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第20話

「まだ一体もモンスターを倒したことがないってどういうことだよ!?」


 前代未聞の問題発言を咬ました大剣少女に、俺は何とか隣を並走して問い質す。俺の物凄い剣幕に怯えた少女は更に走る速度を速めて、勢いよく謝罪した。


「ごめんなさいぃい!で、でもこれ本当なんです!モンスターを倒すのに抵抗感と言うか……その怖くて倒せないんですぅううううう!!」


 なんだその探索者になるのを完全に間違えたような理由は、モンスターとの戦闘が怖いから戦わない? ふざけるのも大概にしろ。


 戦闘職ってだけで勝ち組なんだぞ? 稼ぎ放題なんだぞ? 仲間も選り取り見取りなんだぞ!? それを怖いからってずっと逃げ続けて初心者迷宮を徘徊してたって? どうかしてんだろこいつ……。


「それが本当だとしてアンタはいったいどうやって三階層まで行ったって言うんだ!?」


 呆れるほどの臆病者──百歩譲ってそれは良いとしても、物理的に一度の戦闘も無く三階層まで行くのは不可能だ。だ


 だから全く以て俺はこの少女の言葉が信じられなかった──と言うか、それがもし本当ならば相当な豪運の持ち主だ。ちょっとその運分けて欲しい。


「き、気がついたらここにいました!本当です!お金が必要で……でもモンスターを倒して魔石を取ることができないから、せめて迷宮の中にある宝箱(トレジャーボックス)を探して金策しようとして、そしたらあれよあれよという間に三階層なんかに来ちゃって……」


「チッ……まじかよ──」


 どうやらこの少女、俺の予想を超えた豪運の持ち主らしい。


 なんと恨めしいことか、その豪運があれば俺のあの地獄の厳選作業も少しは楽になったであろう。てか、普通にこのクソッ垂れな依頼(クエスト)をクリアできていたかもしれない。やっぱりその豪運少し……いや、もう全部寄越せ。


 そんな性格上、探索者には絶望的に向いていない、少女が迷宮に潜る理由なんてのは一つしかなくて……やはり「世の中は金」と言うことである。生活費を稼ぐためか、はたまた悪徳業者からこさえてきた借金の返金の為か……真意は今はどうでもいいとして、その表情はフードに隠されてハッキリと伺えはしないが声や雰囲気からして俺の妹と同じかちょっと上と言ったところだろう。本来ならばまだ学生の身でこんなクソみたいな職場に駆り出されてるとか……この少女は少女でかなり切羽が詰まっていると見た。


 どいつもこいつも探索者なんてのは訳アリだが、こうも身近に似通った境遇の奴と相対するのは初めてかもしれない。若いうちからやりたくもないであろうに、こんなクソみたいな場所に放り込まれて……俺が言えた立場ではないが、何とも災難な娘だ。


「……なんせ俺は一年間もずっと初心者迷宮に籠ってたからねぇ」


「え……?」


 そういう意味では俺は彼女の大先輩、底辺度合いで言えば俺が勝っている。


 いやまあ張り合うもんでもないが……だって臆病すぎて戦えなくても職業適性が戦士職の時点で俺より勝っている。つまり何が言いたいかと言うと、今この場でこの臆病少女を戦えるように説得すればいいわけだ。それ以外に俺達が生き残る方法はない。


「だから申し訳ないんですけれど私なんかじゃなんの役にも立たない──」


 今にも泣きだしそうな声で謝る少女。だが、俺はその謝罪を受け入れない。


「いや、悪いがやっぱりアンタには戦ってもらう」


「え──」


「どちらにしろ何もできないお荷物背負って、二体の迷宮主を相手取るなんて俺には無理。だから戦え」


「そ、そんな……」


 随分と滅茶苦茶、厳しい事を言っている自覚はあるが、それでもやってもらうしかない。この状況、どんな手札であろうと全て使い切って勝ちに行くしかないのだ。それに何より、


「じいちゃんとの約束もある。ここでアンタには立派な探索者になってもらう」


「ッ!!」


 共通の知人──と言うべきかも微妙なところではあるが、この少女は少女であの守衛と仲が良いらしい。ならばそれすらも利用してその気にさせる。


「でも、やっぱり私……」


 それでも粘液体一匹も殺せない臆病な少女はまだ踏ん切りがつかないらしい。それならアプローチを変えてみよう。


「別に一人で戦えなんて言ってないだろ」


「え?」


「俺とあと俺よりも頼りになる骨子さんが一緒に戦ってやる。別に死ななきゃいくらでも失敗してもいいし、俺達が助けてやる」


 何かこの少女は勘違いをしているようだが、それは全くの間違いだ。


 一人で戦うと思っているから恐怖は増幅され、臆病風に吹かれるのだ。例え、戦闘で頼りにならない召喚士と骸骨でも、いると居ないでは気の持ちようは結構違うだろう。


「『赤信号、みんなで渡れば怖くない』ってな……それとはまた違うか?」


 まあ何でもいい。こっちは彼女に戦ってもらわなければ困るのだ。だからどんな手を使ってでも戦ってもらう。だからこの時、この一瞬だけはこの少女を元気づける、


「あんたは自分が臆病な事を悪いことだと思っているがそれは違う。寧ろそれは探索者として一番必要な才能だと言える」


「そんなはず……」


 勇気づける、


「何をも打ち砕く戦闘力があったとしても、危機管理が出来ず突っ込んで死んじまったら意味がない。勇気と蛮勇は全くの別物だ。臆病と勇気は表裏一体だ。だからその臆病を今だけ、少しでもいいから裏返せ、そうすればアンタのその性格は探索者として最高の力となり、助けてくれる。安心しろ、何度でも言うが俺達が一緒に戦ってやる」


