第13話
今日も底辺探索者の初心者迷宮最速RTA始まるよー。
えーね、今回も走っていくのは探索者になってからずっと通い続けている「芽生えの迷宮」ですね。もう通いすぎてここが第二の故郷まである……いや、迷宮が第二の故郷とか普通に嫌ですね。
さて、今回のRTAのルールは至ってシンプル! 小難しい縛りは無しで、最速で最下層にいる迷宮主の討伐をします。つまり「Any%」ってことだね。……え? そもそもお前は存在自体が縛りプレイなもんだろって? 骨しか召喚できない時点で相当な鬼畜縛り?
んなこたわかってるよ、重々承知だよ。そんなこと俺が一番良く分かっているよ。でもね、でもだよ? 漢には無理だと分かっていてもやらなきゃいけない時があるんだよ(諦念)。
……おっと、思考が変な方向に飛んでいきそうになったので話を戻そう。今回の目標タイムはもちろん一時間──そうだね、やっぱり無理ゲーだね。でもね、漢には(ry だからね。やるしかないね。
迷宮主との戦闘時間を十分に取りたいので一~三階層の目標通過タイムは大体十分。この時点で結構な無理難題だけれども、乱数次第ではこのバカげたタイムも可能だったりします。現に、私も無数のトライ&エラーの中で奇跡の好タイムが何回かありました。勿体ないね。
おっと、そんな事を言ってたら早速目の前に粘液体が現れましたね。数は全部で三つ。一匹殺すのに大体10~15秒ほどかかります。そんでもって各階層で行える戦闘はどれだけ切りつめても一回限り。既に敵に発覚されて、こちらの進行方向を通せんぼする形で待ち構えています。
さらに欲を言えば一回だけしかできない戦闘の相手も粘液体一匹だけに絞りたいので──つまりこの状況は即リセット案件です。そうだね、初っ端から幸先が悪いね。
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「はぁ……やめやめ!一回休憩だ。こんなこと延々と繰り返してたら気が狂う!!」
目の前に立ちはだかった三体の粘液体を骨子が屠って、俺は自地べたに座り込む。横目でコメント欄を確認しつつ、何かタメになるモノは無いかと目を凝らすが──
:諦めるの速すぎじゃね?
:既に狂ってるんだよなぁ
:いきなり戦闘不可避の粘液体三匹はついてないな
:いっぱしの探索者なら全く問題ないけど主はあれがあれだから……ねぇ
:リタイア259回目
:ひえ
:たった四日で稼げる試行回数じゃないだろ……
:そりゃあ一日十時間以上もやってりゃねぇ……
それなりの速さで流れるコメントだが、そのどれも参考になり、この地獄を有意義にしてくれる妙案なんぞは無い。
「チッ、使えないな……」
:はぁ?
:たかがスライム三匹如きで即リセットしてるお前には言われたくないわ!!
思わず心の声が漏れ出てしまい、コメント欄が急に焚き始める。おいおい、冗談じゃないか、いつものプロレスじゃないか、そんなガチ効きすんなよ。
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底辺視聴者 ¥5,000
:今日も夜遅くまで配信お疲れ様です!仕事終わってもまだ配信やってて嬉しい♡
いきなりスライム三匹は運が悪かった^^; RTAを始めてからルート取りとかどんどん上手くなってきてるからこの調子で頑張って!
