第49話「僕は、もしかするとヒロインになるのかもしれない。」
時折り頬を撫でるひんやりとした風が、落ち葉を運ぶ。
秋晴れの空の下、いよいよ始まった欅祭。
僕と音谷は、理科室へ移動すると、すぐに、試験管アイスと色の変わるゼリー作りを始めた。
まずは、試験管アイスから取り掛かる。
「角丸、このボールに氷を入れてくれ。なるべく沢山」
「了解!」
「それが入れ終わったら、塩を入れてくれ」
「了解!」
氷に塩を混ぜると、氷の溶ける速さが増し、急激に熱を奪う。そして、溶けだした水の中にも塩が溶け込み、さらに熱を奪う。この現象によって、氷水の温度が0℃以下になり、試験管の中に入れたアイスの材料が凍り、アイスキャンディーが出来上がる。
僕がステンレスのボールに氷と塩を入れている間に、音谷が、鍋に水を張り、その中にゼラチンを浸す。
これは、試験管アイスの次に作る色が変わるゼリーの下準備だ。
その作業を終えた音谷は、ジュースと砂糖を混ぜ合わせたアイスキャンディーのもとを作ると、試験管に流し込んだ。
「これを、ここに挿して、あとは固まるまで放っておく。よし。次は色の変わるゼリー」
鍋でふやかしていたゼラチンを一旦取り出すと、空いた鍋に再び水を張り、ハーブの一種であるバタフライピーのティーバッグを入れ煮出す。
煮出し終えたティーバッグを取り出し、グラニュー糖を混ぜ合わせた後、ゼラチンを入れ溶かす。
粗熱がとれたところで水にくぐらせたバットに移し、冷蔵庫で固める。
相変わらず手際が良い。
「角丸、レモンを輪切りにしてくれ」
「了解!」
僕は、音谷に言われた通り、レモンを薄く輪切りにすると、皿に並べラップをかけて冷蔵庫にしまった。
「な、なぁ音谷。大鷲さんとのことなんだけど」
「……うん」
「やっぱり、やめない?」
「……それは、出来ない。文化祭デートは、大鷲さんが、化学部に戻って来てくれるための条件だったから」
「でも」
「大丈夫。1回きりの約束だから。それに、お前は昨日、私を好きって言ってくれた。私の気持ちも変わっていない。だから、大丈夫」
音谷は、優しく微笑むと、試験管アイスの具合を確かめる。
「もう少し、だな」
「……音谷」
「ん? どうした? そんなあらたまった顔して」
「昨日、音谷は僕に告白してくれた。僕も自分の気持ちを伝えた」
「……うん」
「でも、その後のこと、何も話せないまま寝てしまっただろ?」
「その後のこと?」
首を傾げる音谷。
その仕草が、わざとなのか、それとも本当に何も思っていないのかわからない。
なら、もう、ここは、ハッキリと聞くしかない。
「だから、その、僕たち……付き合わない? のかなって」
「つつつ、付き合う!?」
えぇ? 何、その反応。
だってさ、お互い好きって告ったんだから、その先は付き合うって話になるでしょ? ならない? のか?
「ま、待て。確かに昨日はお前のことが好きだと言ったし、お前も私のこと好きって言ってくれた。けど、付き合うというのは、また別の話じゃないか?」
「なんで? お互い好きなんだから、付き合う流れは自然だと思うけど?」
「……そ、そうなのか? ……ごめん。こういうことに慣れてなくて……というか、初めて、だから、よくわかなくて」
そう言われると、確かにそうだ。お互い好きだからといって、必ずしも付き合わなければならないなんてことはないな。
けど、普通は、こういう流れから、お付き合いが始まるもんなんじゃないの? ラノベやアニメでもよくあるパターンだし……普通は……? そもそも普通ってなんだ?
