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第21話

 昔からこの世の何もかもが私は怖かった。


 外に出るのが怖かった──だって、もしかしたら外に出た瞬間、車に引かれるかもしれないから。


 食事をするのが怖かった──だって、出されたご飯に毒が入ってるかもしれなかったら。


 学校に行くのが怖かった──だって、見知らぬ人たちと同じ空間に居ると言うのが苦痛だったから。


 勉強するのが怖かった──だって、勉強をすればするほど何もできない自分の愚かさに気づかされるから。


 人と話すのが怖かった──だって何を考えているのかわからなかったから。


 痛いのが怖かった──だって、やめてと言ってもそれを無視されて身体を痛めつけられるから。


 生きるのが怖かった──だって、私みたいな社会不適合者が他の人みたく上手く生きているとは思えなかったら。未来と言うものに全く希望が見いだせなかったら。


 視界に入るもの、耳から聞こえること、自分自身の思考でさえも、何もかも、本当に何もかもが怖くて、恐ろしくてたまらなかった。それでも何もかもが怖い私は死ぬのも当然怖くて、死ぬと言う選択肢を取れないほど臆病で、やはり恐怖に怯えるしかなかった。


 怖いから外に極力出なかったし。怖いから食事をするのも最低限だった。怖いから学校には途中から行かなくなったし。怖いから勉強もしなかった。怖いから他人と極力話さなかったし。怖いから殴られないように細心の注意を払った。怖いから、死んでいるように何もせずに過ごした。それが私──光崎(こうさき)優希(ゆき)の人生の全てであった。


 一つ、訂正させてもらうとすれば、何も私は生まれた時からこんな性格ではなかったと言うこと。


 あれはそう──両親が離婚し父と一緒に暮らすようになってからだ。離婚の理由は母の浮気が原因で、それまで優しかった父は人が変わったように酒におぼれ、ギャンブルに気を狂わせ、仕事もしなくなり、気に入らないことがあれば暴力を振るうようになった。


 助けを求めようにも誰も助けてはくれなかった。親戚とはほぼ絶縁状態、母は浮気した相手と新しい生活を既に始めていた。


 浮気相手は探索者だったらしい。それもBランクの所謂上級探索者と言う奴で、収入が端違いに良かったのだとか。端的に言えば母は金に眼が眩み、父は金が理由で捨てられたのだ。全く愛の欠片も無い嘘みたいな決別。そんな二人の間に生まれた私は何だと言うのだろうか?


 子供は愛の結晶だと言うが、そんなのは嘘だ、戯言だ、綺麗ごとだ。だって、そうじゃなきゃどうして私の両親は離婚してしまったというのだ。私を愛してくれていたはずの二人は何処に消えてしまったのか。


「ひっく……ぅう……」


 最初の頃は毎日泣いていたような気がする。死んだように泣いていた気がする。そうして無為に日々を過ごしているうちに、父は多額の借金を背負っていた。


 当然だ、仕事もせずに毎日家で酒を浴びるように飲むか、ギャンブルで数十万、酷ければ数百万を溶かす日々。そんな生活を続けていれば破産だってするし、寧ろ今までよくそんな生活が続けてられるなと不思議に思っていた。


 だから借金の取り立てが来たときは納得した。「なるほど」と。どうやら父は世間一般的な金融機関では止まれず、限りなく黒に近い金貸しからも金を借りていたらしい。


「テメェ、どうやって落とし前付けるつもりじゃゴラァアア!!」


「ひぃいいい!鏑木さん!す、すいません!あと少し!もう少しだけ待ってください!!」


 全く働きもしない父が借金を返せるはずも無く。ガタイの良い大男に詰め寄られて情けない声を上げていると、不意にリビングで縮こまるようにう項垂れていた私の方を見て叫んだ。


「そ、そうだ!娘!俺の娘が代わりに稼いで借金を返す!ほらどうだ、今は酷いもんだが、整えれば俺の娘は結構美人だ!身体を売らせれば直ぐにでも鏑木さんから借りた金を返し──んぶげ!?」


