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『「害虫駆除」スキルでスローライフ? 私、害虫(ドラゴン)も駆除できますが』  作者: とびぃ


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1-2:地味なスキルの断罪

アルフレッド王子の声が、静まり返ったホールに響き渡る。

それは、私が今まで聞き慣れていた、社交の場での穏やかな声音とはまったく異なっていた。厳格で、冷酷で、一切の情を排した、まるで罪人を裁くかのような、研ぎ澄まされた刃物のような響きを帯びていた。

「ファティマ・フォン・バルケン! 貴様との婚約を、今この場を以て破棄する!」

ついに、その言葉が放たれた。

周囲の貴族たちから、抑えたはずのどよめきが漏れる。「まあ」「やはり」「ついに」――そんな囁きが、波のように私の足元に打ち寄せる。彼らの視線が、好奇心と侮蔑という名の無数の針となって、私に突き刺さった。

私は、ただ背筋を伸ばし、無表情を保つことに全神経を集中させていた。

(動揺するな。みっともない姿を見せるな)

王妃教育で叩き込まれた「いかなる時も動揺を見せるな」という教えだけが、今にも膝から崩れ落ちそうな私を、かろうじてこの場に立たせていた。

(……動揺しては、いけない。これは、決定事項。私が、受け入れなければならないこと)

わかっている。

覚悟はしていたはずだ。いつか、こんな日が来るかもしれないと。

わかっているのに、心臓が氷の手に掴まれたように軋み、痛む。呼吸が浅くなる。

アルフレッド王子は、そんな私を睨みつけたまま、糾弾の言葉を続けた。

「貴様も公爵令嬢ならば理解しているはずだ! この国が、いかに『スキル』によって支えられてきたかを!」

彼の声が、舞台俳優のように芝居がかった熱を帯びていく。

「我が王家が【聖剣技】で国を守り、そして、ここにいる聖女セシリアが【豊穣の祈り】で民を飢えから救う! これこそが王国の礎! だというのに!」

王子の視線が、隠しようもない侮蔑の色を帯びて、私を射抜く。

「貴様のスキルは何だ!【害虫駆除】だと!? 農奴でも持っているような、地味で、何の役にも立たない、取るに足らないスキル! そんなものが、次期王妃のスキルとしてふさわしいと本気で思っていたのか!」

(……知っています)

私は奥歯を強く噛みしめた。唇の内側が切れ、じわりと鉄の味が広がる。

痛みで、涙が滲みそうになるのを必死に堪える。

(私のスキルが、地味で、何の役にも立たないことなど。私が、一番……一番、知っている)

努力が足りなかったのだろうか。

いいえ、スキルは神からの授かりものだ。努力でどうにかなるものではない。

では、私の祈りが足りなかったのだろうか。

毎日、誰よりも早く教会に通い、国の安寧と民の幸福を、誰よりも真摯に祈ってきた。

それでも、神は私に【害虫駆除】を与えた。

その事実が、私の十六年間のすべてを否定しているかのようだった。

「恥を知れ、ファティマ!」

王子の叱責が、シャンデリアの光を震わせる。

「貴様のその地味なスキルは、公爵家の、いや、王家の恥だ! 聖女セシリアの【豊穣の祈り】は、あまりにも繊細で神聖な力だ。貴様のような『外れスキル』を持つ者が側にいるだけで、その清浄な力が濁ってしまう!」

その言葉に、私は思わず顔を上げそうになった。

(……私のスキルが、聖女様の力を、濁す?)

そんな話、聞いたこともない。魔導理論のどの教本にも、スキルの優劣が互いに干渉するなどという記述はなかったはずだ。それは、あまりにも理不尽な、この場限りの「こじつけ」ではないのか。

私がわずかに戸惑いの色を見せたのを、王子は「反抗」と受け取ったらしい。

「何だ、その目は! 証拠でもあるのか、と言いたげだな!」

彼は、隣に立つ聖女セシリアの肩を、見せつけるように強く抱き寄せた。

「セシリア! 言ってやれ! 貴様がどれほど、この女のせいで苦しんできたかを!」

名指しされたセシリアは、桜色の髪を揺らし、ビクリと肩を震わせた。彼女は潤んだ瞳で王子を見上げ、それからおずおずと、まるで壊れ物を扱うかのように、私に視線を向けた。

その瞳には、怯えと、罪悪感と、そして……ほんのわずかな、隠しきれない優越感が混じっていた。

「……あの、ファティマ様……」

か細い、しかしホール全体に不思議なほどよく響き渡る声だった。

「わ、私、悪気はないのです。本当に……。でも、ファティマ様が学園の農園にいらっしゃると、私の【豊穣の祈り】が、その……少し、力が弱まってしまうような気がして……」

(……学園の、農園?)

それは初耳だった。

確かに私は、王妃教育の一環として、領地経営の基礎を学ぶために学園の農園に通っていた。だが、それはセシリアが「祈り」を行う時間とは重ならないよう、細心の注意を払っていたはずだ。私は、彼女の邪魔だけはしまいと、早朝か日没後にしか、あの場所には近づかなかったのに。

「聞いたか、ファティマ!」

王子が、セシリアの言葉を意気揚々と引き継ぐ。

「セシリアは心が優しい故、今まで黙っていたのだ! 貴様が農園に触れるたび、貴様のその『虫けら』のスキルが、聖なる大地を汚染していたのだ!」

(汚染……?)

そんな馬鹿な。私はただ、土の状態を確認し、教科書通りに土壌改良の真似事――腐葉土を混ぜたり、石灰を撒いたりしていただけだ。虫が出るのは土が健康な証拠だと、そう習ったのに。

「聖女様の祈りを妨害するなど、万死に値する!」

「公爵家の恥め!」

「国を滅ぼす気か!」

王子の言葉を皮切りに、今まで沈黙を守っていた貴族たちが、一斉に私への非難を浴びせ始めた。堰を切ったように、彼らの悪意が私に向かって殺到する。

それは、恐ろしいほどの熱量だった。

まるで、この国が抱えるすべての不満、すべての不安を、私一人という「格好の的」に叩きつけているかのようだった。

【害虫駆除】という地味なスキル。

聖女の祈りを妨害する、不浄な存在。

それが、今の私に貼り付けられた「真実」だった。

誰も、私の努力も、私の真意も、見ようとはしない。

「ファティマ・フォン・バルケン」

アルフレッド王子が、まるでゴミでも見るかのような目で、私に最後通告を突きつける。

「貴様は、聖女セシリアを害そうとした大罪人だ。本来ならば牢に繋ぐところだが、バルケン公爵家の今までの功績に免じ、寛大な処分を下す」

彼の青い瞳が、私を凍てつかせる。

「貴様を、王立学園から追放し、バルケン公爵家からも籍を抜き、辺境のバルケン領――あの不毛の地へ、未来永劫、追放するものとする!」

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