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僕は、もしかするとヒロインになるのかもしれない。  作者: 玄ノロク(くろのろく)


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第42話「仲直り」

 昨日の曇り空から、天気は、そのまま下り坂に向かい、今日は、あいにくの雨模様。

 雨の日は、電車が混む。

 だから僕は、その混雑を避けるため、天気の悪い日は、いつもより早めに家を出る。


「おはようございます」

「おはよう! 音谷(おとや)。今日は、早いな。それと、最近やっと、そっちから挨拶してくれるようになったな! 先生、嬉しいぞ!」


 高宮(たかみや)先生のテンションは、相変わらず朝から高い。

 さすがは、熱血体育教師だ。その熱血ぶりに、挨拶をスルーする生徒も多いが、僕は、慣れてきたというか、以前ほど面倒くさいと思うことは、なくなっていた。

 それと、これは余談だけど、高宮先生は、ああ見えて、すごい一面がある。

 先生は、毎朝、ただ校門で挨拶しているだけじゃなくて、門をくぐる生徒の顔と名前を、ひとりひとりちゃんと覚えているんだ。

 だから、僕は、ちょっとだけ、高宮先生のことを、リスペクトしていたりする。


 教室に入ると、僕が1番乗りだと思いきや、窓から外を眺める1人の男子生徒の姿があった。

 あの後姿は、僕だね。

 つまりは、音谷の方が早く来ていたということだ。


「おはよう、音谷。早いね」

「おはよう……って、おい。まわりに誰もいないからといって、油断するな」

「ハハ。ごめん。ごめん。で、こんなに早く来て、何してたの?」

「……傘」

「傘?」

「いろんな形、色があって、きれい、だろ?」


 音谷に言われ、あらためて校門に視線を落とすと、そこには、様々な方向から色とりどりの傘が、校門に集まり、自然のアートを作り出していた。


「本当だ! すごく綺麗だ。音谷、もしかして、雨の日は、いつもこれを見るために早く来てたりする?」


 音谷は、窓の外を眺めたまま、頷いた。


「雨の日は、いつもよりずっと憂鬱。だけど、これ、見ると、気分がちょっとだけ上がる。だから、雨の日は、早く来る」

「そっか。たしかにこれは、良いね。僕も、ちょっとほっこりできた。ありがとう。音谷」

「べ、別に、お前に感謝されるような、ことじゃない……でも、ほっこりできたなら、よかったんじゃないか」

「ね、音谷」

「何だ?」

「また、次の雨の日も、一緒に、見てもいいかな?」

「うぇ!?」


 ん? どうした? なんで、そんなに顔赤くしてるんだ?


「べ、別に……勝手に来れば、いいんじゃ、ないか」

「うん。それじゃ、約束」

「や、約束!?」


 僕が、なんの気無しに差し出した小指に、音谷はうつむいたまま、小指を絡めてきた。

 それから、他のクラスメイトが教室に入ってくるまでの間、なぜか音谷は、その小指を離さなかった。


「おはよう! 音谷さん! 角丸(かくまる)くん!」

「おっはよー! (おと)ちゃん! かっくん!」


 半数くらいの生徒が、クラスを埋める頃、あの2人が、雨など関係無いと言わんばかりのテンションで教室に入ってきた。


「おはよう。美馬(みま)さん。大鷲(おおわし)さん」

「お、おはよう」

「2人して、何してんの?」

「えっと、か、傘を見てた」


 何やら嬉しいな顔で、音谷の隣りに立った大鷲さんの問いに、音谷は、呟くように答えた。

 

