秘密結社内のスパイ?
「……そういえば」
クラウディアはふと、宿のソファに身を沈めながら呟いた。
「この前、秘密結社のアジトを見つけたとき…影潜りで侵入したでしょう?そのとき、ひとり……目が合ったのよ。明らかに気づかれた。でも……何もされなかったの」
セレナが瞬きをし、アレクが「え、それって……」と驚きの声を漏らす。
「見間違い……ではないのですね?」フィンが冷静に問うと、クラウディアはゆっくりと首を振った。
「確かに“私”を見ていた。気配も、視線も…まるで“知っている”ような目だったわ」
ーー秘密結社内ーーー
地下聖堂の奥。
かつて聖なる祈りが捧げられていたはずの空間は、いまや黒い紋様と歪んだ結界に支配されていた。
魔力の渦巻く儀式の残滓が、空気を重く満たしている。
その隅に、静かに佇む一人の女性の影があった。
レイラ=ヴァレンタイン。名家の令嬢。数年前、事故死として記録された少女――その偽りの死の裏で、彼女の人生は暗転した。
“両親を殺したのは、あの男たちだった”
彼女の家は風魔法の名門。
だが、王家に近すぎたが故に、秘密を知りすぎた。
闇の結社にとって、レイラの両親は“不都合な目撃者”だった。
風の魔法は、静かにすべてを読み取る。
空気の流れ、熱、囁きすら。
レイラの父は、それによって結社の暗部を感知してしまったのだ。
(あの夜の風の匂い、まだ覚えてる。焦げた石、血、焼けた魔法紙の臭い――全部)
レイラは今、その結社の「研究員」として潜伏している。
影魔法に関する術式の補助者という名目で、結界調整や結社施設内の風圧管理などを担当している。
「……クラウディア・アーリントン」
名を呟いた瞬間、風がひとすじ、頬を撫でた。
あのとき、確かに“彼女”がここに現れた。
影から現れ、闇に触れながらも澄んだ心を保った少女。
あの瞬間、目が合った。
互いに気配に気づいていた。
けれど、彼女は…レイラは何も言わず、ただ一歩引いた。
「……風は、すべてを見ている。私はそのただの観測者。けれど――」
彼女の視線は、石床に刻まれた黒い魔導式に向けられていた。
調整するふりをしながら、実は一部の術式を密かに追跡しやすいように組み替えていた。
目的はただ一つ。
幹部をこの手で裁くこと。
ロッシュ伯爵家の長男。
妹エミリアは“光の聖女”と呼ばれるが、兄はその裏で処刑役として暗躍し、多くの犠牲者を出した。
レイラの両親も、その犠牲となった一組にすぎない。
「両親を殺した実行犯。そして、クラウディアを陥れた裏の首謀者……あなたなのよね、ヘルベルト」
妹を使い、カミル王子を操り、王家の精神をも蝕もうとする。
クラウディアの追放も、すべては王権を堕とす計画の一環だった。
「私のことなんて、どうでもいい。どうなっても構わない」
けれど――
「でも、あの男だけは……この手で裁いてみせる」
彼女は静かに立ち上がった。
風が、黒衣の裾をわずかに揺らす。
音もなく、匂いもなく、ただ確実に流れる風。それがレイラという存在そのものだった。
「……もうすぐよ、ヘルベルト。
あなたの終わりは、私が運ぶ風と共にやって来る」
レイラの瞳は夜空のような深い藍。
冷たく澄んだその光の奥に――宿るのは、決して消えることのない“怒り”だった。




