第39話「渾身の一撃!」
ホームルームが終わり、大鷲さんと、前島が、別々に教室を出ていく。あの日以来、当たり前になりつつある光景だ。
「それじゃ、音谷さん。行くよ!」
「うん! 角丸くん」
「2人とも、頑張ってね!」
僕と音谷は、美馬さんに、右手の親指を立てると、急いで大鷲さんと前島の後を追った。
廊下に出ると、大鷲さんが、階段を降りていく姿が見えた。
「角丸。私は、このまま大鷲さんを捕獲する。前島くんの方は、頼んだぞ」
「任せて。秒で落としてくる!」
「言ったな。けど、変な色仕掛けとかするなよ。後々面倒な事になりかねないからな」
「大丈夫。そんなの必要ないよ。白馬先輩直伝の演技があれば、それだけで十分! だろ?」
「そうだな。お前の言う通りだ」
「それじゃ、ひと狩り行こうぜ!」
僕たちは、走りながら、握った拳をぶつけ合うと、それぞれ担当する獲物の追跡を開始した。
「あ、あの。大鷲さん!」
「あれ? カッくんじゃん。どした?」
音谷が、さっそく大鷲さんの足を止めた。
よし。そっちは、任せた。
僕は、大鷲さんに見つからないよう階段を降りると、前島を探す。
あいつ、移動するの早いな。
えっと、前島のやつ、今日は、部活ある日だっけかな? とりあえず、体育館に行ってみるか。
「音谷さん。音谷さん。こっちです!」
渡り廊下の先で、矢神が、手招きをしている。
「矢神くん。こんなところで、何してるの?」
「何って。前島さんを尾行してるんですよ。音谷さん、前島さん担当ですよね?」
「え? 矢神くん、わざわざ?」
「当たり前じゃないですか。ほ、惚れた女が、困ってんだ。助けねぇわけには、いかねぇだろ?」
「……あ、ありがとう」
うぇっ。なんだよ。急にカッコつけやがって。それ、ちょっとキモいよ。しかも、無駄に演技上手いし……ハッ! そうか、そういえば、矢神も白馬先輩の演技指導受けたんだった。
ということは、これが、あの時の特訓の成果ってやつか。白馬先輩、恐るべし。
でも、矢神のおかげで、ちょっと自分にも自信が湧いてきたぞ!
「音谷さん。しゃがんで下さい!」
矢神に、そう言われた僕は、頭を低くし、四つん這いになった。
視線を、矢神の見ている先に向けると、廊下で、別のクラスの男子と談話する前島の姿が目に映った。
「いた!」
「いましたね。でも、今飛び出すわけには、いきませんね。前島さんが1人になるまで、様子を見ましょう」
「矢神くん、冷静だね」
「フッ。こういうことには、慣れてますから」
あー、そうだった。こいつ、尾行とか、隠し撮りとか、そういうの、お手のものなんだよな。
それを思い出した途端に、背筋に悪寒が走った。
「お! 話しが、終わったようです。音谷さん、行きましょう」
他のクラスの男子と別れた前島が、1人で歩き始めた。
方向からいって、体育館ではなく、下校口に向かっている。
てことは、今日は、部活は無いってことだな。
「下校口を出る前に、前島さんに声をかけたいところですが……また、誰か来てしまいましたね」
見れば、前島の周りに、また数人の男女が集まって来ている。
あれは、たぶん男バスの後輩と、女子は……1年生なのかな?
前島たちは、ワイワイと楽しそうに会話しながら、下校口を出て行く。
そうだ。そうだった。
忘れてたけど、前島は、男バスのエースで、イケメンの陽キャ。
友達や知り合いが多いうえ、モテる。
そんなやつだった。
頭の片隅にあったとはいえ、実際に、前島の人気ぶりを目の当たりにすると、僕との違いの差に、思わず目を逸らしたくなってしまった。
「音谷さん。これは、案外長期戦を覚悟しなければ、ならないかもしれませんね。僕の予想では、校内で前島さんを足止めすることは、難しいでしょう」
「それじゃ、どうすれば?」
「焦らず、尾行を続けましょう。きっと、チャンスは、訪れるはずです。もし、今日がダメなら、明日。それでもダメなら、明後日。地道にいきましょう」
矢神の手慣れた感に、少し引いたが、今は、それ以上に、頼もしく思えた。
校外へ出て、尾行すること数十分。
ようやく前島たちに動きがあった。
「それじゃ、先輩。また、部活で」
「前島先輩、バイバーイ」
「おう。気ぃつけて帰れよ」
前島と後輩が、別々の方向へ歩き始めた。
「音谷さん! チャンス到来ですよ! ほら、公園があります! あそこなら、丁度良いのではないですか?」
僕は頷くと、前島の背後に近づく。
途中、振り向けば、電柱に隠れ、顔だけ出した矢神が、敬礼していた。
僕は、矢神に小さく敬礼を返すと、前島を追い、声をかけた。
「前島くん!」
「え? 音谷さん? どうしたの?」
