王の狂行
シュタイン王国の王都を覆う空気が変わったのは、王が突如として宮殿の大広間に臣下を集め、「反逆者アーリントン家の粛清」を高らかに宣言した日からだった。
「我が王子、カミル・フォン・シュタインは、未だ正統なる王位継承者である!アーリントン家の令嬢クラウディアは、彼の婚約者の身でありながら婚姻を拒み、さらに我が命に背いた。これは王権への反逆に等しい!」
王の声は怒りに震えていた。だがその隣には、確かにカミルが立っていた。目の焦点が定まらぬまま、虚ろな瞳の奥で何かに抗おうとしているような――もはや人形同然の姿で。
王は、かつて王位継承権を剥奪したはずのカミルを、都合よく“王家の象徴”として持ち出してきたのだ。クラウディアを「王子を拒絶し、家門の名誉を踏みにじった逆臣」として仕立てあげ、王国軍の士気を煽る材料にした。
さらに王は、王都内の教会関係者や新聞印刷工房に命じ、「アーリントン家は魔女と結託しており、呪術によって王国転覆を図っている」という一方的な“証言”をばらまかせた。
街には「クラウディアの目を見た者は呪われる」「侯爵家の地には悪魔が巣食っている」などといった怪しげな噂が広がり、事実と虚構が混ざり合い、民衆の恐怖心を煽っていった。
――だが、すべてが王の思惑通りにはいかなかった。
アーリントン侯爵家の武威と誇りは、国民の間でも根強い信頼を集めていた。
特に、領民たちは侯爵家によって守られ、飢えずに冬を越し、文化的な教育を受けてきた自覚があった。
王都から遠く離れた農村部では、「あのご令嬢は魔女などではない。私たちの畑に立って泥に手を伸ばしてくださった方だ」という証言が次々と広まり始めた。
さらに、クラウディアが王宮の腐敗や秘密結社との癒着について暴露する文書を各地の領主や学者へ送っていたことも、後に大きな反響を呼ぶ。
文書には魔術による王妃の不正、民の搾取、そして隠された儀式の存在までもが綴られていた。
「これは本当か……?」と疑いながらも、貴族の中には密かに彼女の行動に共鳴し始める者も現れた。
そのころ、アーリントン侯爵領の境界では、兵の再編が始まっていた。
一部の正規軍が密かにアーリントン側に寝返り、軍旗には王家の紋章を塗りつぶした新しい印が掲げられる。
その旗に記された紋様は、一輪の黒い百合と、それを抱くようにデザインされた影。
それはクラウディアと、闇を歩む者たちの覚悟を示す印だった。




