セレナの特訓
草原に吹く風が、草をなびかせる音すら心地よく感じられる午後。
セレナは小さな木製の笛を両手に構え、静かに息を吸い込んだ。
その傍らにはフィン。背中の剣を下ろし、黙って彼女の様子を見守っている。
「……いくよ」
小さく呟いたあと、セレナは笛を吹いた。
最初はただの旋律だった。草の匂いをまとった風と溶け合うような、優しい音色。
けれど、それでは魔力は乗らない。
フィンが言ったのだ――「音に、心を乗せてみろ」と。
セレナは目を閉じる。
次に流れた旋律は、少しだけ震えていた。
迷いの音。ためらいの音。
「……もっと、強く想ってみろ」
フィンの低い声が、風に紛れて届いた。
セレナは息を整え、もう一度、笛を吹く。
今度は――眠りへの願いを込めて。
草原の気配がふと沈黙する。
空気が揺れる。光が少しにじむ。
――眠気の魔法が、半径数メートルに淡く広がった。
フィンが目を細める。
「……効いてきたな。少し…眠い」
「ほんとに!?」
「ちょっとな」
セレナは嬉しそうに笑う。
けれど、ここで満足するつもりはない。
「今度は……幻を。優しい夢を見せる感じで……」
そう言って、笛を構え直す。
今度の音色は、ほんのり甘く、微かな懐かしさを含んでいた。
そして――フィンの瞳が一瞬、遠くを見つめるようにぼやけた。
「……湖?」
「うん。私の生まれた村の近くに、小さな湖があったの。思い出しながら吹いたんだ。」
「悪くない」
照れくさそうに笛を下ろすセレナに、フィンはぽつりと言った。
「詠唱の声も使えるようになるといいですね。周囲の音を断ったり混乱させたり……」
「……音を奪う、ってこと?」
「そう。敵の“耳”を奪えたら、こっちの動きは読まれにくくなる。相手からすると眠らせるよりずっと危険な魔法です」
セレナは小さくうなずき、笛を胸に抱いた。
「やってみる。音を“遮断する音”……作ってみたい」
この日から、彼女は笛だけでなく、自分の声にも魔力を乗せる訓練を始めることになる。