「ん? 傘? わぁ! すっごい綺麗だね!」

「ほんとだ! きれい!」


 大鷲さんの後ろから、ひょこっと顔を覗かせた美馬さんも、その光景に大はしゃぎ。


「お前らー、席につけー」


 今日の渋江(しぶえ)先生は、いつもにも増してだるそうだな。


「先生、雨は嫌いだ。見ろ、このまとまらない髪を。はぁ」


 見れば、渋江先生ご自慢のサラサラヘヤーが、見事にボンバーしている。

 なるほど。だから、あんなにテンションが低いんだね。

 渋江先生は、イスにドカッと座り込むと、いつもより低い声で、出席を取り始めた。


「よーし。全員いるな。今日は、1日雨だそうだ。お前らも気乗りせんだろうが、まぁ、なんだ……適当に乗り切れ」


 いつもの歯切れの悪さにもキレが無い。

 終始テンションの上がらなかった先生は、そのままブラブラと手を振り、職員室へと戻って行った。


 昼休みの理科室。

 僕と音谷は、テーブルを挟み向かい合う様に座ると、それぞれお弁当を広げる。

 昼休みの居場所がなかった僕と音谷は、どちらが誘うということなく、なんとなく自然と、ここに来るようになっていた。


「音谷」

「か、角丸!? だから、油断するなと言ってるだろ!」

「硬いこと言うなよ。誰もいないんだから」

「お前の、そういう危機感の無さが、いつも心配なんだ! ……で、どうした?」

「あのさ、大鷲さんのことなんだけど」

「お、大鷲さん!? べべ、別に私は何も……」


 おっと、その反応は、何かあったな。


「何かあった、ね?」

「だ、だから何も……」

「お前って、ほんとわかりやすいな」

「……」

「大鷲さん、無事、部活に戻って来てくれることになったんだよな?」

「う、うん」

「どうやって、説得したの?」

「……」


 急に黙り込み、下を向く音谷。

 もうこれ、絶対何かあったに違いない。


「ん? どうした?」

「……欅祭(けやきさい)

「欅祭?」

「け、欅祭で、デート、する」

「……は? デート? 大鷲さんと?」


 音谷は、申し訳なさそうにコクリと頷いた。

 デートって……つまりは、今度の欅祭で、僕は、大鷲さんとデートするって事だよね!? 実際は、僕の姿をした音谷が、だけどね。とはいえ、これは一大事だぞ!


「それ、本当なの?」

「ほ、本当だ。けど、そ、そういう、お前も、前島(まえじま)くんに、い、色仕掛け、使っただろ!」

「ええ!? あ、あれは事故というか、結果的にそうなっただけで、ワザとじゃない! ……でも、ごめんなさい」

「……わ、私こそ、ごめん。私も、そういうことになってしまったから、お前を攻める資格はない」


 僕たちは、お互いに反省し、無言で弁当を食べ終えると、そのまま教室に戻り、午後の授業を受けた。


 放課後の理科室。

 そこには、僕と音谷と美馬さん、そして、ちょっと気まずそうな顔で、背を向け合う大鷲さんと前島の姿があった。


「はいはーい! あやちゃん。前島くん。おかえり!」


 この微妙な空気感を、バッサリと断ち切ってくれたのは美馬さんだった。さすがは、陽キャの鏡!


「た、ただいま」

「お、おう」


 大鷲さんも前島も、ぎこちない動きと表情をしているが、ひとまずなんとか丸く収まりそうだ。


「ほらほら。2人とも。手、出して。仲直りと言えば、握手、でしょ?」

「う、うん」

「おう」


 大鷲さんも前島も、視線をそらしたまま、ゆっくりとそれぞれの右手を差し出す。

 その手が上がりきる前に、美馬さんが、2人の手を取り、そのまま握らせ、強制的に握手へと事を進めた。

 急な展開に驚く2人だったが、美馬さんの行為が功を奏し、大鷲さんと前島は、照れくさそうに目を合わせると、ほぼ同時に謝罪の言葉を発した。


「「ごめん!」」


 声が重なった2人は、互いにくすくすと笑いはじめ、最後には、握り合った手をブンブンと上下に振りながら、大笑い。

 無事、仲直りする事ができた。


「それにしてもさぁ、前島。あんた、音ちゃんに膝枕してもらうだなんて、何があったのさ」

「い、いや。あれは、お前らが想像するような甘ーい出来事じゃねぇんだって。だよね? 音谷さん」

「うん」

「そんじゃさ、説明してよ」

「わーったよ。あれはさ、結論から言うと、事故」

「事故?」


 半信半疑で目を細める大鷲さん。

 その横で、同じく目を細める美馬さん。

 まぁ、そうなるよね。


「そ、事故。帰ろうとした俺を、慌てて止めようとした音谷さんが、つまずいちまってさ。転びそうになった勢いで俺に抱きついちまったんだよ。んで、そのまま俺もよろけて、ベンチにドサッてわけ」

