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第3話

「────は?」


 それはこの初心者迷宮では在り得ない現象であった。


 ……いや、厳密に言えば迷宮の中で起きる事象に「絶対」なんてのは存在しない。だがそれにしたって今俺の身に起きた現象はこの迷宮が出現してから十数年、一度も確認されていなかった事柄であった。


「あいだッ!?」


 妙な浮遊感と共に突然、地面に叩き落とされる。尻から思い切り落とされた衝撃によって俺は間抜けな声を上げて悪態を吐いた。


「マジでふざけんな……いったい何が起きて──」


 そこは先ほどまで草木生い茂っていた平原ではなく、見覚えのない謎の部屋のような空間。しかし、部屋と呼ぶには目の前の風景は何もなく殺風景でそこが迷宮だということを一瞬忘れてしまいそうになる。


 直ぐに意識ははっきりとして、立ち上がって状況の把握に務める。謎の空間には本当に何も無く。外へと続く出口も見当たらない。自身が罠を踏み抜いたのは理解できる。あの魔法陣は何度か人の配信やこの目でも見た事がった。だとしても、直ぐに別の疑問が浮かぶ。


「状況的に転移系の罠だけど……そもそもチュートリアルダンジョンに転移罠なんて言う極悪(トラップ)は存在しないはずだ」


 そう、こんな初見殺しはいくら危険が多い迷宮といえど、チュートリアルダンジョンには存在しない。転移罠が存在するのはもっと上位、それも深い階層のはずだ。謎が謎を呼ぶ。


 何か打開策はないかと不意に配信のコメント欄に視線を伸ばすが、そこでまた驚くことになる。


「配信切断中……?」


 今まで俺や迷宮の様子を映し出しライブ配信をしていた迷宮妖精は依然として頭上を飛んでいる。けれども、同接数はゼロで、表示した配信画面には砂嵐と共にそんな文言が映っていた。更に悪いことは問題は続く。


「そういや骨子はどこ行った!?」


 今まで一緒に迷宮を探索していたはずのスケルトンもいつの間にかいなくなっている。


来い(・・)!骨子ッ!!」


 錫杖を一振りして骨子をもう一度召喚しようとするが、どういう訳か召喚のスキルが発動しない。


「……え?もしかしなくても詰んだ???」


 無情にもシャラシャラと錫杖が音を立てる。最悪に最悪を重ねた現状に血の気が引いて行くのが分かる。


「あーうん、こりゃあ無理だわ……」


 試しに謎空間の壁を触ってみるが、やはり貧弱な俺が何をしようがビクともしない雰囲気。その事実確認の後に絶望感が一気にやってくる。


「えーーーうそ、マジで?いや、マジだよなぁ──」


 配信中は出さないようにしている素も、この状況では勝手に出てきてしまう。


 助けを望める状況ではない。そもそもこういった異変が起きた時の迷宮配信である。それが勝手に中断されて、この状況が探索者協会に伝わっているのかもわからない。


 ──いつも絶対にいる視聴者が探協の職員なのは分かり切っている。


 普段はコメントを残すことはないが、こういう非常事態時の為に必ずどの探索者の配信にも職員が巡回していると言うのは聞き及んでいた。つまり何が言いたいかと言うとガチで終わりと言うことである。


「このまま助けが来ず野垂れ死ぬのか……?」


 急にそんなことを言われても困るし、「あ、はい、そうですか」と納得できるはずもない。


 こんなクソみたいなことを生業にしているのだから数多の理不尽で死ぬ可能性は分かっていたし、覚悟だってしてたつもりだ。


「けど、これは違うだろ……」


 まだ俺にはやらなきゃいけないことや、やりたいことがたくさんあるんだ。


 俺が死んだら母さんの病気はどうなる? 妹の学費は? いやそもそも大切な家族を路頭に迷わせるなんて許容できない。


「約束、したんだ……!!」


 無理でも不可能でも何でもいい、けどこのまま何もしないで死を受けいれるのは性分じゃない。錫杖を力強く握り直し、俺は無地の壁を思い切り殴った。


「ッう、こんのぉッ──!!」


 しかし壁は想像以上に固く、一度殴ったくらいでは傷一つつかない。


 それどころか衝撃が跳ね返るように錫杖越しに掌へと伝わってくる。それでも俺は止まらずに錫杖で壁を殴り続けた。


 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も────そうして、大枚叩いて手に入れた錫杖(二十五万)はいつの間にかボロボロになり、これだけ殴ったのだから少しくらいは頑丈な壁に傷を付けられたかと思うが……しかして壁は依然として無傷だった。


 やはり、身体能力が低く、使い魔頼りの貧弱な召喚士ではどうすることもできないらしい。やはり、俺は──空木普という凡人は探索者になるべきではなかったのかもいれない。


「だから何だってんだッ!!?」


 それでも俺は壁を殴り続ける。錫杖が使い物にならなければ、その次は自分の拳を使えばいい。


 また何度も──両の拳が打ち砕かれ、大量の血を流し、使い物にならなくなっても気にせずに殴り続ける。痛みに悶える思考はぼんやりと希薄になっていき、もう自分がちゃんと壁を殴れているのか、はたまた既に地面にぶっ倒れて朦朧としているのかの判断も付かない。


 だと言うのに、その声はやけに鮮明に、確かに聴き取れた。


『クエストが届きました』


「──は???」


 頭の中に直接響くような無機質な──言うなればシステムアナウンスのような声──それに俺は振りかぶった拳を宙で止める。


 ──どうやらまだ身体は正常に動いていたらしい。


 なんて的外れな事を想いながらも、無機質な声は続き、


『クエストを受注されますか?』


 唐突に俺の目の前にメッセージウィンドウが表示される。


 ───────

 ・クエスト

〈逆境に抗うモノ〉


 難易度:???


 クリア条件:迷深の番人から逃げ切れ。


 制限時間:5分


 報酬:強制成長(レベルアップ)

   迷宮配信〈運営〉からの特別支援


 失敗ペナルティ:死亡


〈迷宮審問官〉である『ラビリル』の指令により、配信妖精ベノから特別依頼が発行されました。この依頼の達成の有無によって受注者は今後、迷宮配信運営から特別な支援を受けることができます。依頼を達成し、受注者は〈迷宮審問官〉、そして配信妖精に自身の価値を証明してください。

 ───────


「なんだよこれ……」


 依然として状況の理解が追いつかない。


 特別支援? なにそれおいしいの? とこのふざけたテキストメッセージを表示してきた迷宮審問官だか配信妖精を問い質したいところではあるが──


「GUOOOOOOOOO!!」


 どうやらそんな悠長な時間は俺には与えられないらしい。


 不意に爆音のした方へと視線を飛ばせば、そこには音もたて立てずに、いつの間に現れたのか巨大な岩石型モンスター〈ゴーレム〉が居た。


「こんなのほぼ強制みたいなもんじゃねーか……!!」


 まだこの意味不明な依頼(クエスト)を受けるかどうかの意思表示もしていないのに、件の依頼が強制的に始まるとはどういうことだ。


「クソ運営の気配がプンプンするなぁッ!?」


 俺が叫ぶのと同時に〈ゴーレム〉がその巨大な腕を振り下ろしてくる。


 間一髪でそれを躱し、俺は反射的に走り出す。依然として頭の整理はできていない。謎の転移にいきなり始まった〈クエスト〉、そして目の前にはありえないほど強そうなモンスター。困惑する思考でもこれだけは分かる。


「逃げなきゃ死ぬ!!」


 そうして命懸けの逃走が始まった。

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