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第14話

 家に居ることが少なくなった。


 ここ数日、探索者になってから──とかそういう話ではなくて、中学生(働けるよう)になってから。常に何かをしてないと……金を稼いでいないと落ち着かないから、高校生の時は同級生と遊ぶことも無くほぼ毎日バイトで日銭を稼いでいた。探索者になってからはずっと迷宮探索だ。


 最寄りの駅から歩いて二十分、築年数四十年越えのボロマンションに妹と二人暮らし。部屋は1LDKで月の家賃は五万円。立地的に都内から外れた場末であるが、俺の通っている「芽吹きの迷宮」や妹の中学までは距離的に遠くは無いのでそこまで苦労は無い。


 けれども、今や世間をときめく高給取りだと言われている探索者の生活水準としては随分と質素、余りにも夢が無いと傍から見れば思うことだろう。しかしながら、これが底辺探索者の現実、今の俺の限界であった。


「はぁ、ねみぃ……」


 そんな底辺探索者の俺は今日も電車に揺られて迷宮へと向かう。基本的に日々の探索で家にいない俺だが、ここ数日はそれに拍車が掛かっていた。


 始発で迷宮に向かい、終電で帰宅する。ここ一週間ほど妹が泊まりの勉強合宿に行っているのを良いことに、私生活を削ってまで迷宮に潜っていた。家は最低限の飯と睡眠をとる場所で、それ以外は常に職場──


「社畜かな?」


 なんて思ったりもするが、家族を養うためにはこれくらいシャカリキに働かなかきゃやってらんない。


 こんな生活を続けていれば、普段ならば妹が強制的に俺を止めるのだが、そのブレーキ係も前述した通り今は不在。それを抜きにしても、今後の探索者人生と自分の命が掛かっているので死ぬ気で迷宮を駆け回るしかなかった。まあ、現在進行形でその命が着々と終わりへと近づき、件の依頼(クエスト)クリアの目途は立っていないのだから笑えない。


「ははっ、楽しくなってきたねぇ……」


 都心から遠ざかるように走る電車。こんな早朝にこんな電車に乗る客は俺くらいのもので、閑散とした車内に不気味な笑い声がこだまする。気が付けば迷宮(職場)の最寄り駅だ。


 ・・・


「おはようございまーす」


「おお、兄ちゃん。今日も早いなぁ」


「じいちゃんだっていっつもこの時間にいるじゃあないっすか」


「わはは、年寄りは早起きだからな!こんくらいが普通よ。それに家にぼーっと居ても暇だしな、少しでも働いて孫に小遣いをやらないかん!」


「元気っすね~」


 いつも通り守衛のじいちゃんと談笑を交わしながら迷宮に入る手続きをする。


 何十回も同じ項目の用紙を書くのは面倒極まりないが、探協と政府のお偉いさんが決めたことなので素直に従うしかない。こんな書類手続きをすっぽかしただけでお国にしょっ引かれるのは御免である。


「よっし、そんじゃあ今日も行ってきます」


「おう気を付けてな!」


「どもっす……あ、そうだ────」


 項目を全て埋めた用紙を手渡し、足早に門の中へと入ろうとするが寸でで思い出す。


「そういや、新人の子は攻略できたって言ってた?」


 それはこの依頼が始まったのと同時に探索者になった新人の事だ。ちょくちょく話を聞くに未だにこの迷宮の攻略ができていないみたいだったが、そろそろ攻略できただろうか?


「いんやぁ……昨日もダメだったみたいだし、今日も来るんじゃないかなぁ」


「……そうっすか」


 果たして、じいちゃんの返答は重苦しく、そうして俺も短く相槌を打って門を潜る。背中越しにじいちゃんの声が続く。


「中で会った時は先輩として助けてやってくれな!何か悩んでる様子だったから!」


「先輩って言っても俺もつい最近まで迷宮の一つも攻略できてなかったけどね……」


 初心者迷宮とは言えその中は広大で、迷宮内での他の探索者との遭遇確率は低い。その実、この数日で俺はその新人を会話越しにしか知らない。ましてや最短距離で、延々と地上と迷宮を行き来していてはその確率は更に下がることだろう。


「──でもまあ、他でもないじいちゃんの依頼(たのみ)だからよろこんで引き受けるっすよ」


 偉く新人を心配しているじいちゃんの気休めになればと、俺はそう返事をして迷宮の中へと入った。


 ・

 ・

 ・


 依頼が始まってから今日で五日目。本格的に俺の命が風前の灯火へと近づいているわけだが、一向にRTAのタイムは縮まらない。今日までの試行回数は延べ430回也。


「今までで一番の好感触!タイムはどうだ!?」


 数日ぶりに最下層へとたどり着き、その勢いのままに迷宮主(ダンジョンマスター)を撃破する。霧散する迷宮主から拳大の魔石が落ちるが、俺はそれに目もくれず視界の端に表示されたタイマーを見遣る。


