第16話
茜色の夕日に照らされる車内。いつものことながら都内から離れて田舎に向かっていくこの電車の乗客は少ない……と言うか、どの時間帯に乗ってもこの電車は基本混まない。
「快眠が過ぎた……」
車内の様子からお察しの通り時刻は夕方──午後四時を過ぎたあたり。本来であれば依頼六日目の本日も早朝から「芽吹きの迷宮」にてRTA攻略をするつもりだったのだが、昨日の今日でそれを実行すれば依頼未達成のペナルティで死ぬ前に、普通に過労で死ぬ可能性があったので自制した。
流石に迷宮に朝から深夜の二時ぐらいまで潜り、その後に一時間かけて帰宅からの飯食ったり家事したりで寝たのは朝の五時とかだ。これでまた直ぐに始発の電車に乗って出勤とかできるわけない。やはり人間、生きる上で睡眠はケチってはいけないと今回の爆睡快眠で実感した。もうね、あれですよ、気分が段違い。今なら何でも出来そうなくらいには活力が漲っている。
「ふはは、今の俺は無敵なり」
なんてアホな事をぼやきながら電車を降りて、いつも通り職場に向かえば守衛のじいちゃんが出迎えてくれる。
「おお、兄ちゃん!昨日は随分と遅くまで潜ってたんだってなぁ、夜勤の人から来たよ」
「ええ、まあ……ちょっと夢中になちゃって──」
「そんでもって今日はこんな時間から探索か……全く毎日毎日頑張るねぇ」
「俺みたいなのは頑張ってなんぼすっよ」
いつも通り雑談を交えながら手続きを済ませる。そして最後にいつもの確認をする。
「今日は誰か……」
「ああ、今日も朝からあの子が来てるよ。まだ出てきてないから中だ」
「あざっす、それじゃあ行ってきます」
「気をつけてな」
「どもっす」
どうやら新人君は今日も同じ職場らしい。昨日も結局、遭遇することはなかったし、まあ今日も会うことは無いだろう。
「それに、今日でこの迷宮の探索も終わりだ」
依頼の期日は今日と合わせれば残り二日。しかし、俺は今日で依頼を終わらせる腹積もりだ。それが可能な準備と努力はしてきたし、後は理想の乱数が引けるのを祈って奔走するだけだ。
別に、一日早く依頼をクリアしても構わんのだろう?
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転移魔方陣で迷宮の中に入った瞬間に俺は一気に駆け出す。数秒ほどたって頭上にベノが現れた。
「おはようございます普様!今日も頑張って配信を──」
「はいおはようさん!そんでもって世間話は端折って早速配信を始めろ!」
「了解しました!!」
既に本走は始まっているので即座にタイマースタート! 昨日の──厳密に言えば今日の午前二時ぐらいまで検証して見つけた特殊罠は、今回のRTAに於いて革命的な時間短縮とルートのショートカットを実現したわけだが、実際に発動した転移罠で何処に飛ばされるのかは完全にランダム、如何せん乱数と運の要素が絡み過ぎる。
なので良乱数を手繰り寄せるためには幾度とない試行回数が求められるわけだ。とことんついてない人生を送っている俺が一発で好条件の転移を引けるわけもないのだよ。自明の理だね。そんでもってまずは特殊条件を満たす為に大前提としてスライムの出現厳選をしないといけないので、既に苦行は始まっている。とりあえず十分程厳選して条件を満たすスライムが出現しなかったらリセット案件だ。
「粘液体はどこじゃあ……!!」
:お
:はじまた
:初っ端から厳選しててワロタ
:スライム厳選か
:二匹、三匹、四匹……うっ頭が!!
視界の端ではコメント欄が緩やかに流れ始めている。既にこの前の配信で虚無の厳選配信を見せられている一部の視聴者たちは、この見覚えのある光景に拒否反応を示していた。
「みんなで仲良く一緒に厳選しようなぁ、みんなでやれば怖くないからなぁ、死なばもろともだよなぁ……!!」
:ひえ
:こっちくんな
:お巡りさん!こいつです!!
