初邂逅
静寂が満ちる王宮の裏庭。
深夜、月が雲に隠れ、ただ濃い闇だけがあたりを包んでいた。
「……準備はいい?」
クラウディアは小声で問う。背後に控えるセレナがうなずいた。
「音の結界、張ったわ。五分が限界よ。急いで」
彼女の指先が宙に光を描くと、空気がゆっくりと沈黙に包まれていく。虫の羽音さえ消え、時間が止まったかのようだった。
「行くわ」
クラウディアは足元の影へと手をかざす。柔らかな影が波紋のように広がり、彼女とアレク、そしてセレナを包み込む。影潜りを応用する事で人や物を連れて行けるようになった。
闇の中を滑るように進んでいく。石造りの廊下の床、絨毯の裏、大理石の柱の影。誰の目にも映らず、気配すら残さず、王宮の奥深くへと潜っていく。
やがて、彼らはひっそりとした一室へとたどり着いた。
部屋には、ただ一人の少年が座っていた。
金の巻き毛に、冷静な灰色の瞳。10歳とは思えぬ落ち着きと気品を漂わせる少年、エドワール・フォン・シュタイン。
クラウディアたちは影からすっと現れ、姿を見せる。
少年は驚きに目を見開いたが、叫び声をあげることはなかった。
彼はすぐに状況を飲み込んだように、椅子の背に姿勢を正す。
「……あなたが、アーリントン家のクラウディア様ですね」
クラウディアは軽く頭を下げた。「はい。お会いできて光栄です、殿下」
「影を通じて、あなた方が私に関心を寄せておられることは知っていました。こうして直にお目にかかれるとは……でも、どうして…?」
クラウディアは一歩踏み出すと、はっきりと告げた。
「私は、この国の腐敗を正したいと思っています。殿下が国を思い、正義を願っておられると聞きました。どうか、お力をお貸しください。共に、シュタイン王国を変えましょう」
しばし沈黙の後、少年は静かに息をついた。
「……わかりました。私も…父と兄のやっていることには納得できません…そして母も…。ですが、私は王族という立場はあるもののまだ子供です。力が…圧倒的に足りないのです」
「そのために、私たちがいます」セレナが口を開いた。「殿下が決断されるのなら、私たちは全力で支えます」
「……それは、私が即位した後、王のいない国を目指すとしても?」
「もちろんその意志を尊重します」とクラウディアは答える。「必要なのは、王冠ではなく、国を思う心と覚悟ですから」
少年は目を伏せ、そして……ゆっくりとうなずいた。
「わかりました。クラウディア・アーリントン。私は、あなた方と手を組みます。必ず、この国を変えると誓います」
その瞬間、密やかな契約が結ばれた。
若き次期王と、影より現れた公爵令嬢。
歴史の歯車が、音もなく、しかし確かに回り始めたのだった。