「ただいまのタイムは一時間五十九分と三秒……凄いですよ普様!自己ベスト更新です!!」


「だぁックソ!まだ一時間もオーバーしてるじゃねぇか!!」


 ご丁寧に結果を教えてくれる頭上の妖精。嬉々として喜んでいるその姿は、捉え方によっては煽られているようにも思えてくるのだから不思議なものである。


 迷宮主を撃破したことを喜ぶものはこの場に誰一人として存在せず、唯一の相棒もこのタイムに肩を落とす。


「カタ……」


 まるで弱い自分を責めているような骨子の雰囲気に俺は励ますように言葉を編む。


「自分を責めるな骨子、お前はよく頑張ってくれてる!お前が居なきゃ俺は一人であの犬コロを倒すこともできないんだ。もっと自信を持て!!」


「カタタ……?」


「本当だとも!俺達に落ち込んでいる暇はない!速攻で今の反省会と対策だ!」


「カコッ!」


 元気を取り戻した相棒の姿に安堵しながら、俺はコメント欄を見る。さて、今の攻略を見て何か良い意見はないだろうか──


 :今までで一番のタイムだが……

 :今日と明日の二日で一時間もタイムを削れるか?

 :物理的に無理ゲーでは?

 :正直、今のルート取りと接敵数以上の好条件を引っ張るのは無理だろ

 :何より迷宮主で三十分も使うのが痛すぎる

 :こっからは迷宮主をどれだけ早く倒せるかじゃね?


 いつになく真剣にあーでもないこーでもないと意見を飛ばし合うコメント欄。


 確かに、コメントの言う通り今の一~三階層の走りが一番理想的だったのは、実際にこれまで幾度となくリセットと周回をしてきた俺も理解している。接敵する粘液体の数は一体ずつで、罠による足止めも皆無、本当にこれ以上ない好条件だったから最後まで走り抜いたのだ。けれども結果はこれである。


「だとしても迷宮主の試走かぁ……」


 ハッキリと言えばこれは現実的ではない。そもそも最下層に行くまで一時間以上を要して、件の階層主を倒した場合は一度迷宮の外に出なければ再出現(リポップ)しない。ここら辺の仕組みは未だ解明できていなところがあるし、あと数日では圧倒的に時間が足りない。今日の時点で既に十時間近く迷宮に潜っている。そろそろ体力的にも限界が近い。


「だとするとやっぱりルートの模索しかない……」


 とは言え、現状で最下層までのルートはほぼ理論値、これ以上のやりようは無く。後はモンスターとの遭遇次第だ。


「なんか妙案はないかい、皆の衆?」


 :俺達が聞きてえよ

 :そもそも一人でやろうってのが無謀では……

 :おい!主には心強い相棒の骨子がいるじゃないか!!

 :配信の見過ぎで俺たちゃあすっかり骨子のファンだよ

 :骨子をもっと映せ


 縋るようにコメント欄に頼るが別の方向に話が転がり始める。いや、分かるよ。マジで成長してからの骨子の活躍が目覚ましい。もうあれだ、つい最近まで粘液体に体当たりされて爆発四散してたのが懐かしく──


「……ちょっと待て」


 :お?

 :なんだ急に

 :なんか閃いたか?


 そこで俺は一つの事を思い出す。それはこのクソみたいな依頼(クエスト)が初めて発生した日の、ずっとトラウマとして記憶に蓋をしていたあの謎の空間に転移する少し前の出来事だ。


「そうだ、転移(・・)だ……」


 この初心者迷宮で今まで未確認だった──否、存在しないと思われていた転移罠に俺は一度だけ遭遇している。


 もし……もしもあの転移罠がこの迷宮内のどこかにまだあるとすれば? もしもあの転移罠が再現可能なモノだったならば?


「大幅にタイム短縮ができるんじゃね?」


 そんな神がかった閃きと同時にコメント欄に強調表示されたコメントが一つ流れる。


 ────

 底辺視聴者 ¥30,000

 今アマネ氏の以前消された配信アーカイブの録画を見てたんだけど、もしかしたら転移罠は特定の条件で発動する特殊罠だと思われます!是非ともアマネ氏に検証していただきたい!この仮説が実証されれば大幅なタイム短縮だ!!

 ────


「おお、底辺視聴者さんこんばんわ、今日はコメントしてなかったからどうしたのかと思ったけどわざわざそんなことをしてくれてたなんて……どもです」


 どうしていつの間にか消されていた俺のあの忌々しき配信アーカイブの個人録画を持っているのかは、今は聞かないでおこう。今はそんな事よりも、


「それじゃあこのクソッ垂れなRTAに革命を起こしますか……」


 一刻も早く降って湧いて出てきた可能性を試したかった。

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