────
底辺視聴者 ¥10,000
今日も配信お疲れ様です!今日は早上がりで、明日も休みにして、ずっとリアタイできるから無限に付き合います!!
────
:ガチ勢こわい……
目的の岩場に向かいながらふざけていると心強い強調表示のコメントが流れる。
「あ、底辺視聴者さんどもっす~。いちおう今日でクエスト終わらせるつもりでやってくんで是非最後までお付き合いいただけると嬉しいです。まあ何時間かかるか皆目見当もついてないんだけれども──なんて言ってたら目的の岩場だな……さーて本日一発目の粘液体ガチャはどうかな~?」
今までのルートでは遠回りだった道の先に在る大岩付近は確定で粘液体が出現する。そしてここで出現した粘液体をぶっ殺することで特殊罠の発動トリガーとなる。果たして一回目のガチャは──
「……!!」
「はい大当たりキチャァアッ!!」
粘液体が一体の大当たり。これで最初の難所は超えた。後は前回の検証で洗練された手順でこの粘液体を撲殺するだけだ。
「来い!骨子!!」
「──カタタッ!!」
召喚士の専用スキル【召喚術】でマイフェイバリットモンスターを召喚からの、
「んでもってそのままあの粘液体にぶっ飛ばされてくれ!!」
「カッ……!?」
マイフェイバリットモンスター殿にはばらばらに砕け散ってもらう。だってそれが罠を発動するための条件なんだもん、しょうがないね。
呼ばれて飛び出てさっそく理不尽な俺の命令に驚く骨子。だがしかしこの相棒、与えられた仕事はそつなくこなす仕事人である。
「ッ……!!」
「カッコ!!」
「見事なやられっぷりだぜ骨子さん!そこにしびれる憧れるぅッ!!」
瞬く間に粘液体へと襲い掛かる振りをして、無防備に粘液体からの反撃を食らって骨子はばらばらに身体を崩壊させる。お前の犠牲は無駄にはしない。あと何回あの粘液体にぶっ飛ばされるかは神のみぞ知るだが、骨はちゃんと拾うから安心しろ。
「それはそれとして俺の大事な相棒に何してくれとんじゃ!!」
「プピッ!!?」
骨子を倒した余韻に浸っている粘液体を背後から急襲、一撃で屠って仇討ちを成し遂げる。甲高い断末魔を上げながら霧散する粘液体。流れで転げ落ちた魔石を回収し本題に入る。
「さーてこれまた本日一発目の転移ガチャは如何ほどぉ~?」
数秒ほどの間を置いて足元に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。
それが今しがたの一連の流れで満たされた条件が引き金となって発動した特殊罠なのは言うまでもない。妙な浮遊感が全身を襲い、魔法陣が眩い光を放つ……そうして今回発動した転移罠の行先は──
「はてさて一発目は何処に飛ばされて……は???」
景色は一見先ほど変わらない。けれども「芽生えの迷宮」は各階層一貫して平原地帯の迷宮なので地図で現在地を確認すれば直ぐにそこが何階層かの判断はつく……けれども今回はその必要はないみたいだ。何せ、
;短か
:これは果たして転移してると言っていいのか?
:一応移動はしてるけど……これはねぇ?
:短小ワープww
:草
今しがた粘液体を倒した大岩がすぐ後ろに見えて、今の転移で俺は目測十メートルも移送していないかったのだから。
あーはいはい、こういうパターンね。ちょっと異常なくらい調子がいいからどうしたのかと思ったらこれだよ。見事なまでに帳尻を合わせに来たわけだ……けどさ?けどだよ???
「これは流石に煽りすぎだろぅおッ!!?」
俺の迷宮探索に「順調」の二文字は存在しない。あれだけイキッったこと言ってしまったが、本当に今日でクソッ垂れな依頼をクリアできる不安になってきた。だってこんなに幸先が最悪なんだもの。
……そしてその予感は見事に的中した。