「でも、角丸ともっと話したいとか、一緒にいたいとか、遊びに行きたいとか、思う」
「それ! 僕も音谷とそういうことしたいって思う」
「ゔぇ!? そそそ、そういうことって、へ、変態!」
顔と耳を真っ赤に染めた音谷が、僕の左腕を叩いた。
音谷よ。それはさすがに飛躍しすぎだ。仮にそういう思いがあったとしても、今は口にしたりしないだろ。
って、本当にそんなことは考えてないからな! 本当だぞ? 僕はこう見えて案外ピュアなんだからな。
「ちょ、痛いって。今の話の流れで、何で、そういう考えに繋がるんだよ」
「ち、違ったのか⁉︎ ……ううう」
うつむき、プルプルと震える音谷の耳は、真っ赤に染まっていた。この調子だと、きっと、顔も同じくらい赤いだろうな。
「えっと、それで、その」
「付き合うのは!」
音谷の言葉が、僕の言葉に覆い被さる。
「……つ、付き合うのは、もう少し、お互いを知ってからに、したい。もちろん、いろんなことは知ってる。けど、元に戻った今だから、ちゃんと本当の角丸を見て、感じて、知りたい。だから……」
「うん。わかった。それは、僕も同じ。本当の音谷を知りたい。だから、お互いを知って、納得出来た時、その時になったら、付き合って下さい!」
「プックク。お前、結局プロポーズしたな」
「な!? ほ、本当だ。これ、プロポーズだね」
「頭の片隅にはちゃんと置いておく。その時が来たら、また、言ってくれると嬉しい、かな」
「うん。必ず」
「必ず、は信じない。けど……信じてる」
「なんだよそれ」
僕と音谷は、クスクス笑い合うと、残りの作業に取り掛かった。
「お、終わった」
「出来たね」
展示物の貼り出しにお菓子の陳列、受付や配布物、スケジュール等々、ひと通りの準備と確認を終えた僕と音谷は、完成した室内を見渡し、ガシッと硬い握手を交わした。
「遅れてすみません! 何か僕に出来ることはありますか?」
そう言って理科室に飛び込んできたのは、矢神だった。
「矢神くん。たった今、終わったところだから、もう何もない」
「すみません。何のお役にも立てず」
「そんな事ない。矢神くんが学校のホームページに写真アップしてくれたおかげで、化学部もちょっと話題になってる」
「そうですか? それは良かった。それじゃ、これも撮ってアップしておきますね。あとは、撮った写真は後ほど全部お渡ししますから、生徒会への報告などに使って下さい」
「ありがとう」
矢神は、化学部の写真を撮りまくると、他の撮影もあるからと、忙しそうに理科室を後にした。
「あのー。すみません。ここ、化学部ですよね?」
「は、はい!」
「もう、大丈夫ですか?」
「も、もちろんです! どうぞ!」
「いいって。お邪魔しまーす」
「お邪魔しまーす」
矢神が出て行った直後、入れ替わりで、お客様第1号となる女子生徒が来訪し、さらにその友達も一緒に入ってきたものだから、理科室は急に賑やかな雰囲気に包まれた。
「よ、良かったら、お、お菓子も、どうぞ。ゆ、有料ですけど」
「わぁ、何これ。美味しそう」
「キレイ! かわいい!」
「こ、これは琥珀糖」
「それじゃ、これ、下さい」
「私も!」
「あ、ありがとう、ござい、ます」
キャッキャしながら、ひと通りの展示を見てくれた2人の女子生徒は、買ったばかりの琥珀糖を口に放り込むと、美味しいー! 甘ーい! という感想を残し理科室を出て行った。
その後も、忙しいというほどではないが、客足は途絶えることなく、お菓子の売り上げも順調に伸びていく。
「この紫色のゼリー? キレイですね」
「はい。これは、バタフライピーというハーブティーから作ったゼリーなんですが、ある事をすると色が変わるんです」
「え? 色が変わるんですか?」
「はい。このレモンを搾ってみて下さい」
僕は、1年生と思わしき女子生徒に、レモンの輪切りを1枚渡すと、ゼリーにその果汁を搾り落としてもらった。
すると、果汁が触れたゼリーが紫色から赤色に変わっていく。
これは、バタフライピーに含まれるアントシアニンが、レモン果汁の酸に反応し、phが変化する過程で、色が変わっていく現象を利用したものである。
「うわー! 本当に色が変わった! 凄いですね!」
「どうぞ。食べてみて下さい」
