第32話「揺れ動く? 僕の気持ち」
美馬さんを含めた3名全員のプレゼンが終了し、教壇には、再び学級委員長が立った。
「それでは、引き続き、決を採りたいと思います。方法は、挙手制の多数決。プレゼンの順に行いますので、それぞれやりたいと思う案の時に、挙手をお願いします。では、まずは、ミュージカル……ミュージカルの方はいませんか?」
へ? これは、どういうこと? 誰も手をあげてないんだけど?
クラスを見渡すと、プレゼンしたミュージカル提案者である演劇部の女子生徒すら手をあげていない。
「では、次。たこ焼き屋……いませんか?」
続くたこ焼き屋も、ミュージカル同様に、提案者本人を含め、誰も手をあげていない。
え? たこ焼き屋もゼロ? そんなことってある? ということは、もう……そういうことだよね?
「それでは、最後……メイドカフェ!」
学級委員長は、頭を下げ、タメた後、声を張り上げ言った。
一斉に、天井へ向かって伸びる手、手、手、手、手!
音谷は、さすがにあげてないよな?
そう思い、音谷を見ると……右手を真っ直ぐに伸ばした音谷の姿が目に映った。
周りを見渡せば、手をあげていないのは……僕だけだ。
「ウ、ウソだろ?」
これは、まずい! 直感でそう判断した僕は、誰かに気づかれる前にと、慌てて小さく手をあげた。
「えー、挙手していない方は……いません! 満場一致ということですので、2年3組は、メイドカフェで申請をあげたいと思います!」
学級委員長の言葉に、クラスの生徒全員が拍手喝采した。
「美馬さんは、打ち合わせがありますので、放課後、教室に残って下さいね」
「はーい」
放課後の理科室。
例のメイドカフェの件で、美馬さんは実行委員との話し合いがあるため不在。
桜花部長も、出し物の申請書類をはじめ、文化祭の準備に追われる生徒会から、しばらく離れられないため、化学部には当面の間、顔を出せないらしい。
兼部の前島は、普通にバスケ部の練習があるので来ていない。
大鷲さんはというと、大会が近いとかいう理由で、指導役として女バスに借り出されてしまった。
というわけで、今日は、久しぶりに僕と音谷、2人だけの部活となった。
「なぁ、音谷。コンタクトにして、本当に良かった?」
「それは、言っただろ? 仕方ないって」
「それは、そうなんだけど……」
「しつこいヤツだな。パパとママは1度言い出したら、きかないのは、私が1番よく知ってる。だから仕方なかったんだ」
「……わかった。音谷がそう言うなら、信じるよ」
「それは、信じてないヤツが言うセリフだ。角丸、お前が信じなくても、私が、いつかはコンタクトにしてみたかったことは、事実だからな」
「本当に?」
「本当だ。逆にどうすれば、お前は信じる?」
そうだな……キスとか⁈ それが本当なら、できるよね? 的なやつ……って、それは唐突すぎるし、なんの脈絡もないよな。
変態呼ばわりされて、罵倒され、即終了だ。下手したらしばらく、口も聞いてくれない可能性だってある。
調子に乗って、痛い目に合うくらいなら、言わない方が無難だ。
とはいえ、何をしてもらえば、僕は、音谷の言うことを信じられるのか? 考えれば、考えるほど、わからなくなっていく。
「おい、角丸。どうせ、お前のことだ。私の言ったことを捻じ曲げた解釈して、変な想像してたんだろう?」
「いや、僕は別に、キスしろなんて考えてないからな! あ……」
「キ、キス⁈ どうしてそんな考えになるんだ? 角丸、お前やっぱり、ド変態だな」
はい。もう、僕は自他共に認める変態です。
だけど、だけどだよ? ドをつけるのは勘弁して下さい。なんか、ものすごくやばい感じがするから!
