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第8話

 迷宮でぶっ倒れて、病院で目覚めたかと思えば即座にエクストリーム退院を果たしてから一日が経った。


 基本的に休日は週に一回あるかどうか……基本的にはずっと迷宮で粘液体を屠り続けている俺ではあるが、休む時は往々にして心身ともに疲弊しているので五体満足元気一杯な状態での休みはなかなか新鮮だった。


「と言うか暇すぎて苦痛だったまである」


 寧ろ中途半端に元気な所為で、家の中にジッとしているだけで漠然とした将来や金回りの不安が湧いてきて、逆に心休まらなかったまである。


「まあ現在進行形で俺のSAN値はピンチな訳だが──」


 普通にこの前のゴーレムとの死の追いかけっこのトラウマは健在。なんなら今日も夢に出てくるくらいには俺の脳裏にこびり付いていた。更に(ちな)むと、夢の中で十回ほどあのデカブツに圧縮プレスされる悪夢だった。マジで怖かった。


 加えてそのゴーレム君に武器や防具、ついでに数年前の旧型スマホ等々が全て破壊されてしまい、休日と言いながらもその買い出し(スマホは予算の都合上購入保留中)などで外に出ていた。


「魔石杖が十万……防具一式が二十万──うっぷ、気持ち悪くなってきた」


 予想外すぎる手痛い出費に我が家の火の車具合に拍車が掛かる。マジであのゴーレム許さねぇ……。


 ふつふつと宿敵に怨念を吐き出しながらやってきたのはこの前と同じ迷宮──初心者(チュートリアル)迷宮(ダンジョン)だ。


 都内の外れ、田舎も田舎、田畑の最中にぽつんと聳える仰々しく隔離された大穴がその入り口である。勿論、その大穴に誰でも入れる訳は無く、直前には門と守衛所がある。そこにはこの一年で顔なじみとなったいつもの守衛のじいちゃんが居た。


「おー兄ちゃん!生きてたかぁ?」


「どもっす。見ての通り五体満足ですわ」


 サムズアップして笑って見せる。じいちゃんは安堵した様子で言葉を続けた。


「そりゃあよかった。いきなり迷宮の入り口からぶっ倒れた兄ちゃんが出てきた時は驚いたよ」


「その節はお騒がせしました……ところで、今日は誰か先に迷宮に入ってたりした?」


 少しばかりの罪悪感を覚えながらいつも通り探索者証を見せて、サクッと迷宮に入る手続きをする。その片手間で何となく質問をすると、じいちゃんは首肯した。


「おお、今日は珍しく新人が一人入って行ったよ。中で会ったら助けてやってくれ」


「あはは、多分その人、俺より確実に強いんで助ける必要ないよ。見た目的に戦闘職?」


「おう、ありゃあ剣士だな。ちっさい体に大きな剣を背負ってたよ」


「へぇ……」


 戦闘職──それも剣士と来れば大当たりの部類だ。


 身体能力の向上率は職業の中でも最上位で、しかも適性があれば補助魔法も使えたりするし、そもそも強力な攻撃スキルを最初から最低でも一つは使える。全く以て羨ましい限りだ。手続きを終えた俺は装備の確認を改め、


「そんじゃあ今日こそは完全攻略してくるからさ、楽しみに待っててよ」


「期待しないで待っとくよ。けど今度は怪我無く帰って来いよ」


「うっす」


 最後に守衛のじいちゃんに挨拶をして門を通り抜ける。そうして門を抜けた先には殺風景にも世界に突如として穿たれた大穴が探索者を飲み込むように開いていた。


「さあ、今日も金稼ぎの時間だ」


 目指せ夢の「FIRE」、目指せ億万長者だ。そうして俺は初心者迷宮へと侵入した。


 ・

 ・

 ・


 そこは地下であるはずなのに何故か空があり、太陽があり、草が青々と茂っていた。地上と迷宮を隔てる境界線。専門学者曰く、世界に穿たれた大穴は迷宮の入口ではなく、世界と迷宮を繋げる通路(ゲート)なのではないかと言っていた。


 その実、迷宮の入り口となる大穴に入ると直ぐに行き止まりへと当たり、その先には幾何学模様の魔法陣が描かれているのみ。その魔法陣の上に乗った瞬間に、配信妖精に選ばれた人間──探索者たちは迷宮へと飛ばされる。