「へぇー。そんなんで、膝枕になるんだ」

「いや、だから。ウソのようで本当なんだよ。だよね? 音谷さん。俺たち、ウソなんか言ってないよね?」

「うん。本当だから」


 大鷲さんは、しばらくの間、目を細めたままだったが、小さくため息をつくと、いつもの笑顔に戻った。


「そっか。音ちゃんがそういうなら、信じてあげる」

「んだよ、それ。俺がぜんぜん信用ないみたいな言い方じゃんか」

「え? 違うの?」

「大鷲、てめぇ」

「アッハハ。うそうそ。冗談」

「ったく。おめぇは」


 一瞬、またケンカが勃発するかとヒヤヒヤしたが、なんだかんだ前島も、大鷲さんもお互いの言葉を本気になんてしてなくて、もう、ケンカする前のような、からかい合う仲に戻っていた。


「遅れて、すみません!」


 仲直りを終え、和気あいあいとした雰囲気に包まれた理科室のドアが勢いよく開いたかと思うと、聞き覚えのある声と見覚えのある生徒の姿が。


「「「「矢神(やがみ)くん!」」」」「矢神!」


 僕と音谷、美馬さんに大鷲さん。それと前島。

 矢神の姿を見た全員の声が重なった。

 よかった。矢神のやつ、ちゃんと家に帰れて、学校にも来てたんだね。


「皆さん。この度は、うちが、じゃなくて、僕は、もう、化学部だから、写真部がご迷惑をおかけしました。これは、尾行慣れしていたはずの僕が、後をつけられるている事に気づかなかったという凡ミスのせいです。本当に申し訳ございませんでした!」


 尾行慣れって……まぁ、この際、それは流していいか。

 別に矢神が何かしようとしたわけじゃないからね。


「ま、まぁ。矢神くんのせいじゃないし、そんな謝ることはないと思うよ」

「そうだよ。矢神くんは、ぜんぜん悪くない」

「そだね」

「矢神、おめぇはなんも悪くねぇ」

「皆さん! ありがとうございます!」


 半泣きで、僕たちに頭を下げて回る矢神。


「……灯台下暗し」


 お、おい! 音谷! せっかくみんながいい感じに矢神を慰めてたのに、お前というやつは!


「角丸さんのおっしゃる通りですよ。まったくもって面目ないです。ハハ」

「でも、良かった。無事で」

「ありがとうございます!」


 まったく。音谷のやつ、ひと言多いんだから。


「ところでさ、あの時の1万円って、どうなったの? ちゃんと戻ってきた?」


 おお、そういえば。どうなったんだろう。美馬さんに言われなかったら、完全に忘れてた。


「あ、そうそう。それなら、岡楯先輩(かれ)から預かってます。はい。角丸さん。お返し致します」

「ありがとう……あ、あの。みんな、今日この後、時間、ある?」

「ん? 私は空いてるけど、どうしたの? 角丸くん」


 音谷の言葉に、美馬さんが首を傾げた。


「も、もしよかったら、1万円(これ)で、みんなで、お、お茶でも、し、しません、か?」

「え!? いいの!」

「それって、かっくんのおごりってこと?」


 美馬さんと大鷲さんが、目を輝かせ音谷に駆け寄る。


「う、うん」


 少したじろぎながら、頷く音谷。

 そんな音谷の元に、前島も駆け寄る。


「マジか! 角丸、お前、太っ腹だな!」

「お、大鷲さんと前島くん、矢神くんの化学部復帰のお祝い、みんなでしたい」

「みんなの復帰祝い! いいね!」

「そうと決まれば、行こう!」


 美馬さんと大鷲さんは、大はしゃぎで飛び跳ねると、早々にドアまで駆けていった。


「おいおい。行くって、まだ場所決めてねぇだろ」

「えへ。そうだった。カッくん。どこにする?」

「え? えっと……駅前のカフェ、はどう?」

「いいね! あそこのケーキ、美味しいもんね!」


 真っ先に反応したのは、やはり美馬さんだった。

 そうと決まれば、みんなの行動は早く、僕と音谷以外は早々に理科室を出て行った。


「珍しいじゃん。音谷からみんなを誘うなんて」

「……う、うん。なんか、たまには、みんなと、そういうこと、してもいいかなって、思った。それに、この1万円は、みんなで取り戻したものだと思うから」

「うん」

「どしたの? 2人とも。ほら、行こ!」


 出遅れた僕たちが来ない事を心配した美馬さんが、ドアの前で、手招きをしている。

 僕たちは、小走りで、美馬さんに合流すると、駅前のカフェへ向かった。

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