 煽てる──


「……できるで、しょうか?こんな私でもモンスターを切り伏せて、勇敢な探索者になれるでしょうか?」


「ああ、できる。慣れるとも、その為の手助けは全力でしてやる」


 自分は戦えるのだと勘違いさせる。


「ッ──分かりました……私は、何をすればいいですか?」


「よし来た」


 決意定まった力強い瞳をフードの奥から覗かせる少女に俺はほくそ笑む。


 我ながらクソみたいなことをしてる自覚はあるが、こちとら命が掛かってるのだ。残り時間は十五分を切った。本格的に時間がない。


「巻きでいこう、十五分……いや、十分であの犬コロ二匹をぶっ飛ばして迷宮攻略だ」


 逃げる足を止めて、二体の迷宮主と対峙する。


「骨子は元気な犬コロの方を足止めしてくれ、その間に俺と大剣少女で手負いの方をやる。行くぞ!!」


「カコッ!」


「は、はい!」


 手短に作戦を共有して俺達は走り出す。作戦……と言うにはお粗末だが、やることは至って単純(シンプル)


「まずは俺が注意(ヘイト)を貰う!大剣少女はその隙に背後から一発、そのデカい剣で狼をぶった斬れ!戦士職の膂力なら成長(レベルアップ)をしてなくて一撃で屠れる!!」


「わ、分かりました!!」


 流石に今から出現(ポップ)したばかりの迷宮主を倒すのは時間が掛かりすぎて制限時間に間に合わない。


 だからまずは手負いの方を倒して大剣少女の成長(レベルアップ)を試みる。今まで一度も成長してないのならば階層主から得られる大量の魔素によって一気に成長が見込める。一気に成長した後に、もう一体の階層主を全員で畳みかけて潰すという寸法だ。召喚士が壁役をやるなんて馬鹿げてるが……仕方なしだ。


「オラ犬コロ!俺が遊んでやる!!」


 手筈通り先に俺が狼の前へと躍り出て魔石杖で殴り掛かる。それと同時に狼の方も飛び掛かってくた。


「う、ラァア!!」


「グルゥガァア!!」


 鋭い牙を突き立てた嚙砕きを杖で防御。安物の弊害か今にも噛砕かれそうな軋みを手に直接感じながら狼を釘付けにする。あくまで俺は囮だ、下手に攻撃して危険を冒す必要はない。


「今だ大剣少女ッ!!」


「は、はい!!」


 大剣を勇ましく上段に構えた少女が狼の背後へと回り込む。そのままガラ空きになった犬コロの背後に斬撃を喰らわせるだけの簡単なお仕事──


「ッ──!!?」


 しかし、剣を振り下ろそうとした直前で不自然に少女の動きが固まり乱れる。急に過呼吸になり、その瞳孔は明らかに乱れるように揺れている。


 ──やっぱりいきなりは無理か!!


 苦虫を噛み潰すように表情が強張る。そろそろボロ杖の防御も限界、ここで攻めあぐねているようでは時間が足りない。


「クソッ──」


 大剣少女が躊躇っている間にこちらの形勢も完全に傾く。


「グルゥガァ!!」


 何かが噛砕ける破壊音──何か、とは語るでもなく俺の安物の魔石杖であり、障害を跳ね除けた狼は俺の首元を刈り取らんと突っ込んでくる。このままいけば確実に殺される。だが言い換えればこれは好機でもあった。


「必要経費だ──!!」


 瞬きの内に眼前へと迫る牙。獣臭い吐息と涎が不快感を促進させるが、今はそんな事よりも自分の命の方が大事だ。


「ガルゥ!!」


 俺はガラ空きになった左手を狼の口に突っ込むことで致命傷を回避する。その代償に左腕がぱっくりと噛砕かれた。


「うぐ、あッ……ガァアアア!!?」


「お、お兄さん!!」


 俺の絶叫に大剣少女は自分の犯した愚行に思い至る。今にも泣きだしそうな声でこちらを心配する。


 ──そうだもっと動じて、困惑し、罪悪感を覚えろ。


 思考とは裏腹に俺は勇気づけるように少女に言葉を掛ける。


「今、だ……!俺が引きつけているうちに、斬れ。大丈夫……アンタならやれるッ!!」


「ッ──はいッ!!」


 その言葉に心震わせ、奮起した一人の少女は今度こそ、その大剣を狼に振り抜く。


「あぁあああああああああああああ!!」


「ゥグ、ガァア!?」


 瞬間、狼から鮮血が噴き出て視界一面が朱色に染まる。そして狼を倒した調本人に視覚化できるほどの魔素が流れ込み、成長の糧となる。


「だ、大丈夫ですかお兄さん!!?」


 しかし件の少女はそんなこと歯牙にもかけずに尻もちを付いた俺に駆け寄る。


 俺の左腕からは際限なく血が流れて、力を入れようにもびくりともしない。アドレナリンが出ているお陰か、今のところ咬まれた時よりも痛みが鈍くなっていてあまり気にはならない。