『迷宮へと入場しました。ようこそ、空木普様』


 直近で嫌な思い出がある転移魔法陣の浮遊感に顔を顰めながらも、無事に迷宮に入るとそんな無機質な声が出迎えてくれた。


「なんだなんだ?」


 迷宮に入って歓迎されるなんてのは初めての事である。首を傾げていると無機質な声は続けた。


『ただいま迷宮配信の接続中です。今しばらくお待ちください──』


 迷宮に入ると同時に配信も勝手に始まるのだが、やはりこういったアナウンスは初めてだ。これが例の「迷宮配信特別支援」とやらのサポートなのだろうか。


「ようわからん」


 若干の違和感を覚えながらも、配信が始まるまでに準備を整える。


「んん゛──!!」


 喉のチューニングをして、印象をよくするために満面の笑みも張り付ける。後は丁寧に敬語で話すことを心がければ準備完了。今か今かとカメラと配信が始まったことを告げる配信妖精が出てくるのを待つが──


「……なんかいつもより遅くね???」


 一分ほど待ってもそれが出てくる気配がない。いつもならば一分と立たずに勝手に現れると言うのに今日はどうしたのだろうか。わざとらしいくらいに快晴の空を見上げて、光る球体のソレを探していると不意にそいつは俺の顔面に突っ込んできた。


「お待たせしてしまいすいませーんッ!!」


「んぶげ!?」


 予想だにしない衝撃に仰け反りながらもなんとか転倒は堪える。その衝撃に何事かと眩む視界を凝らしてみると、そこには羽根の生えた小人の少女が宙を舞っていた。


「なんだってんだいきなり──!!」


「お初にお目にかかります。私、迷宮配信配信者支援課に所属しております配信妖精のベノと申します!本日より、特別支援者の空木普様のサポートを担当させていただきます!以後、お見知りおきを!!」


 怒鳴りつけようとするが目の前の小人はその小さな体からは想像できない程の大声でそれをかき消し、勢いよく綺麗なお辞儀をした。一瞬の困惑、しかし俺の脳内は即座に情報の処理を始めた。


「配信妖精のベノって──お前、あのふざけたメッセージの送り主か!!」


「そうでございます!覚えていて下さり大変光栄でございます!!」


 肩口で切りそろえられた深緑の髪を揺らして妖精は大げさに喜ぶ。


 確かに、あのメッセージには「お会いできる日をお待ちしております」的な文言は掛かれていたがまさか本当に目の前に現れるとは思わなんだ。と言うか、配信妖精って本当に妖精みたいな見た目をしてるんだな。てっきり、あの光る球体が配信妖精だとばかり思っていた。


「いや、んな事よりも──ベノとか言ったか……お前、あのメッセージはどういうことなんだ!!」


「どういうこと、とは?どうもこうも、先んじて送らせていただいた文面の通りでございます。これからこのサポーター兼ナビゲーターのわたくしベノが普様の迷宮攻略と目的達成の為にご尽力させていただきます!」


「だからそこら辺の事を詳しく────」


「さあさあ!ご挨拶も終わったところで早速ですが配信を開始しますよ~?普様の捧腹絶倒な配信を楽しみにしている視聴者(リスナー)がもうわんさかと居るんですから!!」


 このクソ妖精、自分の事をサポーターだのナビゲーターだのと言ってい於いて、全くその説明義務を果たそうとしやがらない。それどころか配信を始めて押し切ろうとしてやがる。というか──


「それは嫌味か!残念ながら俺の配信を楽しみにしてる変人は榊さんぐらいしかいないわ!!底辺配信者を舐めんなよ!?」


「そんなことないですよ……と言っても信じられないのも無理はありません。だって今まで本当にカスみたいな配信して視聴者も身内の知り合いでしたもんね?」


「あぁッ!?今なんて言ったテメェゴラぁ!!」


 この妖精、底辺配信者に言ってはいけないことを言っちまった。それだけは絶対に触れちゃいけないタブーってやつだろうがよ!!


「論より証拠!百聞は一見に如かずです!さっそく始めましょう!」


 憤慨する俺を無視して勝手に配信を始めるクソ妖精。


「こんの……話を聞きやがれクソ妖精!!」


「ベノです!しっかりと名前で呼んでくださいな!ほら始まりましたよ!!」


 頭上をプラプラおちょくるように飛んでいる羽虫を握りつぶそうとするが、空すらも飛べない俺には不可能な話で、羽虫の言う通り勝手に配信が始まった。


「あぁ!テメェッ──」


 瞬間、視界には配信のコメント欄と視聴者数のカウンターが表示され、


「──は?」


 予想外の衝撃が俺を襲った。


 いつも「同接数:1人」を刻んでいるカウンターが今回は「同接数:89人」と表示され、それどころか現在進行形で更にその数を増やしていたのだ。


「……どういうこっちゃ???」


 思わず配信中のキャラや挨拶、先ほどまでのクソ妖精への怒りも消え去り、俺は呆然とその数字に困惑するしかなかった。

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