サマール王国の王宮へ
その日、夕暮れとともに、馬車の車輪が石畳を静かに叩く音が響いた。
王宮へと向かうための、最後の支度を終えたクラウディアが姿を現すと、アレクとセレナは言葉を失って硬直した。
漆黒のドレスは月明かりのような銀糸で縁取られ、彼女の長い黒髪をより艶やかに映し出す。深紅の宝石が胸元にひとつだけ灯りのように輝き、闇に咲く一輪の花のような美しさを際立たせていた。
「…本当に人間?」
最初に声を漏らしたのはアレクだった。思わずぽかんと口を開けたまま動かない彼の肩を、隣のセレナが小突く。
「アンタ、その言い方は失礼よ。でも……ほんと、人間とは思えないほど綺麗…まるで天使か妖精のようだわ……」
セレナの格好は金糸の刺繍が施された深緑のドレスに、彼女の髪はクラウディアの手で美しく結い上げられている。アレクもまた、格式高い礼装に身を包み、少年らしい面影を残しつつも、どこか誇らしげな雰囲気をまとっていた。
「ふふっ」
クラウディアが笑みをこぼすと、隣のフィンも微笑みを浮かべる。珍しく、彼の瞳にも柔らかな色が宿っていた。
「ふたりとも、堂々としていてよ。今のあなたたちは、どこから見ても立派な冒険者であり、この国の誇るべき英雄よ」
「……英雄、か……」
アレクが照れ臭そうに鼻をかいた。「全然実感わかねぇな……なんか、まだ信じられないや」
「私だって同じ。鏡を見ても、これが私だなんて……」
セレナも頬を染めながら視線を落とす。
「大丈夫。とっても似合ってるわ。」
クラウディアの言葉は、飾り気のない真心で彩られていた。
やがて、王宮の正門が見えてくる。見上げるほどに高い白壁、その先にそびえる金色の塔。門前には整然と並ぶ騎士たちと、豪奢な飾りをつけた従者たちの姿。
馬車が静かに止まり、扉が開く。
クラウディアが一歩踏み出すと、光が彼女を包むように舞った。
「……まるで、夜空に咲いた星みたいだ」
思わず、アレクが呟いた。
フィンが無言で、だが誇らしげにクラウディアの後ろに立ち、二人を軽くうながす。アレクとセレナがそれに続く。
宴の前、玉座の間にはすでに貴族や要人たちが集い、王の到着を待っていた。
そして、その空気を切り裂くように響いたのは、王の威厳ある声だった。
「冒険者クラウディア・アーリントン。そしてその仲間たちよ――」
王の姿が玉座から立ち上がり、ゆっくりと彼らの前へと進み出る。周囲が静まり返る中、王の口元に笑みが浮かんだ。
「サマール王国を救ってくれたその勇気に、心より感謝を述べよう。貴殿らの行いは、ヴァル王国の誇りであろう」
厳かな沈黙の中で、セレナとアレクの肩がぴんと張る。
その横顔を、クラウディアはそっと見つめた。
彼女の表情には――ほのかな誇りと、あたたかい光が宿っていた。




