第37話「2人の仲は、どうしたら?」
「ほのちゃん、音ちゃん。じゃね!」
「あ、うん。あやちゃん、じゃあね」
「じゃ、じゃあね」
帰りのホームルームが終わると、早々に教室を出ていく大鷲さん。
前島に至っては、何となくこっちを気にしているみたいだけど、会話はおろか、近づこうとすらしなくなっていた。
「あの2人、まだ、仲直りしてないんだね」
「そうだね。あやちゃんはさ、いつもみたく、接したつもりだったんだよね。だけど、前島くん、怒っちゃったじゃない? だからさ、本当は、いつも嫌な思いさせてたのかな? 溜め込んでたのかな? うち、それに気づかないで、酷いことしてたのかもって、ああ見えて、すごく落ち込んでてさ。なんか、話しかけづらくて謝れないって、言ってるんだよ。そういう私も、前島くんが悪いみたいに言っちゃったから、気まずいんだよね」
「でも、それだと、いつまで経っても、仲直りできないと思う。欅祭も近づいてるし、なんとかしないと」
「……そう、だよね。どうしたら、いいかな? 音谷さん」
「え、えっと……」
「角丸くん、美馬さん。ぶ、部活、いかないの?」
いつもなら、ホームルームが終わると、僕と美馬さんと音谷の3人で、早々に、理科室へと移動するのだが、今日は、そんなこんなで、僕たちが席を立たなかったものだから、音谷が心配して、やって来たのだ。
おお、そうだ! こういう時は、音谷に聞いてみるのが、いいんじゃないか?
「美馬さん。角丸くんにも、聞いてみない?」
「そうだね」
「ん? 聞くって、何?」
首を傾げる音谷に、僕は、さっきの話をした。
僕の話を聞き終えた音谷は、考え深げに頷き、ゆっくりと語りはじめる。
「ま、前島くんも、俺が悪かったんだって。みんなに、特に大鷲には、ちゃんと謝りたいって言ってた。けど、どうやって話しかけたらいいか、わ、わからないって。だから、何か、きっかけを作るのが、いいかも」
「きっかけか……」
腕を組み考え込む僕の隣で、美馬さんが、手を上げる。
「はい! それなら、お菓子がいいと思います!」
「「お、お菓子?」」
思わずハモった僕と音谷に、美馬さんが、ニッと可愛い八重歯をのぞかせる。
「ほら、化学部はさ、欅祭で、サ、サ……」
「サイエンススイーツ?」
「そう! サイエンススイーツ! それ、やる予定でしょ? だからさ、欅祭の準備だからって言って、2人にも部活に来てもらってさ、みんなでお菓子作りすれば、2人の仲も直っちゃうんじゃないかな?」
「そんな、単純なもの?」
「ぼ、僕もそう思う」
僕と音谷が、半信半疑な表情を浮かべていると、美馬さんは、にっこり微笑み言う。
「うん! 大丈夫だよ! きっと。だって、私なら、みんなで、わちゃわちゃしてたら、みんな仲間! みんな友達! ってなるし、出来立ての美味しいお菓子食べたら、ケンカしてたことなんて、忘れちゃうもん!」
うん。美馬さんなら、ね。
隣りをチラ見すると、音谷もきっと、同じことを思っているだろうな、という顔をしていた。
けど、何もしないよりは良いと思う。
問題は、どうやって、あの2人を部活に連れてくるかだ。
「みんなでお菓子を作るのはいいとして、大鷲さんと、前島くん。どうやったら、2人を部活に連れて来られるかな?」
「そんなの簡単だよ。お菓子をあげればいいんだよ!」
美馬さん。キジや犬、猿じゃないんだから、お菓子あげたくらいじゃ、さすがに来ないでしょ?
「美馬さん、お菓子あげただけじゃ」
「来ないよね? って、そう思ったでしょ?」
うん。おもいっきり思った。
「もちろん。ただのお菓子をあげただけじゃ来ないよ。さすがにね」
なんだ。美馬さんもわかってたのか。だとすると、何か秘策でもあるのかな?
「えっと、それじゃ」
「うん。お菓子は、ちょっと失敗した感じのを渡しすの。それでさ、あやちゃんと前島くん、2人が力を貸してくれないと、こうなっちゃうから、欅祭を乗り越えられないって、そしたら、化学部存続の危機になるって、訴えかければ、来てくれると思わない?」
「「おお!」」
美馬さん、凄い!
