第11話
「は?」
気の抜けた声がまた無意識に出る。表示されたウィンドウを凝視して俺は今一度その内容を読んでみた。
「一時間以内に迷宮主を倒せ?しかも、迷宮に入ってからって……時間に追われる危機感を視聴者と一緒に共有して配信を盛り上げましょうだぁ……???」
「そうでございま────」
「ふざけんなよもぉおおおおおおおおッ!!?」
そうしてその無理難題っぷりに発狂してしまった。そんな俺の唐突な、気の狂った絶叫に対する視聴者の反応は今までのつまらなそうなものから、
:クエストキターーーーーーーーーー!!
:え、なにこれ?
:これを待ってた
:今回はクエストの内容にフィルターが掛かってないな
────
底辺視聴者 ¥15,000
:これだ!俺達はこれを待ってたんや!俺達に必要だったのは主さんが不幸に咽び泣く絶叫だったんだッ!!
────
:大発狂www
:草
:失敗ペナルティが残酷すぎる……
一気に盛り上がりを見せる。
クソ、こいつら他人事、高みの見物だからって人の気も知らずに好き勝手言いやがって……。
タイミングを見計らったかのような以前の配信でも起きた依頼発行──なるほど確かに、俺が他の配信に無い特別なエンタメを提供できるすればこの謎の現象であり。その実、視聴者はこのイベントに興奮して一気に同接数が増え始め、コメント欄も大盛り上がりだ。
果たして、あのクソ羽虫の思惑通りになり、そしてクソみたいなペナルティによって俺はまたあの気の狂ったような依頼を強制的に引き受ける羽目になった訳だ。マジでふざけんな。配信が盛り上がったのは良いとしても、こんな展開は望んでねぇんだよ!!
「え、てかちょっと待て、一時間で迷宮主を倒せってことはつまり一時間で迷宮を攻略しろってこと?」
:そうだよ(真顔)
:我が軍(笑)なら余裕でしょ?ww
:楽しくなってきたねぇ
:鬼畜だねぇ
「それなんてRTAだよ……?」
神経を逆なでするコメントを見ながら俺は絶望する。
件の依頼を発行した張本人は再びカメラマンに徹して、それ以上何かを話すことは無い。あの様子は質問したところで答えてくれそうもない。
──丸投げかよこの野郎……。
改めて配信時間を確認すれば既に四時間半が経過していた。え、ここからまだ未討伐の迷宮主を倒すってなったら、短く見積もっても後一時間くらいはかかると思うんですけど──
「このクエストってクリアできんの?」
ここから三時間以上も攻略時間を削るとか不可能だろ。それなんて無理ゲー?
:普通に鬼畜やね
:今のお前じゃ一時間切りは無理だろ
:この初心者迷宮の最速攻略タイムって何時間だっけ?
────
底辺視聴者 ¥10,000
;〈剣聖〉パーティの一時間三〇分が最速攻略タイムだったはずです。迷宮の最速攻略をしてる探索者はそれなりにいるけど、基本的にどれだけ難易度の低い初心者迷宮でも一時間切りは無理……と言うか距離と階層数からして物理的に不可能と言われています。だからまあ、主さんには頑張ってほしい……
────
:うわぁ……
:世界ランキング12位でもできないことを求めてくるクエストって……
:主よ、強く生きてクレメンス
そしてそんな俺の所感はコメント欄も一緒であった。急に優しくなり始めて気持ち悪いまである。てかコメントする度に課金してる底辺視聴者さんが一番怖い。直ぐに専門知識が出てくるあたり、この人は絶対にこっち側の人間だろ。
「底辺視聴者さんスパチャありがとうございます……そうか、俺はこれから不可能を可能にするのか……」
:は?
:またアホがなんか言ってらぁ
;お前ら察してやれよ、主は死ぬ覚悟を決めて最後の強がりを言ってんだよ!
:お前、死ぬ……のか?
「誰が頭おかしくなったって?そんなのこんなクソみたいな危険に身を晒して金稼いでる時点でお察しだろうが」
:あ、ハイ
:おい、今こいつとんでもないこと言ったぞ
:すべての配信探索者の頭がイカレていると……ほう
チッ、やはり昼間からこんなクソみたいな配信を噛り付いてみてるだけあって、視聴者の民度が悪い。ネットの奴らはすぐああ言えばこう言う。
「曲解辞めてもらっていいですかぁ~?」
コメント欄を睨め付けながら俺はため息を吐く。それに別に頭なんてのは最初からいかれているし、依頼が無理ゲー過ぎて壊れた訳でもない。
ダメで元々、結局のところここが踏ん張りどころであり、この依頼を何とかできなきゃ、「命と生活」二つの意味で死ぬのだ。ならばやるしかあるまい。それに強くならなければ金が稼げないのだ。ポジティブに考えるならこの依頼は俺にメリットが大きい。何せ俺が成長する唯一の方法なのだから。
「最低でも俺の寿命はあと七日か……ははっ、笑えねぇ~」
だとしてもこの前の依頼とは別の意味でひり付く難易度だ。
:七日で死ぬとかセミかな?
:セミみたくうるさく喚くし似たようなもんやろ
:ミーンミンミンww
:頑張って生きてくれセミニキ
「誰がセミだこの野郎……てかセミって普通に一週間以上生きるらしいから実質俺の寿命はセミ以下──やめよう、悲しくなってきた」
悪ノリが増え始めてきたコメント欄から視線を外し、俺は頼れる相棒を見遣った。
「今日はもう依頼のクリアは無理だから、とりあえず迷宮主だけ倒しちまおう。成長した今の俺達ならいけるだろ、知らんけど。そこから作戦を立てて、後はひたすらにトライ&エラーで試行錯誤だ。頼りにしてるぞ骨子」
「カコッ!!」
頼もしく骨を鳴らす相棒と共に歩き出す。漸く頭が状況を無理やりにでも呑み込めてきたのか、言ってることがまだ始まってもいないのにRTA走者染みてきた。一回も迷宮を攻略したことも無いのにね。おかしいね。
──俺の人生こんなんばっか。
内心で愚痴りながらもやはりやるしかなかった。
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……その後、とりあえず何とか時間が掛かりながらも迷宮主の初討伐には成功。探索者になって苦節一年、漸く初心者迷宮を攻略したわけだが喜びも束の間──と言うか殆ど喜ぶことも無く。俺は絶望していた。
「マジか、どうしようこれ……」
理由は単純明快、初の階層主討伐に三十分も時間を要したのだ。結局、初攻略に掛かった時間は計六時間とちょっと。ここから俺は本格的に約五時間のタイムを縮めなければならなかった。
うん、マジでこれ無理ゲーでは???