「こりゃあ完全にイカレてますわ……」


 ぷらぷらと力なく項垂れる左腕を見て他人事の様にぼやく。


「ごめんなさい!わたし!あたしの所為で……!!」


「あー、うん。大丈夫、大丈夫だから泣くな」


 いつのまに取り出したのか、一心不乱に俺の腕に包帯を巻きつけ、涙を流す少女。どうやら俺の気付の薬はだいぶ効いたらしい。


 やはり大事な局面で二度も三度も足踏みして躊躇うバカに付ける薬はこういうのが一番効く。自己犠牲作戦は大成功と言って差し支えないだろう。このままの勢いでもう一体の狼も殺る。


「治療は後でいいから、すぐにもう一体の迷宮主をやるぞ。もうウチの骨子一人じゃあ限界だ」


 相棒の方に視線を向ければ、上手く迷宮主を相手取ってはいるがそろそろ厳しそうな雰囲気だ。寧ろ、よくこれだけの時間一人で階層主を引き付けてくれていた。流石はウチのエースの骨子さんだ。


 なんて脳内で絶賛しながらも、視線は眼前の少女に向ける。


「今の狼から得た魔素で成長(レベルアップ)はしたな?」


「は、はい。なんだか今まで以上に力漲ります」


「それは僥倖(ぎょうこう)。んだらばもう一回さっきの重たい一撃頼む」


「は、はい!頑張ります!!」


 俺の言葉に明らかに表情と全身を強張らせる大剣少女。こりゃあ逆にさっきの薬が効きすぎただろうか。


「さっきの事は気にするな。寧ろ、今までモンスターを倒したことがないのに、いきなり迷宮主を手負いとは言え本当に一撃で屠ったことに驚いているよ」


「で、でも……!!」


「持ちつ持たれつ、向き不向き、役割分担だ。俺の仕事は狼を見きつけることで、アンタはぶった斬ること、アンダースタンド?」


「……はい」


「だからこのケガも織り込み済み……だから気にするな。お前は一人じゃない、だから次も全力で大剣を振り抜け。アンタの心の準備が整うまで俺は全身全霊で待ってやる」


「ッ……!!」


 流石にもう一回、あの捨て身の防御をやれと言うのは勘弁であるが、ここまで言えば今度は躊躇わずに攻撃してくれるだろう。一応、最後に念押しだ。


「信じてるぜ、大剣少女」


「ッ──はいッ!!」


 一度、モンスターの撃破を経て完全に吹っ切れたのか、今度こそ少女は力強く頷いて見せる。それに満足して俺も立ち上が──


「よし、それじゃあもういっちょ狼狩り──」


「お兄さんはそこに居てください」


 ろうとすると不意に少女に手で制される。


「へ?」


 突然の事に間抜けな声を上げると、既に少女は大剣を構えて迷宮主へと肉薄していた。


「……早くね?」


 先ほどの動きがまるで嘘であったかのように少女は狼の前へと躍り出て──


「もう絶対にお兄さんを傷つけさせない……【鉄塊砕斬】」


一刀両断。圧倒的な質量と速度を伴った大剣、そして成長により飛躍した身体能力から放たれる攻撃スキルによって、背後からバッサリと斬られた紅蓮狼は断末魔を上げる事さえ許されずに塵となって霧散する。


「カタタッ!?」


 これには今まで一生懸命に注意(ヘイト)を買っていた骨子さんもびっくり。


 噴水の如く鮮血が飛び散るのを背景に、たった一振りで迷宮主を屠った少女は今まで目深に被ったフードを脱いで、満面の笑みでこちらに振り返った。


「お兄さん!見ててくれましたか?私、一人でもできました!!」


 その年相応な無邪気な姿に言い表せぬ寒気を覚えたのは何故か。俺はぎこちなく笑顔を作りながらサムズアップした。


「う、うん、見てた見てた。……うん、もうね、完璧。マジですごかったよ……」


 どうも俺は彼女の内に秘めたとんでもないバケモノを呼び覚ましてしまったのかもしれない。そんな予感と同時に、無機質な声が響いた。


依頼(クエスト)の達成を確認しました。報酬が届き──』


 けれども余りの展開の速さにまともに反応することもできない。それでも、どうやら俺は何とかこのクソッ垂れな依頼をクリアすることができたらしい。

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