表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕は、もしかするとヒロインになるのかもしれない。  作者: 玄ノロク(くろのろく)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/50

第34話「頭脳戦の報酬」

 辺りが、薄っすらと暗くなり、道ゆく人の姿もまばらになってきた駅前へ続く大通り。

 道の端で、僕と音谷(おとや)の帰路を塞いだまま、1歩も譲る気の無い矢神(やがみ)が、さらに迫る。


「さあ、さあ。どうします?」


 ぐぬぬ。もうこれ以上は……コンテストに出るしかないんじゃないか?

 半ば諦めかけていた僕の肩に、音谷が手を乗せ言う。


「僕たちは、コンテストには出ない」


 マジで? 断って大丈夫なの? この状況で?


「そうですか。しかし、これも想定済み」


 なんだと⁈ 矢神のやつ、音谷が断ってくることを予測していただと⁉︎ もう、僕には、この2人の頭脳戦にはついていけない。


「フフフ。これなら、どうです?」


 矢神は、再びリュックサックに手を突っ込むと、何か本のようなものを取り出し、僕たちの前にかざした。


「な!? そ、それは! まさか、朝わたの新刊⁈」

「その通り。これは、朝起きたら、私が2人になってたんですけど? 通称、朝わたの新刊です」

「待って、角丸(かくまる)くん。朝わたの新刊は、来週発売のはず」

「ということは、よく出来ているようだが、それも写真と同じで、偽物というわけだな」

「ククク。浅い」


 矢神は、不適な笑みを浮かべながら、ラノベをめくり、僕たちに中身を見せてきた。


「ち、ちゃんと書いてある! 扉絵も挿絵もある! か、仮に、それが本物だとして、どうやって?」


 音谷が、驚くのも当然だ。

 あれを偽物と呼ぶには、あまりにも精巧な作りをしている。

 

「フフフ。場所は言えませんが、少々遠出となりましたから、苦労しましたよ。この辺りの書店では、皆無でしたからね」

「ま、まさか! フラゲ⁈」


 僕が、思わず声をあげると、矢神がドヤ顔で、フッと鼻息を飛ばした。


「ふ、ふらげ?」


 ん? 音谷のやつ、フラゲを知らないのか?


「フラゲというのは、フライングゲットの略で、発売日よりも前に、手に入れることを言うんだよ。書店の中には、発売日前に、店頭へ並べるところがあるからね」

「ほほぉ。知らなかった」


 僕が小学生だった頃は、商店街にあった小さな本屋が、週刊マンガを、よく発売日前に並べてたな。

 ショッピングモールが出来て、店が潰れちゃってからは、そういったフラゲできるところが、この辺りには無くなってしまったけど、やってるところは、まだあるんだな。

 でも、近場には、本当にないから、矢神のやつ、相当頑張ったんだろうな。


「フラゲしたということは、それは……」

「音谷さん、あなたの察しの通り。間違いなく本物ですよ。ここで、コンテストへの参加を即決して頂ければ、これは、あなた方に差し上げます。無論、50冊のラノベもお約束いたします。いかがです?」


 なんてこった。矢神のやつ、まさか、こんな強カードを用意しているとは!

 音谷、どうする? これは、さすがに屈するレベルじゃないか?

 なにせ、朝わたは、アニメが始まった影響で、急激に注目されて、原作の文庫本が、ネットでも書店でも、在庫切れが相次いでる状態だからな。その最新刊ともなれば、売り切れ必至。当日に買える保証はない。


「さっきも言った通り。僕たちは、コンテストには出ないよ」

「な、なんだと!? こ、これでも断るとは……信じられない」


 音谷の言葉に、よろめくように後退する矢神。


「角丸さん! なぜです? なぜ、あなたは、これを断れるんですか? どう考えても、今の状況は、あなた方にとって不利なはず。そして、僕の提案は、ラノベ好きなあなた方には、申し分ないはずだというのに」

「たしかに今の状況なら、僕たちの方が不利だし、君の提案は、喉から手が出るほどだ。けどね、矢神くん。それは、()、の状況ならって話だよ?」


 音谷の言葉に、矢神が顔をしかめる。


「角丸さん。それは、どういう意味ですか?」

「言葉の通りだよ。状況が変われば、形勢は逆転する」

「と、言うと?」

「……ふぅ。出来れば、この手は、使いたくなかったんだけどな」


 音谷は、そう呟くと、上着のポケットから携帯電話を取り出し、開いた画面を矢神に向けた。


「ん? なんですか? ……イッ⁈ そ、それは」


 音谷の、携帯電話の画面を見た矢神の顔が青ざめる。

 矢神、めっちゃ震えてるじゃん。音谷のやつ、いったい何を見せたんだろう?


