王の狂気
玉座の間に、王の怒声が響き渡っていた。
「…アーリントンの者どもを殲滅せよと言ったのにまだ動かぬというのか!?我が命を受けてなお、指一本動かぬとは…っ!」
床を叩く拳の音が石造りの広間に虚しく反響する。
「陛下、兵の多くは未だ城外におります。地方の部隊も即応できるとは限らず……王命の伝達に、いささか時間が……」
「黙れ!!」
報告をしていた侍従の言葉を、怒号がかき消した。
王の顔はすでに尋常ではなかった。
憔悴、焦燥、疑念、憎悪…それら全てが、老いの影に濁ったまぶたに渦を巻いているようだった。
「アーリントンはかつて我が父を支えた名門であった。だが今や、我が統治に逆らい、忠誠すら偽る反逆の徒!」
「エドワールが姿を消したのも…あやつらにそそのかされたのだ。クラウディアめ…あの娘、あの忌まわしき闇の魔術の血筋!」
王は一人、ぶつぶつと呟き始める。もはや誰も止められなかった。
「今となってはカミルが婚約を破棄しておいて正解だった…あのまま王妃になっていたら……いや、あの娘は最初から謀反の芽だったのだ。国外追放などぬるいものではなく処刑すべき魔女だったのだ…!」
その声は次第に狂気を帯び、周囲の者たちは身じろぎもできない。
そんな中、一人の将軍がゆっくりと進み出た。
「陛下。すでにクラウディア嬢は行方知れず、王子殿下も消息不明。しかも国内の貴族たちの一部に、アーリントン家への同情的な動きが…」
「口答えするか、ガレス将軍?」
「いえ。ただ……これ以上の強引な討伐は、民心を損なう恐れがあるかと…」
「よいか貴様ら! アーリントンは国家に刃を向けたのだぞ!? 討てぬというなら、余が直々に兵を率いる!明朝、全軍を動かす!」
その言葉に、玉座の間が凍りついた。
王が自ら出陣する…それは王国史において、滅多にない非常事態の証であった。
だがもう、誰にも止められない。
狂王の火が、王都の空を焦がそうとしていた。
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同時刻 アーリントン侯爵領・作戦室
「……いよいよ、来るわね」
クラウディアは静かに呟いた。影から現れたばかりの彼女の手には王子を抱えるようにして眠るセレナの腕がある。過酷な転移で疲労しているのだ。
エドワール王子は、夜明けを告げるように目を見開いていた。
「父上は……もう、元には戻れない。きっと明日には、軍をひき連れてこちらに来るでしょう。…父を打ち倒す覚悟はできております。」
「殿下…あなたは、王国の希望です」
シリルが王子の肩に手を置く。
そしてルーファスが、広げた地図の上に指を置いた。
「明朝、決戦。王を止める。…そのためには、我々が『反逆者ではない』ということを、全王国民に知らしめねばならん」
クラウディアが深く頷いた。
「情報操作、影の工作、王子の声明……やれることは全てやりましょう」
「ああ、我々は誇りや希望を守るために戦う!」
「新しい王の未来と王国民の未来のために!」
夜が明ける。
狂気の王が進軍し、誇り高き家が迎え撃つ。
王国の命運を分ける決戦の幕が、いま上がろうとしていた。