「あ、あの……前島くんに……大事な話があるの」
「えぇ!? お、俺に大事な話!? 音谷さんから⁈ そ、それって、もしかして……」
僕は、白馬先輩仕込みの演技を開始。
意味深な上目遣いで、照れた雰囲気をにじませ、呟くように言う。
「あ、あの。そこの公園で……ね?」
「う、うん」
前島が、ゴクリと唾を飲み込む姿が見えた。
よし、つかみは、OKだな。
僕は、前島を連れて公園に入ると、小さな噴水を囲むベンチの1つに誘導し、並んで座った。
ここで、白馬先輩の演技指導を思い返す。
雰囲気の良い場所を確保できたら、まずは、しばらく沈黙すること。恥ずかしそうに、下を向き、黙りを決め込む。少し震えてみせるのも良いだろう。
相手が、それに耐えきれず、話しかけてきたら、演目スタートの合図だ。
視線をそらし、はじめは、相手に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、思わせぶりな雰囲気を演出。
相手が、これは、自分の事を好きかもしれないと、勘違いしはじめたら、それはこちらの術中にハマった証。
本題である大鷲くんとの和解を、切り出して良いだろう。
当然、前島くんは、それを拒否するだろう。
そこで、音谷くん。君のこれまでの、練習の成果を発揮してほしい。
そうすれば、こちらの術中にハマった彼は、音谷くん、君の放つ、渾身の一撃である『お願い』の一言を、断り切る事は出来ないはずだ。
ふふふ。白馬先輩。今こそ、見せてやりますよ! あなたが叩き込んでくれた迫真の演技ってやつをね!
まずは、うつむき、沈黙だ。
プラス、わざと携帯電話を両手で握り、小刻みに震えてみせるっと。
どうだ? 前島。
横目で、チラ見すると、前島もうつむき、もじもじしている。
ほぉ。お前、案外ピュアだな。
いつもなら、チャラく、あれー? 音谷さん、どうしたのぉ? とか話しかけてくるくせに、いざ、こういう場面になると、いっぱしに照れるとは。
沈黙は数分続き、前島は、もじもじしたまま、一向に話しかけてくる気配がない。
よし。プラン変更だ。
ここで、前島が話しかけてきた場合は、そのままの流れで、あたかも前島に、好意があるかのように勘違いさせるプランAでいく予定だったが、前島が話しかけて来なかった場合は、こちらから攻めるプランBに変更することになっている。
「あ、あの……前島くん」
「は、はい!」
前島が、体をビクつかせた後、まるで錆びたロボットかのように、ぎこちなく僕の方を向く。
「前島くん、この間、大鷲さんとケンカしちゃった時、私のこと……」
「……う、うん」
「……き、気になってるって」
「……うん」
「それって……その……私のこと……」
前島は、僕の言葉に、ごくりと唾を飲み込み、目をつむり、深呼吸をすると、目を見開き、僕の瞳を見つめる。
その、あまりにも真剣な眼差しに、僕も、思わず唾を飲み込んだ。
前島のやつ、この近距離で、マジマジ見ると、やっぱり、超絶イケメンだな。
僕から見ても、思わず惚れ込んでしまいそうだよ。
まぁ、ここ最近は、前島に限らず、男子を見ていると、あいつ、意外とカッコいいな、とか、こいつ案外良いやつかも、とか、なんか心がムズムズすることが増えてきたんだよな。
これって、この体に慣れてきて、心も少しずつ女子よりになってきてるってことなのかな?
音谷は、どうなんだろう? 今度、聞いてみるか?
おっと、話しがそれてしまった。
僕を見つめる前島が、口を開く。
「俺……俺! 音谷さんのことが、好きだ!」
うん。知ってる。
だけど、僕から前島に出す答えは、Noだ。
これは、以前、音谷が自分で、言っていたように、入れ替わりが元に戻ってから、音谷自身から、あらためて答えを出してもらうことになっているからね。
「えっと、前島くん。それは、すごく嬉しいんだけど」
「わかってる」
「え?」
「わかってるよ。音谷さん。俺が、今ここで、君に告白したとしても、返ってくる答えは、ごめんなさい、だろ?」
なんだ。前島のやつ、わかってたのか。
「それは……」
「いいんだよ。今はそれでいい。けど、もしこの先、俺にもまだチャンスがあれば、その時は、ちゃんと告白する!」
「えっと、ちょっと待って、俺にも? って何? 他に誰かいるみたいな言い方だけど?」
前島は、少し悲しそうな顔をしながらも、小さく微笑み言う。
「俺、気づいてるから」
「気づいてる? 何を?」
「角丸のこと」
「へ? 角丸くん? えっと、彼がどうしたの?」
「音谷さん、俺に気、使わなくていいから。音谷さんの好きな人って、角丸だろ?」
「うぇ⁈」
ななな、何でそうなるの?