「え? 食べらるんですか? これ」
「はい。食べられます」
「いただきます! んー! 美味しいです!」
僕は、受付に座る音谷に向かって親指を立てると、音谷もグッと力強く親指を立て、合図を返してきた。
「角丸くん。音谷さん。交代しに来たよ」
理科室のドアの前には、見慣れた人物が。
そう、この声の主は、美馬さんだ。
「美馬さん、ありがとう。えっと、私たちはクラスの方だよね?」
「うん。よろしくね。それが終わったら、自由時間になるから、欅祭楽しんできて」
「あ、ありがとう」
「あとは、この私に任せて!」
胸をドンっと叩き、ふんすと荒い鼻息を立てた美馬さんに、手を振り理科室を出た僕と音谷は、メイドカフェで賑わうクラスへと向かった。
「い、いらっしゃいませ」
「わ、キミ。可愛いね。今度さ、俺と学食でランチしない?」
「うぇ⁉︎ ぼ、僕は、その、お、男だから」
「え? 君、男なの? マジか。えーでも、俺、君が男でも構わない! だから、ランチ、お願い!」
「お客様、当店のメイドとは、そういうことは出来ませんので」
メイド姿の音谷が、さっそく男子生徒に絡まれている。まぁ、自分で言うのもなんだけど、僕って、案外可愛いみたいだからね。仕方ないね。
何とも言えない優越感に浸っていると、誰かが、僕のおしりを触った。
「ひゃ!」
思わず変な声が出てしまった。
振り向けば、そこにはニタニタといやらしい笑みを浮かべる男子生徒の姿。
「お客様! お触りは禁止です! これ以上は、校則等々に従って、それ相応の対処をさせて頂きますよ?」
「ご、ごめんなさい! も、もうしませんから。許してください」
「音谷さん、大丈夫? もう、ちょっと目を離すと変な客がすぐ悪さするから、監視も大変よ」
「あ、ありがとう。あ、あの、あまり無理しないでね」
「ありがとう。音谷さん」
それから、自分が何をしていたのかわからないほど、目まぐるしい時間を過ごした僕たち。
時間にすると30分くらいだったようだけど、僕たちからすると、15分、いや10分くらいに思えたほどだった。
「音谷さん。角丸くん。お疲れ様。交代するね」
シフトチェンジした僕たちが、廊下に出ると、そこには、こちらに向かって手を振る2人のクラスメイトの姿があった。
「カッくん、音ちゃん、2人ともお疲れぃ。それじゃ、カッくん、行こっか」
「そんじゃ、音谷さんは俺と回ろ」
そう、大鷲さんと前島だ。
ついに訪れた自由時間。
本来なら屋上にでも行って、ゆっくりしたいところだけど、音谷は、大鷲さんとデートの約束があるし、僕は、なぜか、前島に誘われてしまったんだよな。
僕と音谷は、それぞれ大鷲さんと前島に手を引かれ、欅祭へと繰り出した。
「――あいつ、ダメだって言ってんのに、ぜんぜん人の話聞かなくてさぁ。やばくねぇ?」
「え? あ、うん」
「やっぱ? 音谷さんも、そう思うよね。でさ、この間なんか――」
前島のやつ、今日は、いつも以上によく喋るな。
でも、なんだろ。ぜんぜん耳に入ってこない。
もともと前島の話は、いつも話半分で聞いてるけど、
今回はたぶん、大鷲さんと音谷のことが、気になるからよけいに、なんだろうな。
と、そんなことを思いながら廊下を歩いていると、僕と前島の行手を1人の女子生徒が塞いだ。
「音谷先輩!」
「は、はい?」
見覚えのある顔、名前まではよく覚えてないけど、確か演劇部の1年生だな。この前、白馬先輩の演技指導を受けてた時、部室にいたのをなんとなく覚えてる。
「お願いします! 一緒に来て下さい!」
「ちょっと待って。キミ可愛いね。でもね、音谷さんは今、俺とデート中なんだ。悪いけど後にしてくれないかな?」
「すみません! それどころじゃないんで、音谷先輩! お願いします!」
そう言うと、女子生徒は僕の手を掴み、強引に引っ張ると走り始めた。
「ちょ、ちょっと」
「あ! ちょっ! キミ!」
「ごめんなさい! ヒロイン役の子が、急に具合悪くなってしまって! 白馬部長から音谷先輩を連れて来てくれって言われて!」
僕は、女子生徒に手を引かれたまま、あっという間に体育館の舞台袖に連れて行かれた。
「あれ? 前島、なんでひとりなの? 音ちゃんは?」
「音谷さん、演劇部の劇に出る事になっちまったんだ」
