みんなそろう。
その日の午後遅く、アーリントン侯爵家の馬車が宿に到着した。
扉が開くと、堂々たる風格のレオンハルト侯爵が先に現れ、その後ろから二人の青年が姿を見せた。クラウディアの兄たちーーシリルとルーファスだった。
「まったく…私だってそっちに行きたかったわよ」
と侯爵夫人の声が通信の魔道具越しに聞こえてきた。シリルは苦笑して「母上に逐一報告しろと言われているので」と呟くと、ルーファスが「今も通信中なんだ」と囁いた。若干気まずそうな表情だ。
侯爵は何も言わずクラウディアの顔を見て、それから軽く肩に手を置いた。言葉はない。ただその手から、強い安堵と、無事を喜ぶ想いが伝わった。
「お前が無事で何よりだ、クラウディア」とシリルが言い、ルーファスも「……心臓に悪い妹だ。本当に、本当に心配したんだぞ」とぼやくが、目は柔らかかった。
集まった家族と仲間たちは、宿の広間で小さな円を作っていた。アーリントン侯爵家の人々、そしてクラウディアを支える仲間たち。ひとつの小さな陣のように。
そして、まず最初に皆が聞きたいことは、クラウディアの体のことだった。
「お嬢様、何か……副作用のようなものはございませんか?」
フィンが静かに訊ねた。尋常ではない力を振るった直後――無理もない。
だが、クラウディアは穏やかに微笑んで、首を横に振った。
「いいえ。むしろ……信じられないくらい、調子がいいの」
その声に、空気が一瞬静まった。誰もがその真意を測りかねていた。
「どういう意味だ?」
レオンハルトが慎重に問うと、クラウディアは言葉を探し、考えるように視線を泳がせてから、やがて静かに言った。
「……たとえるなら、雲の流れや、空の色の変化が、前よりもずっとくっきり読めるようになったの。昔は“なんとなくそうなる”って思ってたことが、今は“必ずそうなる”って確信できる。まるで、世界の解像度が上がったみたいに」
誰も言葉を発せず、ただ彼女の声に耳を澄ませていた。
「未来視なのか?」と、シリルが少し眉をひそめて聞くと、クラウディアは小さく首を振る。
「違うと思う。未来が見えるんじゃなくて……“この流れなら、きっとこうなる”っていうのが自然にわかるの。風の向きとか、川の流れとか、重力のかかり方とか……そういう、目に見えない自然の流れの法則のようなものを感じ取れるようになったというか」
「自然の……法則……」
シリルがゆっくりとその言葉を繰り返す。侯爵も、考え込むようにクラウディアを見ていた。
「大げさに言えば、この国がこれからどう動くのか、その輪郭が見えるような気がするの。もちろん、はっきりした“答え”じゃないのだけど……世界が何を求めて動いているか、感じ取れる気がするの」
クラウディアの声には不思議な静けさがあった。力強い自信ではなく、確信のようなもの。
「……それは、新しい魔法の目かもしれんな」
レオンハルトが、ようやく言葉を返した。
「目に見えぬ“流れ”を読む。それは戦場では何よりの武器だ。だが同時に――」
「慎重に、使わなくてはなりませんね」
クラウディアが言葉を継いだ。父娘の間に、静かに敬意が交わされる。
フィンが肩をすくめた。
「お嬢様の力がまたひとつ底知れなくなったようで……私の仕事も増えそうです」
「よろしく頼むわ、フィン。私が調子に乗らないよう、時には引っぱたいてでも止めてちょうだい」
「……それは、少々恐れ多いですが」
ふっと、みんなが笑った。深く、安堵の滲む温かな笑いだった。