僕と音谷が、パチパチ拍手をすると、美馬さんが、左手を腰に当て、ドヤ顔で、いつの間にか右手に持っていたスティックタイプのソフトキャンディを豪快に噛み切った。
甘い香りが漂う理科室。
火にかけた鍋を覗き込む音谷。
そのすぐ側のテーブルを、僕と、美馬さんと、矢神が囲んでいる。
桜花部長は、相変わらず生徒会が忙しく、こちらには顔を出せていないし、白馬先輩も、あの日以来姿を見せていない。
「そういえば、美馬さん、ここのところ、ずっと、こっちに来てるけど、クラスの方は、大丈夫なの?」
「うん。あっちは、ほとんど話まとまったからね。明日から、衣装とか飾りつけを作り始める予定だよ。あ、だから、しばらくはクラスの方、手伝うことになりそうなんだけど、大丈夫かな?」
僕が頷くと、美馬さんは安心した様子で、両手に持った直径10㎝ほどのクッキーに、パクリとかぶりついた。
「んーおいひぃ」
ちなみに、今、美馬さんが食べているクッキーは、音谷が調理している間、美馬さんが、待ちきれないことを予想した音谷が、あらかじめ用意しておいてくれたチョコチャンククッキーだ。
「や、矢神くん。これ、撮ってほしい」
「了解です!」
音谷に言われ、鍋にカメラを向ける矢神。
慣れた手つきで、アングルを変えながら、シャッターを切っていく。
「角丸さん。こんな感じで、どうでしょう?」
「うん。き、きれいに撮れてると思う。さすがは元写真部」
「恐縮です。それでは、後でアップしておきますね」
「うん。よろしく」
ここ数日の部活は、欅祭に向けた資料作りに時間を費やしている。
サイエンススイーツが出来上がっていく工程を、写真付きで解説するポスターを展示する事になっていて、それ用の写真を矢神が撮り、画像データを、音谷の携帯電話へアップしてくれている。
「そ、そろそろかな」
音谷は、クッキングシートを敷いた3つのバットに、鍋の中身をあけていく。
とろっとした透明な液体が、バットいっぱいに広がる。
「角丸くん。これは?」
僕が、音谷に尋ねると、これは、寒天と水、それに砂糖を入れて煮詰めたものだと説明してくれた。
「矢神くん。これも撮って」
「ラジャー!」
ん? どうした? どうした? 矢神よ。お前、そんなキャラだったか?
矢神の言動に、少しひっかかるものを感じたが、とりあえずここは流そう。一生懸命写真撮ってるのを、邪魔したら悪いからね。
「矢神くん。今からこれ、入れるから、今度は、連写してほしい」
「イエッサー!」
んん? 矢神、やっぱり、お前、何かおかしいぞ?
「あ、あの。矢神くん? 何か、さっきから、変じゃない?」
「変? といいますと?」
「何か、キャラがコロコロ変わってるというか。リアクションが定まってないというか」
「バレましたか」
やっぱり、何か企んでいたのか。
「僕って、自分で言うのもアレなんですが、特徴が無い気がしてまして。それでは、いけない気がしていたんです。だから、矢神と言えば、コレ! みたいなが見つかればと思い、いろいろ試していたのですよ」
「……そ、そうだったんだ。でも、矢神くん、その真面目さが、既に矢神くんの特徴になってるから、変にキャラ変えなくてもいい気がするけど?」
「お、音谷さん!」
「な、何?」
急に大きな声出すなよ。驚くだろ?
「音谷さんが、そう言ってくれるのであれば、僕は、これまで通りにします!」
「う、うん。そうしたら、いいと思う」
「角丸さん、すみません! さ、撮りましょう!」
僕と矢神のやり取りを、無表情のまま眺めていた音谷が、赤や青、黄など色のついた液体が入った小さなビーカーを手に取ると、まずは、赤色の液体を寒天の上に垂らした。
「矢神くん、カメラ、お願い」
「了解です!」
音谷が、ゴムベラで、寒天をゆっくりと混ぜていく様を、矢神がカメラで連写していく。
透明だった液体寒天に色がついていく。不均等に混ぜられた寒天は、きれいに赤く染まったところもあれば、マーブル模様になっているところもある。
「すごーい! きれいだね!」
口をモグモグさせながら、一部始終を見守っていた美馬さんが、目を輝かせる。
「これってさ、琥珀糖だよね? 今、混ぜたのって、色水?」
「うん。こ、これは琥珀糖。今混ぜたのは、かき氷用のシロップ」
「へぇ、なるほどね。かき氷用のシロップなら、いろんな色があるもんね。角丸くん、凄いね!」
「ぼ、僕は別に凄くないよ。本に書いてあっただけ」
お! 音谷のやつ。ちゃんと僕の本棚から、自由研究の本、見つけられたんだな。
「これ、もう食べられるの?」
「い、いや、まだ。冷蔵庫で、冷やして固めてから」
「そっか。楽しみだね! で、どれくらい冷やすの?」
「30分から1時間くらい」
「結構待つんだね。そしたらさ、私、ちょっと購買行ってくるね。何か欲しいものある?」
僕と音谷、そして矢神が首を横に振ると、美馬さんは、そっか。それじゃ、行ってくるね! と、元気よく理科室を出て行った。
美馬さんが出て行き、残りのバットに入れた寒天に、それぞれ青色と黄色を混ぜ、それを冷蔵庫にしまい終えたところで、3回ノックが鳴り、理科室のドアが開いた。
僕も音谷も矢神も、美馬さんが、帰ってきたとばかり思ったのだが、開いたドアの前に美馬さんの姿は無く……振り向いた僕の目に映ったのは、例のあの人、今回の事態を引き起こし張本人、白馬先輩だった。
「失礼するよ」
白馬先輩は、頭を下げると、ゆっくり僕たちの方へ歩み寄る。
「……白馬先輩。今日は、何の用で?」
明らかに嫌悪感丸出しな音谷。
「まずは、謝罪させてほしい。この間の件は、本当にすまなかった。大鷲くんと前島くんには、既に謝罪させてもらった」
「そうですか。白馬先輩、僕たちも、ズルズルと後を引く気はありません。これで、きれいさっぱり、お互い水に流しましょう。音谷さんも矢神くんも、それでいいよね?」
「う、うん」
「はい」
「と言うことですから、用が済んだということで、お引き取り下さい」
「角丸くん! それはさすがに、先輩に失礼じゃ……」
こ、怖すぎるよ!
蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことか。
僕は、浴びせられた鋭く険しい音谷の視線に、それ以上何も言えなくなった。
「角丸くん。君が怒るのは無理もないことだ。しかし、もう少しだけ、僕の話を聞いてくれないか?」
「……話、とは?」
「ありがとう。実は、大鷲くんも前島くんも、1日も早く、ここへ戻って来たいと言っていてね。けれど、2人とも、そのきっかけが見つけられないでいるようなんだ」
「それなら私たちも、同じ事を考えてました。だから、明日にでも、2人を部活に誘ってみようって話になっていて」
「ほぉ。けれども、ただ誘うだけでは、来ないのではないか?」
「はい。私たちも、そう思っています。ですから、きっかけを作るために、お菓子を」
「たっだいまー! うぇ!? 白馬先輩?!」
話をぶった斬るように、美馬さんが、購買から帰って来た。
「あ、あの。なんで、白馬先輩が?」
「この間の件の謝罪と、大鷲さんと前島くんについて話を少し」
僕が簡単に言うと、すかさず白馬先輩が、頭を下げた。
「美馬くん。この間の件は、本当にすまなかった」
「い、いえ。私こそ、すみませんでした。だから、頭をあげて下さい」
「ありがとう」
白馬先輩は、頭をあげると、美馬さんに微笑みかけた。
「ということだから、この件は、お互い水に流す事に」
僕の言葉に、美馬さんは、まだ、完全には納得していない様子で、少し首を傾げながら言う。
「そうなんだ。でも、あやちゃんと前島くんは?」
「2人には、既に謝罪させてもらい、和解させてもらった」
「なら、大丈夫ですね!」
美馬さん。物分かりがいいというか何というか。
ひとまず、険悪なムードは無くなったら、よかった。
「角丸くん。話の続きだが、きっかけは、お菓子と言いかけていたね」
「はい。これは、美馬さんのアイデアなんですが……美馬さん、直接話します?」
「うん。いいよ。簡単に言っちゃうとですね、あやちゃ、えっと、大鷲さんと前島くんをここに呼び戻して、みんなで、わちゃわちゃ欅祭の準備をしちゃおうって話です」
「ふむ。申し訳ないが、全貌が見えないので、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
美馬さんは、てへっと小さく舌を出すと、説明を続ける。
「えっと、みんなで、わちゃわちゃすれば……」
うん。これは、美馬さん、限界だな。
音谷、頼む。
僕が音谷をチラ見すると、音谷は、小さくため息をつき、話に割って入った。
「美馬さんが、言いたいことはですね、大鷲さんと、前島くん、2人の力がないと、欅祭が乗り越えられない、そうなると、化学部存続の危機に繋がると訴え、2人を呼び戻し、みんなで、共同作業をすることで、全員が一丸となって、その結果、大鷲さん、前島くんを含め、みんなの仲が戻る。と、そういう計画なんです」
「なるほど……」
美馬さんの説明から、ずいぶんと飛躍したけど、ひとまず白馬先輩には、伝わったようだ。
「角丸くん、ちょっと、その訴えとやらを、やってみてはくれないか?」
「え? 今、ですか?」
「ああ。頼む」
「え、えっと、大鷲さん、前島くん。2人がいないと、欅祭を乗り越えられないんだ。そうなると、化学部の存続が危うくて、だから……戻って来てくれないかな?」
音谷は、恥ずかしそうに、モジモジしながら、ほぼ棒読みに近い演技を見せた。
「他のメンバーも、同じかな?」
さすがは、演劇部部長だ。
僕たちの顔を見渡すなり、察しがついたようだ。
「……申し訳ないが、それでは、2人をここへ呼び戻すのは、厳しいと、僕は思う」
ですよね。僕もそう思いました。
「じ、じゃあ、どうしたら……」
「簡単な事だよ。君たちが、迫真の演技をすればいいだけさ。そうしたら、否が応でも、2人はここへ戻ってくるだろう」
「そ、そんな事を言われましても」
「フフ。そこは、演劇部部長である僕に任せたまえ。2人をここへ呼び戻すための迫真の演技。君たちに教えてあげよう」




