音魔法実践
風のない夜だった。空には星が瞬き、野営地に灯る焚き火だけが、静かに火の粉を散らしていた。
セレナは膝に小さなリュートを抱え、そっと弦をつまびく。魔力を込めた旋律は、空気を震わせながら周囲へと染みわたっていく。
「――ああ…なんか……眠い……」
アレクがもぞもぞと寝袋に潜り込み、数秒もしないうちにスーッと静かな寝息を立て始めた。
「……寝たわね。完璧に」
クラウディアが目を丸くし、それから吹き出すように笑った。
「セレナ、今の旋律、ちょっと効きすぎたんじゃない?」
セレナは困ったように笑いながら、そっと演奏を止める。
「つい……野生動物を追い払うつもりだったのに」
フィンが火を見つめたまま言った。
「魔力の乗せ方が安定してきています。そろそろ、実戦でも試してみましょうか」
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✴︎ 敵アジトへの潜入
その数日後、ヴァル王国ギルド本部から極秘の依頼が届いた。
「不穏な魔力の流れがある隠れアジトへの潜入と調査」――
クラウディアたちは、迷いなく引き受ける。
敵の見張りが複数待機する入口に差しかかると、セレナがリュートを手にする。
「……やってみる」
夜の帳に、かすかな旋律が流れた。甘く、微かなゆらぎ。
見張りの男たちが、一瞬ふらりと体を揺らした。目を擦りながら周囲をぼんやり見回し、動きが鈍る。
「今よ」
クラウディアが合図し、一行は静かにその間隙を抜けた。
潜入は成功、敵の書類と魔道具を押収し、まさに任務完了と思われたそのとき――
奥の部屋から現れたのは、アジトの主と思しき仮面の魔術師。
魔力が空気を裂き、クラウディアたちが迎撃に出る中、セレナは震える手で再びリュートを抱いた。
「見て……」
静かな音が広がる。
敵の周囲に、虚ろな光景が揺らめいた。かつて愛した家族の幻影。温かな陽の差す広場。
仮面の男の動きが止まり、戸惑いの声を漏らす。
クラウディアの影がすかさず動き、攻撃を封じる。アジトは制圧された。
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その夜
焚き火の前、セレナはリュートを膝に置き、深く息を吐いた。
「まだ眠らせるまではできなかったけど……幻を見せるくらいなら、なんとか」
「充分よ」
クラウディアが微笑む。「誰よりも、大きな“隙”を作ってくれた」
フィンも頷いた。
「音は“干渉”の魔法。これからもっと深く学べば、対象の聴覚を封じたり、空間の音を遮断したりもできるはずです」
「……やってみたい」
セレナは夜空を見上げながら、静かに言った。
「ちゃんと、誰かを守れるように。もっと、強くなりたい」
焚き火のはぜる音が、祝福のように弾けた。




