アレクの葛藤
禁書事件が終わった夜。
焚き火の赤い炎の向こうで、アレクは拳を握りしめていた。
「僕……全然、役に立てなかった……」
セレナは優しく笑って「そんなことないよ」と言ってくれた。
けれど――心の奥に残るのは、無力感だけだった。
フィンは静かに焚き火に薪をくべる。
クラウディアは湯を注ぎながら、彼を見つめた。
「強くなりたいのなら、自分を知りなさい。甘えも弱さも、逃げたい気持ちも含めて――ね」
「……追い込めってこと?」
「そう」
アレクは大きく息を吸い、焚き火の中の小枝が燃える音を聞いた。
自分を変えるには、このままでは駄目だ。
「行くよ。北の山に、古代竜が住んでるって噂……知ってる?」
フィンは目を細めて、うなずいた。
「その山は生きた者の影を読む竜がいると聞く。修行にはうってつけだろうな。だが、死ぬぞ?」
「いつかは死ぬんです。ここでやらなきゃ生きてる意味がない」
ーーーーーー
山は険しかった。
寒く、岩だらけで、夜には影がうねるように動いた。
アレクは、クラウディアとフィンに教わった「影読み」の基礎を頼りに進んだ。
影の流れは風と同じように「敵意」や「好奇心」を伝えてくる。
ーーーーー
ある夜、彼は洞窟の中で“それ”に出会った。
全身が黒曜石のような鱗で覆われた、古代の竜。
巨大な翼を折り畳み、じっとこちらを見ていた。
『人間……影を見る眼を持っているな』
「僕は……強くなりたい。守りたいものがあるんだ」
『ならば、お前の影を見せよ。全てを、だ』
影は心の投影だ。
恐れ、怒り、妬み、甘え――すべてを竜にさらけ出す。
アレクは震えながらも、自らの影を呼び寄せた。
苦しみ、泣き叫ぶ、自分の「弱さ」がそこにいた。
アレクの膝はガクガクと震えている。しかし、彼はその影に手を伸ばした。
「全部、僕だ。逃げない。受け入れる。だから……!」
竜の目が光る。
『よかろう。我が名は《ニブル・アドゥム》。古の風と影を司るもの』
竜はその爪で小さな骨の笛を作り、彼に渡した。
『それを吹けば、影を読める者の元に我は応える。己を偽るな。さすれば、力は常に在らん』
ーー
数週間後、山を下りたアレクは、クラウディアたちの前に立っていた。
その背には黒い影のような竜の気配が宿っている。
彼の眼には確かな意志があった。
「アレク、変わったわね」
クラウディアが微笑む。
「正直まだ怖いよ。自分の弱さを思い知ったし、でも、みんなと一緒に生きていくって決めたから」
フィンは短く笑って言った。
「じゃあ、次は実戦だな。竜使い殿」
アレクは、笛をそっと手の中に握りしめた。




