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僕は、もしかするとヒロインになるのかもしれない。  作者: 玄ノロク(くろのろく)


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第40話「名探偵、誕生?」

 青空に浮かぶ、うろこ雲の合間から降り注ぐ、柔らかな陽の光りが、少し黄色味がかった街路樹の葉を照らし、頬を撫でる少し冷たい風が、足元に落ち葉を届ける。


「おはよう!」

「お、おはようございます」


 僕は、校門前に立つ生徒指導の先生に、朝の挨拶を済ませると、教室へと向かった。


「……え? な、何?」


 クラスに、足を踏み入れるなり、音谷(おとや)の鋭い視線が、僕に突き刺さった。

 いったい、何があったというのだ?

 僕が、たじろいでいると、音谷が足早に近寄ってきた。


「後で話がある」


 音谷は、小声でそう告げると、席に戻っていった。

 そんな音谷の行動を不思議に思いながら席についた僕に、美馬(みま)さんが迫る。


「音谷さん。これ、見て」


 美馬さんは、困惑した顔で、1枚の写真とチラシのような紙を僕に渡してきた。


「うぇ⁉︎ な、何これ⁉︎」


 写真には、公園のベンチで、前島(まえじま)を膝枕している僕の姿が写っていて、チラシのような紙には、新聞や雑誌から切り抜いたであろう文字が、貼られていた。


『こノ 写シんを ばラまかレたクナかッタら、明日ノ放かゴ 十万円ヲ ボくの ゲたバコに 入レろ』


「音谷さん、この写真って……」

「えっと、その……成り行きで」

「そっか。これ、合成写真とかじゃないんだ」

「……うん」


 頷く僕を見ていた音谷から赤黒いオーラが放たれるのを感じる。

 そりゃそうだよな。色仕掛けはやめろと釘を打たれていたにも関わらず、その事実が明るみになってしまったのだから。

 とはいえ、最終的にそうなっただけであって、はじめから膝枕を狙っていたわけではない。

 まぁ、何かの拍子に、たまたま胸が当たってしまったという演出を企てたことは否定できないが。


「でもでも、あれは、わざとじゃなくて、たまたま、ああなってしまっただけで」

「だとしてもさ、どうなったら、膝枕なんかになるの?」


 懐疑的な目で僕を覗き込む美馬さんに、返す言葉が見つからず、うつむいていると、1人の男子が、話に割って入ってきた。


「あのさ。それ、音谷さんは、何も悪くないし、わざとでもなんでもないから」


 その声に顔をあげると、目の前には、前島が立っていた。


「あん時、俺、ちょっとふらついちまって、倒れそうになったんだよ。それを音谷さんが、体を張って助けてくれてさ。それで、そういう風になっちまったってわけ」

「そ、そうだったんだ。ごめんね。音谷さん。だよね。私もさ、何かの間違いだとは思ってたんだよ? でも、ほら、こんなの見せられちゃったら、ね?」

「まぁな。そりゃ疑うわな。けど、違うからさ。ネットとか、SNSでもよくあるだろ? ある部分だけ切り取って、あたかもそういう風に見せるやつ」

「あー、たしかに。そういうのあるね。それを鵜呑みにしちゃうと大変なやつ。この写真も、そういうのだってことだね」

「ああ」


 前島、お前。

 本当は、あながち、わざとじゃないとは言い切れないのに……いいやつだな。


「それよかよ。なんで、こんなもんがあんのかって、思わねぇか?」

「たしかにそうだね。音谷さん、何か心当たりあったりする?」


 心当たりか……なくもないが、それは、流石に無いと思いたいところ、なんだよな。

 僕の脳裏によぎったのは、そう、矢神(やがみ)だ。

 今回の計画を知っていて、かつ、あの場に僕と前島がいた事を知る人物は、他に思い当たらないからだ。

 でも、あいつは、音谷のことが好きで、わざわざ写真部を辞めてまで、化学部に来たっていうのに、いまさらそんな事するか?