「……なにも、しなくていいです。音谷のこと、ちゃんと信じてますから」
「……あ、あぁ」
音谷の、素の反応が、かえって僕の心をえぐる。
いつもの様に、ジト目を向けて罵倒してくれた方が、どんなに気が楽だったか。
口を滑らせてしまったことを後悔し、僕は苦笑いを浮かべた。
それはそうと、なぜ、僕が、コンタクトにしたのかというと、それは顔面にバスケットボールをうけた日の夜にさかのぼる。
音谷邸に帰った僕を出迎えた音谷パパと音谷ママは、当然ながら、僕の赤くなったおでこを見るなり、顔面蒼白。
それはそれは心配して、アイス枕や、湿布、塗り薬や痛み止めなど、いろいろな物や薬をかき集めてきたかと思うと、救急車を呼ぼうとしたり、挙げ句の果ては、よく分からない祈祷まではじめる始末で、なだめるのにどれだけ苦労したことか。
結局、おでこは傷薬をつけて様子見。メガネは新調することで、話は一件落着落したんだけど、今後のことを鑑みて、コンタクトも作ろうと、あれよあれよという間に、眼科に連れていかれ、ほどなくして、コンタクトレンズが完成したというわけだ。
その後は、事後報告になってしまったけど、音谷にRUINして、学校につけていくことになったんだ。
「でも、あれだな。結果として、コンタクトにしたのは、間違いではなかったな」
音谷は、何やら嬉しそうにそう言った。
「なんで?」
「なんでって、あれだけクラスのみんなに、かわいいとか言ってもらえたら、そう思うだろ?」
「あー、たしかに」
「あー、って、お前なぁ。乙女心のわからないヤツめ」
「乙女心って。音谷、お前がそれ言う?」
「し、失礼なヤツだな! モブ陰キャな私だって、お、女の子なんだぞ? か、かわいいって言われたら、嬉しいに決まってるだろ」
「そっか。そうだよな。ごめん」
「……半笑いしながら言うな! まったく。もういい」
ぷいっと顔を背けてしまった音谷だったが、その横顔を見て、ふと、音谷って、ちょっとかわいいのかもって思ってしまった。
もちろん、音谷の顔が可愛いのは、僕も認める。でも、そうじゃなくて。顔だけじゃなくて、音谷が、可愛いと思えてしまった。
あれ? なんか、変な気持ちになってきた気がする。これは、何か別の話題を……あ、そうだ!
「えっとさ。話は変わるけど、この間の部長と大鷲さんの対決の結果って」
「あー、それな。あの結果は、結局、勝敗が決まらなかっただろ? だから、今回は、私がお前に、あーんしてあげることで、2人に納得してもらったんだ」
「え? 音谷が僕に、あーんを?」
「なんだ。不満か? まぁ、不満だよな。私じゃ」
「そんなことない!」
「うぇ⁈」
「ご、ごめん。大きな声出して。僕は、別に……不満なんかじゃない。むしろ、それが、1番良かったというか……」
「お、おい。角丸。それは、どういう意味だ?」
「べ、別に……いや、ほら。僕らお互いのこと、よく分かってるというか……だから、音谷にしてもらうのが、1番、気楽というか」
「そ、そうだな。私も、その方が気楽でいい。部長にしても、大鷲さんにしても、どちらかにあーんしてしまったら、何かしらありそうで、面倒くさいものな」
それはそれで、僕的にはちょっと良かった気もするが、面倒なことになる可能性を考えると、僕にあーんするのが最良の選択だったといえる。
「で、そのあーんは、いつ実行されるの?」
「そうだな。まだ、しばらく先だな。なにせ、部長が生徒会の仕事に追われている間は、無理だと思う」
「そうだね。部長と大鷲さんが揃わないと、意味ないもんね」
「うん」
ひとまず、話題を変えられてよかった。
ついでに、もう1つ思いついたから、それも聞いてみるかな。
「あとさ」
「まだ、何かあるのか?」
「欅祭、クラスはメイドカフェになりそうだけど、部活の方はどうするの?」
「……そうだった」
音谷は、僕のから視線をそらすと、呟くように言った。
「今、そうだったって言ったよね? まさか、忘れてたんじゃないよね?」
「……」
「え?」
「え? ……ま、まさか。ぶ、文化部として、欅祭がどれだけ重要で、大切なものだと、お、思ってるんだ!」
音谷のやつ。完全に忘れてたな。たぶん、男子がメイドの格好をすることになるから、その事で頭の中いっぱいになって、忘れたんじゃないかな。ちょっと、カマをかけてみるか。
「音谷、お前さ。前島がメイドの格好するかもしれないから、浮かれて、忘れたんだろ?」
「うにゃ!? そそそ、そんなわけ、な、ないだろ!?」
「その反応。そんなわけあるな。でもな、分かってるか? お前もするんだぞ? メイドの格好」
「それは、分かってる。でも、着るのは、角丸だし、私は別に気にしてない」
うぐぐ。言われてみれば、たしかにそうだ。
まわりから見たら、僕がメイドになるんだから、僕が思ってた、音谷が恥をかくだけだから大丈夫、にはならないじゃないか!
「音谷。ほら、メイド服なんて、お前のガラじゃないだろ? 恥ずかしいぞ? きっと」
「何度も言わせるな。私じゃないから、別に気にしてない。私は着るぞ、メイド服。角丸、案外似合いそうだしな」
「……ごめん。正直に言う。僕が恥ずかしいから、やめてくれませんか?」
「やだ」
「どうしても?」
「どうしても」
「そうか。わかった。なら、僕にも考えがある! 僕も着るぞ! メイド服。それでもいいのか?」
「うん。いいよ」
なんだよ、もう! てっきり恥ずかしがるもんだと思ったのに! ぜんぜん乗り気じゃん!
「いい加減、腹をくくれ。角丸」
「……わかったよ」
僕は観念し、深く頷いた。