「え? なんで?」
「なんかよ。ヒロイン役の子が、急に具合悪くなっちまったらしく、音谷さん、演劇部の女子に連れてかれちまったんだよ。なんで演劇部でもねぇ音谷さんが、ヒロインの代役やらされんのか、わかんねぇけど」
「……ほ、本当だね。な、なんでだろうね」
そう言うと、音谷は、2人からそっと視線を外した。
「待って。あの劇ってさ、最後にヒロインのお姫様と、主人公の王子様が、キスするシーンあるんじゃなかった?」
「そういえば。ヒロイン役の子が、白馬先輩とキス出来るって、大はしゃぎだったな」
「キ、キス!?」
「どしたの? カッくん。なんかやけに動揺してない?」
「え? い、いや、そんな、ど、動揺なんて、してない」
「ふーん。ならさ、うちとしようよ。キス」
「あー、俺、ちょっと用事思い出したから行くわ」
察した前島が、その場を去ると、音谷の様子がいつもと違う事に気づいた大鷲さんが、音谷の唇へ、自分の唇を近づけた。
「……」
黙って大鷲さんから視線を外す音谷。
その仕草を目の当たりにした大鷲さんが、少し目を潤ませ、音谷から顔を離した。
「……カッくん。カラオケの時のこと、覚えてる? あの時も、結局、キス出来なかったんだよね」
「……」
「……行きなよ」
「…………ごめん」
「………………バカ」
大鷲さんに背を向け、走り出した音谷。
その背中が見えなくなるまで、いつもの笑顔を保っていた大鷲さんだったが、音谷の姿が見えなくなった瞬間、大粒の涙をぼろぼろとこぼし、その場に泣き崩れた。
そんな、大鷲さんの肩に、そっと誰かの手がのる。
「あやちゃん」
そう、桜花部長と交代し、校内をぶらついていた美馬さんだ。
美馬さんは、大鷲さんの涙をハンカチで拭うと、広げた右手を差し出した。
「あやちゃん。すんごく美味しいパフェを出すクラスを見つけたんだけど、今から一緒に食べ行かない?」
「……ほのちゃん、おごってくれる?」
「もちろん」
がっくりと肩を落とした大鷲さんの手を、美馬さんが優しく握り、2人は、賑わう欅祭の人だかりの中に消えて行った。
体育館の舞台袖。
そこでは、仮面を被った王子姿の白馬先輩が、出番を待っていた。
「は、白馬先輩」
「ん? キミは、角丸くんじゃないか」
「あの、白馬先輩……」
「音谷くん、だね?」
音谷は、こくりと頷いた。
「時間はあまりない。すぐに支度したまえ」
「え?」
「ここへは、そのつもりで来たんだろ?」
「……はい」
白馬先輩は、素早く音谷に王子の格好を施し、耳元で段取りを説明すると、優しく背中を叩き、舞台へと送り出した。
(どうしよう。思わず流されて来ちゃったけど、白馬先輩とキスなんて。僕のファーストキスが、こんな形で奪われることになるなんて)
舞台中央の美しい花々に囲まれた台座に、ヒロインのドレス姿で横になっている僕の目に映る仮面姿の王子。
今更ながら後悔の念にかられ、半泣きになっている僕の鼓膜を聞き覚えのある声が揺らす。
「角丸」
「え? お、音谷? なの?」
「シッ。声、出すな。め、目をつむれ」
僕が目をつむると、それまで顔に当たっていた照明の明かりが、暗くなったように感じた。
これって、たぶん、音谷の顔が、僕の顔の真上にあるから、その陰で暗くなったってことだよな。
次第に音谷の顔が近づいてくるのが、目を閉じていてもわかる。
なぜなら、ゆっくりと、そしてほんのりと、僕の肌に伝わってくる熱と吐息を感じるからだ。
「「……」」
僕の唇に、何かが触れた。
音谷の唇、いや僕の唇は、自分で思うよりもずっと柔らかく温かかった。
僕がゆっくりと目を開けると、そこには、目を大きく見開いた音谷がいた。
目の前に音谷がいる事に変わりはない。ないのだけれど、さっきまで、見上げていた音谷を、今は見下ろしている。
「……も、戻った、のか?」
「そうみたい、だね」
お互いの体が元に戻ったことに驚いたのも束の間、僕の後ろから白馬先輩の声がする。
「角丸くん。悪いが、今は、口づけの余韻に浸ってもらう時間はないんだ」
そう言うと、白馬先輩をはじめモブ役に扮した部員たちが僕を囲み、セットごと袖裏にものすごい勢いではけた。
「角丸くん。素晴らしい演技だったよ。特にさっきの口づけはね。さぁ、あとは僕たちに任せてくれたまえ」
