サマール王国
クラウディアは毎日のように、森の奥でフィンと共に魔法と剣技の訓練を積んでいた。
影の中に身体を滑り込ませ、気配を消す潜影の技。
影を糸のように操って拘束する影縛など。
集中力と魔力の練度を高めるため、静寂の中で何度も同じ型を繰り返す。
最初はうまくいかなかった「潜影」も、いまや森の小動物すら気づかないほど静かに動けるようになっていた。
ーーー
その日もクラウディアは訓練場の隅で精神統一の訓練を終えたところだった。
フィンと並んで水を飲んでいたところへ、息を切らせたアレクとセレナが駆け込んできた。
「クラウディアさん! フィンさん! ちょっといいですか!」
「どうしたの?」
クラウディアが水筒の蓋を閉めながら振り向くと、セレナが手にしていた書簡を差し出す。
「ギルドのミシャさんから預かったの。……隣国のサマール王国で、ちょっとした問題が起きてるって」
フィンが書簡を受け取り、目を通す。その眉が微かに動いた。
「酷暑による農作物の不作……?」
「ええ。サマール王国って、もともと乾燥地帯でしょ? オアシスに囲まれた町が中心なんだけど、今、異常な暑さが続いていて果物や薬草がどんどん枯れてるって」
セレナの説明に、アレクが真剣な顔で頷いた。
「でね、ギルドに相談が来たらしいんだ。影魔法で何か対処できないかって」
「影で日除けを作るとか、冷気を通すルートを確保するとか、そういう魔術的アプローチができる可能性があるってことですね…」
フィンが呟くように言い、クラウディアに目を向ける。
「クラウディア様、行くご意思は?」
クラウディアは一拍置いてから、きっぱりと答えた。
「ええ。突然の気候の変化に興味はもちろんあるけど、何より……人々が困っているのなら、できる限り力を貸したいわ」
その言葉に、セレナが笑顔を見せた。
「やっぱりクラウディアさんって、かっこいい!」
アレクも元気に頷く。
「じゃあ、すぐに出発できるように準備しよう! サマールまでは、馬車で三日くらいだって!」
こうして、4人は旅の準備を整え、サマール王国への道を踏み出した。
―――
サマールへ向かう途中、彼らは小さな宿場町で一泊することになった。
夜の静けさのなか、クラウディアは宿の屋上でひとり空を仰いでいた。
乾いた風。少しずつ変わっていく空気の匂い。
日中の陽射しが強まってきているのを、彼女は肌で感じていた。
「……確かに、ただ暑いだけじゃない」
肩甲骨の奥が、静かにうずく。
まるで遠くから何かが呼んでいるかのように――
クラウディアの中の「影」が、わずかにざわめいていた。
「クラウディア様、寝付けませんか」
階段を上がってきたフィンが飲み物を手渡してくれる。
「ありがとう。……フィン、この暑さ、やっぱり“自然”じゃないわよね?」
「ええ。風が死んでいる。気流の乱れというより、“封じられている”ような感覚があります」
「封じられている……?」
クラウディアはじっと遠くの空を見た。
その夜の空は不思議と星が見えず、月も霞んでいるようだった。
「もしかして、光が“膨らみすぎてる”のかもしれません」
フィンが静かに呟いた。
「影が逃げ場を失っているんです。サマール王国のような国では、本来影は癒しであるはずなのに……」
「光が苦しみを生むなんて。皮肉ね」
クラウディアは目を伏せた。だがその瞳は、闇の奥で確かな意志を湛えていた。
「……行って確かめましょう。光と影がどう歪んでいるのか。私たちに何ができるのかを」
「承知いたしました、お嬢様」