「……もしかして、矢神くん?」


 やっぱり美馬さんも、そう思うよね。

 僕が、無理に小さく頷くと、美馬さんと前島が、僕と同じように複雑な表情を浮かべた。


「疑いたくはないんだけど……」

「「……」」


 力無く、口から溢れた僕の言葉に、美馬さんと前島が、言葉を失った。


「あの、さ。そもそも、その写真とかって、どこから入手したの?」


 僕たちの沈黙を破ったのは、音谷だった。


「え? あ、えっと、朝来たら、私の下駄箱に入ってたの」

「なるほど。だとしたら、矢神くんを疑うのは、まだ早いかもしれないね」


 そう言うと、音谷は、ニヤリと左の口角を上げる。


「なら、始めようか。犯人探しを」

「どうやって?」


 美馬さんは、そう言うと、いつの間にか手にしていたお菓子の小袋から、グミを取り出し、パクリと口に放り込んだ。


「写真、もっとちゃんと見せてほしい。こういうものには、必ず犯人に繋がる何かしらの情報があるはずだから。とその前に、音谷さん、ちょっといい?」

「え? あ、うん」


 音谷は、僕を廊下に連れ出すと、鋭い視線を僕に向けてきた。


「前島くんが、さっき言ってたこと、一応信じる。が、念の為聞く。本当に、あの膝枕は、わざとじゃなかったんだな?」

「も、もちろん」

「本当か?」

「ほ、本当だよ」


 僕にジト目を向ける音谷。


「本当だってば」

「はぁ。それなら、今回は、ノーカンにしてやる。けど……」

「けど?」

「も、もし、次に前島くんと、何かあったら、それとなく、アピールしてくれても、いいぞ?」

「は? ちょっと待って。音谷、前にそういうことは、入れ替わりが戻ったら、自分でするって言ってなかったか?」

「そ、それは、そうなんだが……そういうチャンスがあるのなら、逃したくないというか……戻る前に、既成事実を作っておいた方がいいというか」


 急に、もじもじとしだす音谷。

 おっと、最近見てなかったけど、それ、ここでやらないでくれ! ほら、通りすがりの生徒たちが、変な目で見てるじゃないか!


「既成事実って、お前な。自分が何言ってるか、わかってる?」

「はへ? あ、いや、それは、その」

「僕は、嫌だよ。前島と、どうにかなるのなんて」

「お、お前は、何を想像したんだ! こ、この変態!」


 変態、か。

 何気にそれも久しぶりに聞いた気がするな。

 けど、いつもそうだが、先に変な想像してるのは、音谷、お前の方だと僕は思うぞ?


「音谷。お前が、何を想像したかわからないけど、とにかく僕は、嫌だから」

角丸(かくまる)、お前……わかった」


 わかってくれたなら、よし。

 でも、なんで、そんな、ちょっと恥ずかしそうな顔してるんだ? まだ、変な想像の余韻にでも浸ってるのか?

 よくわからないけど……ま、いいか。


「きょ、教室。戻るぞ」

「うん」


 教室に戻ると、すぐに、美馬さんが、さっきとは別味のグミを口に投げ入れる姿が目に映った。

 ちなみに、はじめに食べていたのは、りんご味。今口にしているのは、シャインマスカット味だ。


「あ、やっと戻ってきた。2人で、何話してたの?」

「別に、大した話じゃないよ」

「ふーん。そうなんだ」


 美馬さんの質問に、音谷がそっけなく答えると、何かを察したのか、美馬さんは、それ以上深く追求することはなかった。


「それはそうと、写真、見せてほしい」

「あ、うん。はい。どうぞ」


 音谷は、美馬さんから受け取った写真に、目を凝らす。

 しばらくして、顔をあげた音谷が、僕の前に、写真を差し出し言う。


「ここ、見て」


 音谷が指さす場所を覗き込むと、そこには、誰かの後ろ姿、それも右半身だけが、端の方に写り込んでいた。

 よくよく確認してみると、写り込んでいる人物の服装に、見覚えがある事に気づいた。

 そう、矢神だ。


「この服、たぶん矢神くんだと思う。肩から斜めにかかってる黒いラインは……カメラのストラップじゃないかな」

「やはりそうか」


 音谷は、目をつむり、メガネもないのに、右手の中指で、クイッとメガネをあげるような仕草を見せると、その指を眉間に乗せ、数回トントンと叩いた。

 目を開けた音谷は、右手の人差し指と腕を真っ直ぐに伸ばし言う。


「犯人は……この校内にいます!」

「「「……」」」


 音谷のドヤ顔に対して、僕と美馬さん、それと前島は『うん、そうだと思ってたよ?』という思いを胸に秘めた苦笑いを浮かべた。


「まぁ、この写真を撮ったのが、矢神じゃねぇってことは、わかった。けど、なんで矢神がいたんだ? 結局あいつもスクープってやつを、狙ってたんじゃねぇか?」

「前島くん。それは、違う。矢神くんは、前島くんを探すの、手伝ってくれただけ。だから、あそこにいた」

「そっか。音谷さんが言うなら、間違いないか。なら、角丸が言うように、犯人、見つけ出さなきゃだな」

「でもさ、探すにしても、何も手がかりなくない?」

 

 美馬さんの言う通りだ。現状、手がかりは無いに等しい。

 写真に、矢神の後ろ姿が、写っていたということは、あれは、明らかに、矢神が撮ったものではない。

 だとすると、僕らをつけ狙っていた人物がいるってことになるよな。

 でも、それが誰なのか。皆目見当がつかない。


「そうなんだよな。どうすっかな」


 前島を筆頭に、僕たちが頭を抱える中、音谷だけは、再び額に指を当て、何かを考えはじめていた。

 しばらく目をつむり考え込んでいた音谷が、目を開ける。


「この文面からして、この脅迫状は、完全に僕たちへ的を絞っていることは、わかるよね?」

「これを読んで、矢神くんを思い浮かべることができるのは、私たちだけ、でしょ?」

「そう! 音谷さんの言う通り。だとすると、僕たちが、今出来ることは、犯人の要求に乗ること。そして、そこから、犯人の尻尾を掴む!」

「そうは言ってもよ。10万なんて、そう簡単に用意できねぇぜ?」

「前島くん。なにも本物を用意する必要はない。要は犯人に、そう思わせればいいのさ」

「ほう。角丸、いや、名探偵角丸さんよ。その顔は、何かいい考えがあるってことだよな?」

「ああ。僕に考えがある。だから、一晩待ってほしい」


 そう言い切った音谷の顔は、謎の自信に満ち溢れ、さながら推理ドラマの主人公のようだった。

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