い、最も見捨てられた、あの辺境の地から、一条の、ありえないほどの眩い「光」が差し込もうとしていた。