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しかしそれを切り捨てるが如く、強調表示されたコメントによって他の有象無象のコメントが搔き消される。
「あ、底辺視聴者さんこんばんわ~。仕事お疲れさんです、お金は大事にしてくださいね~。あと、底辺視聴者さんのお陰で俺のクソガバチャートも漸く見れるようになってきたからマジ感謝。また変なとこあったら教えてくださいな。もちろん、無理して投げ銭しなくていいからね?振りじゃないからね???」
既に俺の配信の名物視聴者としてその地位を確立した底辺視聴者さんのコメントに反応する。俺は金をくれる人にはやさしいのである。
え?この前まで投げ銭でしかコメントしてこないことに怖がってただろって? もうね、ほぼ不眠不休でこんな狂気の所業を続けてたら感覚も麻痺しますわ。
前述通り、依頼が始まってから今日で四日目。俺は二日目から本格的に依頼のクリアに乗り出した。期間的に時間が無さ過ぎたのでここ数日はほぼずっと迷宮に籠り切りで、常にそれを見続ける異常者たちと一緒にこの無理ゲーの試行錯誤をしていた。そうして259回の試行錯誤の末に俺が身に染みて感じたことは、俺は全くこの迷宮の構造や仕組みを理解していなかったと言うことだ。
依頼が始まったころはイキがって「この迷宮の地理は完璧」「地図は頭に入ってる」とか抜かしていたが、そもそもつい最近までこの迷宮を攻略すらできなかったゴミクズな俺の文面や絵面だけの知識なんかなんの役にも立たなかった。当然だね。
このご時世、こと迷宮、それも探索者ならば誰もが一度は入ったことのある初心者迷宮の情報なんてのは至る所に、腐るほど転がっているが、やはり実地でこの眼で見て、経験しなければわからないことだらけである。情報だけを鵜呑みにしては迷宮は簡単に攻略はできないし、直ぐに死ぬことになるのだと再認識させられた。
「一日でクリアできるからって結構御座なりにされてるけど、バカにできないぞ初心者迷宮……」
その実、様々な情報解析サイトや探協のデータベースでも未確認の罠や宝箱(ゴミ箱)の固定位置なんかをこの259回の試行錯誤の中で発見した。大発見だね。
「どっかに大幅ショートカットできる隠し道とかないか?ゲームRTAだったらお決まりだろそう言うの……壁をすり抜けるグリッチとかでも可」
:はいはい、アホなこと言ってないで走りましょうね~
:そう言うのは果てしない試行錯誤の末に偶然見つけるのが醍醐味だろ
:早く探索しろ、役目でしょ
:いつまで休憩しとんねん
ないものねだりなのは重々承知ではあるが、なにもそこまでボロクソに言わなくてもいいと思う。
こうやってコメント欄を見てみると、俺の配信を見てる視聴者の民度は余りよろしいとは言えない。普通に暴言書くし、俺のことバカにするし……よし、いつか絶対にこいつらに法的処置してやろう。
「今は金がないからできないがな……」
密かに野望を抱きながら俺はほくそ笑む。それを配信越しに見ていた視聴者共がまた悪ふざけを始める。俺は音の鳴るおもちゃか何かかな?
「ベノ、一旦外に出てリセットにするから配信を待機中にしといてくれ、すぐに戻ってくる」
「畏まりました!お早いお帰りをお待ちしておりますね!!」
再走する為には一度完全に迷宮の外に出る必要がある。今回は入ってすぐの位置なのでそこまで手間ではないが、これが下の階層まで降りたとかになるとかなり面倒くさい。
「帰還石があれば即やり直しできるんだが……」
一つ数百万もする超高級探索道具をこんな初心者迷宮の、それも気の狂った周回作業の為に使うのはこれまた頭がイカレている。……まあそもそも、そんな高級品を買う金なんてないのだが。
「あー空から金銀財宝が降ってこないかなぁ?」
譫言の様にぼやき、俺は地上へと続く魔法陣へと乗った。ロクに寝もせずに迷宮RTAをぶっ続けてた弊害か、いつもより欲望が表に足れ流れてしまう。
「いかんいかん、自制しなければ……」
妙な浮遊感に全身が襲われながら、今一度俺は背筋を正した。
言霊なんてよく言うが、情けなく弱音を吐いたところで誰も助けてなんてくれない。それならぐっと弱音を堪えて、劣等感をバネに生きる活力に変えた方がマシだ。
……なんて格好つけてみたが、肝心要のRTAのタイムはその後の探索でも微塵も縮まらなかった。
依頼終了期日まで残り三日。