僕と交代し、舞台のきわに部員たちと1列に並んだ白馬先輩が、観客に向かってお辞儀をする。
拍手喝采の中、演劇部の公演は、無事終演を迎えた。
幕が下り、舞台袖に戻った白馬先輩は、音谷を僕の隣りに並ばせると言う。
「角丸くん。音谷くん。2人のおかげで、無事終える事ができた。ほら、見たまえ」
舞台袖から、観客席を覗くと、幕が下りたというのに、観客の大半がそこに残り、スタンディングオベーションが続いていた。
白馬先輩は、その後、打ち上げに誘ってくれたが、それどころじゃない僕たちは、丁重にお断りすると、理科室へ走った。
「おっ帰りー! ね、キス、したの?」
僕と音谷の顔からボッ! っと同時に火を吹く。
「わっ、その反応、したんだ」
「そ、それは、そういうシナリオだったから」
「やっぱりしたんだ。きゃー!」
いつの間にか、理科室に戻り、桜花部長に代わって受付をしてくれていた美馬さん。
と、その横には、僕にジト目を向ける大鷲さんの姿があった。
「ま、でも、良かったんじゃない。こういうことでもなきゃ2人、進展しなそうだからね」
大鷲さんは、意味深げな笑みを浮かべると、僕の肩をポンっと叩いた。
「え? え? 2人って、もう、そういう関係なの?」
「ほのちゃん。ほら、クラス行くよ。まだ片付け残ってるんだから戻らないと」
「あやちゃん。角丸くんと音谷さんって、どこまで……」
大鷲さんは、ニッと大きく笑うと、僕たちの話題に食いつく美馬さんを引っ張り、クラスへと戻って行った。
ピンポンパンポン。
「16時になりました。これにて、第77回欅祭を終了致します。各自後片付けを開始し、速やかに下校願います。あらためて、素晴らしい欅祭となったこと、関係者一同代表として、お礼申し上げます。皆さん、本日は、お疲れ様でした」
「終わったね」
「終わった……」
「ん? どうした? 音谷」
「まさかこんな形で、体が元に戻るとは思わなかったから、まだ、その、実感がわかなくて」
「そうだね」
たしかに音谷の言う通りだ。
元の体に戻ったというのに、なぜかまだ、自分ではない気がしている。
「実は僕も、まだ変な感じがしてる。けど、しばらくしたらちゃんと戻るんじゃないかな」
「だな……後片付け、始めるか」
「うん」
僕と音谷が、理科室を片付け終わる頃には、クラスの大半は既に帰宅し、教室に残っていたのは、美馬さんと大鷲さん、それと前島だった。あ、クラスは違うけど矢神もいた。
僕たちは、それぞれに労いの言葉をかけ合い、最後に矢神が写真を撮り解散。
「ね、みんなは、この後どうするの? クラスの打ち上げ行く?」
「俺は、そのつもりけど」
「うちも」
「僕は、帰ります。クラス違うので」
前島と大鷲さんはクラスの打ち上げに。矢神は帰宅の予定。
「僕は、ちょっと疲れたし、今日は帰ろうかな」
「わ、私も、帰ろうと、思う」
「えー、2人とも帰っちゃうの? 欅祭後だよ? みんなで打ち上げ行こうよー」
僕と音谷が帰ると言い出した途端、駄々をこね始めた大鷲さん。
「じゃあさ、せっかく矢神くんも残ってくれたことだし、私たちだけで、打ち上げやろっか?」
「ほのちゃん、それ、良いねぇ。クラスはまた何かで集まればいいしね」
「俺は、構わないぜ」
「良いんですか? 僕も混ぜて頂いて」
「当たり前じゃん。矢神くんも化学部の部員でしょ?」
「はい! 美馬さん、ありがとうございます!」
「ということだけど、角丸くんと音谷さんは、どうする?」
「……行きます」
「……行く」
「よーし! 決定! それじゃ、いつものカラオケに、レッツ・ゴー!」
僕たちは、駅前のカラオケ店で、ひとしきり盛り上がり、打ち上げを満喫すると、それぞれ帰路についた。
「角丸」
ホームで1人、電車を待っていた僕に、音谷が声をかけてきた。
「え? 音谷、なんでいるの? お前、自転車だろ?」
「……この後、少し、時間あるか?」
「え? あ、うん」
「そうか。なら、ちょっと付き合ってほしい。お前と、行きたいところが、ある」
「行きたいとこ? どこ?」
「お前の最寄駅の1つ先」
「1つ先? そこに何があるの?」
「……」
音谷は、それ以上何も答えることなく、僕と一緒に電車に乗り込んだ。




