100年後を楽しみに待とうか
「ってことが、この前あってね」
魔女集会で出会った友人たちに、イヴはウルスラのことを語って聞かせる。
「へぇ、小さい頃の約束を忘れず、魔法使いに」
「それはまた、執念深いこと」
「で、その魔法使いと今は暮らしてるの?」
問い掛けられて頷く。また明日の言葉通り、次の日ウルスラは小さな鞄ひとつ持ってやって来て、イヴの家に住み始めた。まだ、半月と言ったところだが、家の中も外もすっかり綺麗に磨かれて、今日はついに庭の手入れまでし始めた。
家が荒れていようと汚れていようと、さして気にはならないイヴだが、綺麗ならそれはそれで気持ちが良い。
「今、わたしの家、見違えるほど綺麗だよ」
「おやおや、綺麗好きなのかい?よくまあ、家を見て気持ちが褪めなかったもんだ」
「あのお家を見たら、100年の恋も褪めそうなものよねぇ」
「あら、100年どころか500年モノの恋じゃない。あばたもえくぼかもしれないわよ」
魔女とは言え、女性は女性。4人も寄れば姦しい。
「それもそうだ、大丈夫なのかいイヴ、100年後なんて、簡単に約束して」
イヴの右手を指差して、ひとりが言う。
「人間だけじゃないだろ、それ。100年じゃあ、全部は消えない。騙されたって、怒られないかい?」
「嘘は吐いちゃいないよ。わたしはただ、言わなかっただけ。訊かれもしなかった。悪いのは確認を怠った方さ」
「あらあら、可哀想な坊や」
「それにねぇ」
左手の指輪を見下ろして、イヴは肩をすくめる。
「わたしは、そりゃ、顔と魔法の腕は良いけど、そんだけさ。ほかにはなんもない。すぐに気付いて飽きるよ。100年なんて保ちゃしない」
「その顔と魔法の腕で、そんだけ引っ掛けて来てるだろうに」
「そうよー、それに、」
ひとりが言いかけたところで、集団とは別の集まりからイヴが呼ばれる。
「あ、そう言えば調合について教えて欲しいって言われてたんだ。行くね。聞いてくれてありがと」
「いや、こっちも楽しかったよ。また聞かせとくれ」
「またね」
「よい知恵の泉に出会えるよう祈っているわ」
指輪の光る左手を振って立ち去るイヴを見送って、3人の魔女は顔を見合わせる。
「ねぇ左手の薬指にはめる指輪が結婚の証として広まったのって」
「確か700年前くらいだったわ。西亜の島国の風習を、商人と癒着した教会が広めたのよ。結婚式なんて言って、ひとを集めてお祭り騒ぎするようになったのも同時」
「それまでは、当人と神父で誓約書にサインするだけだったってのにねぇ」
「結婚の証も地域それぞれで趣があったのに、商売人は本当に無粋だこと」
魔女たちはちらりとイヴを見やる。
「イヴの頃だと、指輪じゃないのよねぇ」
「確か櫛を贈るのが求婚の証で、既婚と未婚の見分けは髪型だったはずよ」
「俗世に興味のないイヴが、新しい風習を知っている、わけが、」
見つめ合った3人の魔女は、同時に息を吐いた。
「ない、わよね。坊やは、知らずにやったのか、わかっていて教えずに、外堀から埋めようとしているのか。どちらにせよ、ふてぶてしいこと」
「まあそんくらいふてぶてしくなきゃ、500年も生き延びられやしないだろうけどねぇ」
「まだまだ詰めは甘いようだけれど」
「それもそうだ」
「ほんとうに。愚かだこと」
ころころと、魔女たちは笑い合う。
「イヴはすぐ飽きるなんて言ってたけど、どう思う?」
「伝説だけは事欠かない魔女だもの、ひととなりはわかって会いに行っているはずよ」
「本人に会わずに500年想い続けた異常者だもの、そうそう諦めるとは思わないわ」
「だぁね」
うんうんと頷き合って、魔女たちは結論を決めた。
「それじゃ100年後を楽しみに待とうかね」
「100年後ってことはちょうど、竜の坊やが条件を果たす頃じゃないかしら」
「それはますます面白くなりそうねぇ」
つたないお話をお読み頂きありがとうございます
魔女は元人間の場合もありますが
元人間の場合でも魔女になった時点で人間じゃなくなっているので
人でなしがデフォルトです
続きも読んで頂けると嬉しいです