エドワール
クラウディアが自らの意思を発した瞬間、場の空気が変わった。
燃えさしのようだった一同の目に、確かな灯が宿る。
沈黙のなか、レオンハルトがゆっくりと腕を組み、ひとつ深く息をついた。
「……ようやく、だな」
その声はどこか安堵を滲ませていた。
「ならば、伝えておかねばならぬ事がある」
彼は静かに口を開いた。
「実は、あの愚か者……いや、長らく君を弄んだ“カミル王子”は、正式に王位継承権を剥奪されている。今、次期国王と目されているのは、弟の王子…エドワール・フォン・シュタイン殿下だ」
思いもよらぬ名前に、クラウディアの眉がわずかに動く。
「エドワール殿下は、まだ十歳。だが、その幼さに見合わぬ聡明さと、鋭い洞察力を持ち合わせておられる。影からの報告によれば、王宮の不穏な動きをいち早く察し、アーリントン家に危害が及んでいることを深く憂いておられるようだ」
レオンハルトは一歩、クラウディアに近づいた。
「そして彼は、王家がこのままでは国を滅ぼすと直感している。まだ幼き彼は、国を変える力を持たぬ。だが――その意志は、君と同じく真っ直ぐだ。国と民を想い、正しき未来を願っている」
一瞬の静寂を挟んで、レオンハルトは問う。
「クラウディア。君は今の王と王妃を討ち、新たな秩序を築く覚悟があるか?」
彼女は目を見開き、息を呑む。
「エドワール王子を新王と仰ぎ、我らと共に腐った玉座を引きずり下ろすことは、君の望みと一致するだろうか?」
重くも、静かな問いかけだった。
「君が、立つと言ったのだ。ならばその先にある選択も、今ここで決めねばならない」
その言葉は、運命の扉を叩く音のようだった。
クラウディアは黙したまま、目を伏せた。
言葉が喉まで上がってきては引っ込み、胸の内で何度も繰り返し問う。
――自分に、そんな大それたことができるのか?
王家を討つ。
それはただの復讐ではない。
この国の命運を、自分の手で変えるということだ。
幼い王子を担ぎ、新たな未来を選ぶ。
その道には、血が流れるかもしれない。
多くの憎しみと、誤解と、怒りが渦巻くだろう。
それでも、歩めるか――
「……父上…お兄さまたちは…」
静かに口を開いたクラウディアに、レオンハルトは頷いた。
「あの子らもすでに動き始めている。表には出しておらんが、アーリントン家はこの国の真実を暴き、正すための準備を進めている。君が“立つ”と決めた今、それは加速するだろう」
そうか…と心のなかで呟く。
気づけば、両の手が膝の上で強く握り締められていた。
「私は……」
声が震える。
だが、その震えは恐れではない。
怒りでも、悲しみでもない。
「私は、私の尊厳を奪った者たちを許さない」
クラウディアは顔を上げた。
その瞳は、燃えるような意思を湛えていた。
「私の誇りを踏みにじった者たちが、同じようにこの国の未来をも踏みにじろうとしているのなら、私は――それに抗う。剣を取り、立ち向かう」
彼女の声はしだいに強くなっていく。
「ただの私怨では終わらせない。これは、私たちの誇りと、未来のための戦い。私はその先頭に立つ」
レオンハルトの目が細められる。
静かに、だが満足げに微笑みを浮かべた。
「よく言った。君こそが、アーリントンの名を継ぐに相応しい」
彼は背後の扉を振り返り、軽く指を鳴らした。
すぐに数人の者が姿を現し、静かに頭を下げる。
「これが、君の初陣となる」
レオンハルトの声が、今や次なる章の幕開けを告げていた。