 捲し立てるように喚く父を黙らせたのは借金取りの大男だった。


「チッ、屑が……てめえの尻ぬぐいは自分でしやがれ。安心しろ、お前みたいな屑でも稼げる仕事はこのご時世色々とある。だから死ぬ気で稼げや」


 大男のおじさんはそう言うと父を他の人たちに任せて、私の元まで来て目線を合わせて尋ねてきた。


「お前さん、これからどうする」


 多分……いや、今思えば確実に善意からくるおじさんの問いかけに私は気が動転して拒絶した。


「……い、嫌!怖い!!」


「ッ──こいつは……」


 無意識に私のうちに眠る防衛本能が引き起こしたのか、私はその時に魔力に覚醒し、どこかから響くような()を聴いた。


 私は振り下ろした拳一振りでリビングの床を叩き割った。それを見ておじさんは怒るどころか目を見開いて驚いていた。


 迷宮乱立時代──世界に数多の迷宮が出現したことによって、地上にいる人間も少なからずその身に魔素を吸収するのが常になった。基本的に配信妖精の加護が無ければ探索者のような異様な身体能力を得ることは不可能であるが、極まれに妖精の加護がなくとも身体が生まれながらに魔素に適応し、探索者ほどではないが常人離れした身体能力を発揮する人間がいるらしい。


 とある研究機関ではそんな人々の事を「適応者」と呼び、その「適応者」と呼ばれる人々は例外なく配信妖精の声を聴き、探索者として見初められ、そう時間もかからずに探索者として大成するらしい。そのことを知っていたからこそおじさんは驚き、そうして私に問いかけてきた。


「お前には才能がある。もし、お前があのクソッ垂れな父親の借金を返したいと、少しでも思っているなら協力してやるが……どうする?」


「やり、ます……」


 気が付けば、私はそう答えていた。自分の意思が無くて、何もかもが怖い私はよく考えずに、それが現在進行形で襲い掛かってくる恐怖を終わらせる方法だと直感して、頷いていた。


 そしてそれが私の探索者人生の始まりであった。おじさんは取り立て相手の娘の私にとてもよくしてくれたと思う。右も左も分からない私に色々と教えてくれて、探索者として活動できるように武器や道具の支援もしてくれた。


 そうして流されるように探索者になった訳だが──正直に言えばそのことに私は酷く後悔した。これも当然な話だ。何もかもが怖くて、自分の意思がない、臆病な私には例え探索者として才能があっても、根本的に人として足りないものが多すぎた。


「……!!」


「ひ、ひぃい!?」


 仮に踏みつぶすだけでも絶命させることができるスライムが相手だろうと、恐ろしくて私は戦うことができなかった。


 最初の一日と二日目はまともに迷宮を探索することも出来ず直ぐに帰った。おじさんは何もできなかった私を叱ることはせずに、「怖いならやめてもいい」と言ってくれたけれど。私は何もできないままの自分が嫌で、そんな自分を変えたくてもう少し頑張ってみようと思った。


 けれど、私は臆病なままで、結局何もできずに借金を返済することができなかった。せめてもと思って、迷宮に偶に出現すると聞いた宝箱を見つけてお金を少しでも稼ごうと思った。これならモンスターと戦う必要はないし、恐い思いをしなくて済む。……後でよく考えたら宝箱を開けるのも怖いと思ったけれど、それは今はどうでもいい。


 そうして探索者になってから六日目。その日もいつものようになれない足取りで、怯えながら迷宮を探索している時だった──


「信じてるぜ、大剣少女」


 私の人生を大きく変える運命の人との出会いが起きた。


 私の名前は光崎優希。私はきっと彼──空木普さんとの出会いを一生忘れることは無いだろう。


 だってあの人は私を必要としてくれて、助けてくれて、こんな臆病でどんくさくて何もできない私を信じてくれてた人だから──私に初めて「本当の勇気」を教えてくれた人だから。

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