そのときまだあなたが同じ気持ちであったなら
その街にはときおり、初恋泥棒がおとずれる。
風になびくつややかな栗毛、夜空の月をはめこんだような淡い金眼、肌は輝くほどに白く、対する唇は熟れた果実のように赤い。かすかに微笑みをたたえた顔は、はっと息をのむような美しさとともに、心を騒がせずにはいられない愛らしさを持っていた。
その泥棒があらわれるのは、決まってなにか困りごとが起きたとき。
「お困りですか?」
彼女は悠然と微笑んで、困り果てる者に手をさしのべる。
「おねえさん」
美人に窮地を救われて、恋に落ちない男がいるだろうか。
事実を知らぬ子供は、無邪気に女に恋をする。
今、彼女を呼び留めた幼子も、そのひとり。
「ぼくがおおきくなったら、けっこんしてください」
振り向いた彼女は微笑んで、幼子と視線を合わせた。
「良いでしょう」
あまたのいたいけな少年たちの初恋を奪い去った大泥棒は、そのあしらい方など心得たものだ。
「わたしの年齢があなたの年齢の倍になったら、そして、そのときまだあなたが同じ気持ちであったなら、あなたとの結婚を考えましょう」
そう言って右の小指を差し出すのが、彼女の常。
幼子が少年となり、青年となるまでに、彼らは多くのことを学び、経験する。そのあいだに、雛鳥のような恋心など、薄れて忘れてしまう。
「約束です」
「やくそく」
彼女と右の小指をからめて笑った幼子も、そのひとり。
の、はずだった。
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