それはさ、最近の音谷は、コンタクトにしたり、美馬さんや、大鷲さんから、ちょっとした化粧とか教わったりして、前よりグッと可愛くなったのは事実だし、いや、元々可愛いんだけど、だから、僕も少しは、鏡見たりして、可愛いなって思ったりしてはしてるけど、それが、恋愛対象かって言われると……どうなんだろ? いやいや、ないない……こともないのか? うーん。なんだろ、よくわかんなくなってきた。
「なんだかんだ音谷さんと、角丸、いつも一緒にいるし、角丸と話す時の音谷さんって、気を使ってないように見えるし、だから」
「前島くん。ごめん。それは、ちょっと置いといて。私が、今日、前島くんを呼び止めたのは、大鷲さんとの事を話したかったからなの」
「え? 大鷲?」
「うん。端的に言うね。前島くん、大鷲さんと仲直りして! それで、部活に戻って来て!」
「それは、出来ない。いくら、音谷さんの頼みでもね」
「そんなこと言って、本当は、前島くんも仲直りしたいと思ってるでしょ? 角丸くん言ってたよ。前島くんも仲直りしたがってるって。でも、きっかけがないって」
「チッ。角丸のやつ、言っちまったのかよ。そりゃ俺だって、悪いって思ってる。けど、事の発端は、大鷲だかんな。俺から謝るなんて、出来ねぇ」
だよね。
とはいえ、これは、想定済み。
既に前島は、こちらの術中にハマってる。
後は、渾身の『お願い』をどこで喰らわせるか、だ。
再び、白馬先輩の演技指導を思い出す。
音谷くん。前島くんが断ってきた後、君ならどうする? どうやって、場を逆転させるかな? ふむ。わからないか。そういう時には、奥の手を使うのだよ。
そう言って、白馬先輩が指差してきた先が、この胸、なんだよな。
音谷くん。勘違いしないでほしいのだが、決して、音谷くんの胸が、豊満だからというわけではない。大きさは関係ない。人の好みというものは千差万別だからね。要は、好意のある相手から、されたら、どう思うかな? という話しなのだよ。
白馬先輩いわく、わざとらしくではなく、ごくごく自然に、ついうっかり、自分の胸が、相手に当たってしまったら? 男女問わず、相手は、ドキドキしてしまわないか? という事らしい。
先輩は、いいように言ってたけど、結局色仕掛けってことだよな。
はぁ、ちょっと気が重くなってきたぞ。
なにせ、作戦がスタートする時に、音谷に、色仕掛けはやめろって釘打たれてたし、僕自身しないって、豪語したからな。
最終的に、使わざるを得ない事を隠していた事にも罪悪感あるし。
とはいえ、白馬先輩の言うように、わざとするんじゃない。あくまで、ついうっかり……たとえば、石や段差につまずき、転びそうになって、たまたま前島の腕に当たってしまったとか、そういうやつだから。
「音谷さん。悪けど、俺、帰るわ」
「あ、ちょっと! 前島くん! うわっ!」
「ちょっ! 音谷さん!」
予想以上に、前島が、話しを切り上げるタイミングが早く、焦った僕は、演技無しに、本当にけつまずいてしまい、勢いよく前島に正面からダイブしてしまった。
気がつけば、僕は、前島の胸に飛び込んでいて、がっしりとじふの両腕を前島の背中に回し、その体に掴まっていた。
す、すごい。前島のやつ、ちゃんと鍛えてるんだな。これが、俗に言う、細マッチョってやつか。羨ましい。
僕は、バスケで鍛え上げられた、その腹筋を、思わず撫でてしまった。
「あ、あの……お、音谷、さん。そ、その、む、胸が」
「へ?」
顔を真っ赤にする前島。
今、胸とかなんとかって、言ってなかったか?
僕が、下を向くと、前島の体に、しっかりと、両胸が密着していた。
は、恥ずかしい! って、待て待て! 出来たじゃないか! ごくごく自然に! 本当にわざとじゃなかったし、これなら、音谷にも、事故っただけって言える!
チャンス! これを逃したら、作戦は、失敗に終わる! 今こそ、発動の時だ! 角丸、行きまーす!
「ま、前島くん! 大鷲さんと、仲直りして! 『お願い』!」
前島の頭の中で、僕の放った渾身のお願いがヘビーローテーションする。
「お、おお、お願い! 音谷さんが、俺に、おねだりしてる! ぐはっ!」
前島よ。お前は、何を考えたんだ? それ、絶対よからぬ事だよな。だって、最後、盛大に鼻血出してぶっ倒れたし。
「前島くん! 大丈夫⁈」
「ハハ。音谷さん。だ、大丈夫」
「それじゃ、大鷲さんと、仲直り、してくれる?」
「うん。する。俺、なんでもする」
そう言うと、前島は、僕の膝の上で、嬉しそうな笑顔を浮かべ、気を失った。




