第19話
「……なんで?」
急に湧いて出てきた二体目の紅蓮狼に困惑する暇も無く。新しく生えたかのような狼は口から大量の炎を吐いて、こっちに向かって走り出した。
「やべ──!!」
「カタタ──!!」
新手の登場にすぐさま態勢を立て直せるはずも無く、俺と骨子は全速力で逃走を図る。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
隣ではこれまた突然空から降ってきた探索者少女が何度も謝罪しながら並走してくる。なんだこいつ。……いや、この風貌には見覚え──いや、聞き覚えか?──がある。
小柄な体躯にフードを目深に被りその表情は伺えない。明らかにただの少女が背負うには質量的に不可能で物騒な大剣……それはつい数日前にこの「芽吹きの迷宮」に潜り始めた新人探索者で、どれだけ遅くても二日や三日で攻略できる初心者迷宮を未だに攻略できていないと、守衛のじいちゃんから聞かされていた少女だった。
「いや、俺が言えた立場じゃないんだけどさァッ!?」
守衛のじいちゃんが物凄く心配していたし、迷宮で出会ったら助けてやってくれとも頼まれてるけれども──
「絶対に今じゃないッ!!」
「ひぃ!ご、ごめんなさいぃいいいいいいいい!!」
俺の嘆きに隣の少女はびくりと体を震わせてまた謝罪をする。そればかりか更に走る速度が上がり、俺達の事を簡単に追い抜かしてしまう。
クソ、流石は戦闘職と言ったところか身体能力の差は歴然、召喚士の俺が追いかけるのは一苦労だ。確実に空から降ってきてたこの少女の出現によって全てが可笑しくなった訳だが、だとしても二体目の迷宮主がてきたのが謎すぎる。……そもそも、なぜこいつは空から突然降ってきた?
「おいアンタ!なんでいきなり空から降ってきた!?」
「ひぃ!わ、私ですか!!?」
「そうだよ!テメェだよ!!」
初対面の相手にこうも乱暴な態度なんて取りたくはないが、この緊急事態でこっちも切羽が詰まってるんだ。さっさと知ってること話せや。そんな余裕の無さを感じ取ってくれたのか少し前を直走る少女は悲鳴気味に言葉を紡いだ。
「さ、三階層の探索をしてたら急に落下罠に引っかかってしまって……気が付けば最下層に来ちゃってました!ボス戦の邪魔をしてしまって、本当にごめんなさいぃい!」
うんうん、なるほど、それは災難だったね──
「とでも言うと思ったか!!?」
「ひぃい!?」
落下罠と言うのは迷宮に数ある罠の中でも有名な罠であるが、その罠が存在するのは迷宮が地続きになっている所謂、地下洞窟型の迷宮に限った話だ。今俺達がいる「芽吹きの迷宮」は異空間型……つまり階層ごとに空間が別々に区切られている迷宮であり、なのでこの迷宮に落下罠の類は物理的に存在しない。
そのはずなのに落下罠があって、その罠に落ちたらいきなり下の階層の空に放り投げられる──いや、それって言い換えれば転移罠と一緒じゃねえか! どういうこっちゃねん! 別ルートのショートカットってこと!?
「頭痛くなってきた……」
「だ、大丈夫ですか……?」
次から次へと舞い込む意味不明の連続に脳の許容量が限界を訴える。
あと心配してくれるのは嬉しいが、そもそも元凶に心配されると心境は複雑だ。てか煽られてるようにしか思えない。しかもまだ一番の疑問が残っている。
「なんで二体目の迷宮主が出現してんだよ!!」
それは見間違いでもなければ、幻でもない。確かに背後から迫ってくる狼は二体存在し、甲高く咆哮していた。
「ご、ごめんなさい!それは私にもわからないですぅ!?」
「だろうねぇッ!」
こんな時は有象無象の知識が集まるコメント欄だ。いつもふざけたことしか言ってないアホ共の巣窟であるが、こういう時は頼りになる……はず。
「お願い!迷宮に詳しい凄い人、この謎状況の説明をしてぇ!?」
:なぁぜなぁぜ?
:楽しくなってきたねぇ
:やっぱお前は不憫な時こそ輝く
:突発コラボキターーーーーーー!!
────
底辺視聴者 ¥20,000
:二重遭遇だ!既に最下層で迷宮主を出現させている状況で、別の探索者個人やパーティが最下層に乗り込むと稀に起こる現象のことです!基本的に迷宮主との戦闘中は他の探索者が最下層に入ることはできないんだけど、今回は罠による強制入場によってこれが起きたと思われます!こうなった場合、出現した迷宮主を全部倒さないと迷宮の攻略判定にはなりません!!
────
縋るように横目でをウィンドウを見ると、燦然と輝く協調表示のコメント。
「あんたのコメントを俺は待ってたよ底辺視聴者さん!」
そんでもって流石の知識量に感嘆するのと同時に、絶望的な情報をどうもありがとう。天才的な頭脳(笑)の持ち主である俺君は今ので全てを理解してしまつたよ。つまり、こういうことだろう?
「一気に一時間切りが難しくなってきた!!」
てかこれ普通に無理ゲーでは? タイマーは四十分を過ぎたあたり。んでもって背後には二体の火吹き狼……一体は手負いだがもう一体は元気一杯だ。
「俺の人生こんなんばっか!!」
前途多難ではあったが順調に攻略できていたのに終盤も終盤でこの仕打ちとは、どうやら運命の神様とやらは相当に俺の事が嫌いらしい。自分の運命を呪いたくもなるが、今は嘆いている場合ではない。そんなことしてる暇があるならこの絶望的な状況に抗う為に脳みそを働かせろ!
「ここまで来て諦められる訳ねぇよなぁ!!?」
あと少しで最速クリアなんだ。日本記録更新なんだ。またこの好機が舞い込んでくるかもわからない──と言うかあの厳選地獄をもう一度繰り返したくはない。粘液体と転移罠に弄ばれるのはもうごめんだ!
なれば如何なるチャート崩壊が起きようとも、根性のリカバリーでこの危機を脱するしかあるまい。当然ながら俺は一人ではなく、しかも幸か不幸かあの狼を一刀両断できそうな大剣を携えた戦闘職も空から降ってきた。
──だからやるしかないんや!
「おいアンタ!ちょっとでもこの状況に罪悪感を覚えてるなら協力しろ!一緒にあの犬コロ二匹ぶっ飛ばすぞ!!」
覚悟を改め、眼前の少女に言う。件の少女はチラリと視線だけをこちらに向けたかと思えば、すぐに反らすように前へと戻して──
「も、申し訳ないとは思ってます……でもごめんなさい!わ、私、戦えないです!……と言うかまだ一体もモンスターを倒したことないんですぅうううううう!!?」
「は──」
とんでもない爆弾発言をした。
「はぁあああああああああああああああ!?」
やっぱこの状況を打破するとか無理かもしれない。