「ねぇ、何を見せたの?」

「ああ、これ」

「うぇ⁈」


 携帯電話の画面には、僕が制服からジャージに着替える姿と、着替えている僕にカメラを向ける矢神の姿が映っていた。


「盗撮じゃん。矢神くん、これは、さすがにマズイんじゃないかな?」

「音谷さん! ま、待って下さいよ。僕、こんな写真撮った覚えないです!」

「でも、現場、しっかり抑えられてるよね?」

「たしかに、これは僕ですけど、こんなことは、本当にしていません!」


 んー。本当にやってないかは、わからないけど、今の矢神は、何となく嘘を言っているようには見えないんだよな。


「角丸くん。これ、いつ撮ったの?」

「撮ってない」

「へ?」


 音谷よ。撮ってないって、どういうこと?


「これは、合成写真」

「えぇ!? 偽物なの? これが?」


 目を凝らしてみても、僕にはこの画像が、合成であるようには見えなかった。それくらい自然な仕上がりになっているからだ。

 音谷のやつ、とんでもないスキルを持ってるな。


「ほらね。だから言ったじゃないですか。僕は、撮ってないって。まさか、角丸さん。これが、今の状況を変える、あなたの秘策だなんて、言わないですよね?」

「いや、これが僕の切り札だよ」

「ハハハ。笑わせないで下さい。角丸さん、あなた自ら白状した偽物ですよ? それのどこが、切り札になると言うのですか?」


 音谷がニヤリと笑う。


「矢神くん。この画像が、本物か偽物かなんて、関係のないことだよ? それは、君が1番よくわかってるんじゃないかな?」

「え? 角丸くん、どういうこと?」

「音谷さん、すぐにわかるから黙って聞いてて」


 音谷の言う通り、みるみるうちに、矢神の表情が険しくなっていく。


「そういうことでしたか。手法は違えど、僕と角丸さんがやろうとしていることは、同じ」


 音谷と矢神が同じことをしようとしてる? って、どういうこと? 2人は既にわかってるみたいだけど、僕は、まだわからないから、もう少し様子をみよう。


「つまりは……印象操作、ですね?」

「正解。今回、もし、僕の画像と矢神くんの写真が、他人の目に触れた場合、どちらが、インパクトが大きいか、もう、わかるよね?」


 矢神は、悔しそうに下唇を噛んだ。


「もちろん、角丸さん。あなたの画像の方が、僕の写真の何倍も、いや何百倍も効果があるでしょう。それに、僕はこの写真を大鷲(おおわし)さんに渡すだけですが、あなたは、SNSに拡散するつもりだった、違いますか?」

「その通りだよ。矢神くん。君は頭の回転が速い人だ」

「それは、角丸さんもですよ。あなたは、本当に怖い人だ。今回は、完敗です。角丸さんと音谷さんの、コンテストへの参加は諦めます」


 音谷。お前、凄いな。

 僕と音谷は、互いの右手を差し出し、グータッチをすると、足止めをやめた矢神の横を通りすぎた。


「角丸さん! 音谷さん!」


 矢神が、僕たちを呼び止める。

 なに? まだ、何かあるの?

 僕と、音谷が同時に振り返ると、そこへ矢神が駆け寄る。


「これ、差し上げます」


 そう言って、矢神は、僕たちの前に、朝わたの新刊を差し出した。


「え? いや、だってこれは、交渉が成立した時の報酬でしょ? 今回は、受け取るわけにはいかないよ」

「角丸さん、いいんです。これは、僕の用意したゲームに勝った景品だと思って受け取って下さい。それに、僕が持っていても仕方のないものですから。あ、でも、ラノベ50冊は勘弁して下さいよ?」

「ハハ。それはもちろん」

「では、受け取ってもらえますね?」

「ありがたく頂戴するよ」


 矢神から、朝わたの新刊を受け取った音谷は、矢神と固い握手を交わした。


「角丸さん、音谷さん。今回は、僕の負けでしたが、僕は、今後も、あなた方のスクープを狙ってますからね。それだけは忘れずに。では、さようなら」


 まったく。結局懲りてないんだから、食えないやつだな。


「音谷、今回は、ありがとう……ってお前、よだれ。ほら、これで拭けって」

「お、おう」


 既に朝わたの新刊に夢中で、ハンカチを渡した僕に目もくれない音谷。

 おーい、無視かーい。

 人がせっかく感謝の気持ちを伝えようとしてるってのに、お前ときたら。それじゃ、どこぞの部長さんと同じだぞ?

 まぁ、でも、僕も人のこと言えないだろうな。

 なにせ、楽しみにしてた新刊だ。

 読み始めたら、きっと、僕も、お前みたいに没頭するだろうな。

 それ、読み終わったら、回してくれよな。待ってるから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