第30話「角丸あーん争奪杯」
先日の美馬さんに加え、急きょ、大鷲さんの入部と前島の兼部が決まり、一気に新入部員が3人も増えた化学部。
つい先日まで、僕と音谷と桜花部長しかいなかった静かな空間は、ずいぶんと賑やかなものへと様変わりした。
「前島くん。化学部へようこそッス! もう既に、あっちのことは、知ってると思うッスけど、一応、自己紹介ッス! 化学部部長兼生徒会長、3年の桜花舞ッス! よろしくッス!」
「よ、よろしく、お、お願いします」
前島は、部長にお辞儀をすると、僕の方へにじり寄る。
「お、音谷さん。生徒会長、いや部長の様子が変なんだけど?」
うん。前島、お前の、その反応は正しい。
「前島くん。驚かずに聞いて。あれが、桜花部長の本当の姿なんだよ。でも、これは、化学部以外、絶対に口外してはならない、秘密なんだ」
「マジか! 桜花部長って、本当は、ああいう人なんだ。信じらんねぇ。じゃあ、いつもの桜花部長は?」
「生徒会長モード」
「生徒会長モード?」
「そう。部長は普段、生徒会長を全力で演じているんだよ」
「マジか……ってとこは、全校生徒が、騙されてるってことだよな?」
「言い方は悪いけど、そうなるね」
「……すげーな、桜花部長って」
前島、関心するのはいいが、そんなに口をあんぐり開けたままのアホ面は、イケメンのお前には、似合わないぞ。
「ところで、前島くん。キミは、何菓子が作れるッスか?」
「お菓子は、作れません。今まで作ったこともありませんよ?」
「そうッスか。なら、もう帰っていいッスよ。キミは、化学部、くびッス」
「ええ⁈ いきなり、くび!? 何でですか⁈」
部長は、はぁーっと深いため息をつくと、目を細め、生徒会長モードへと切り替わる。
「化学部男子たるもの、お菓子のひとつ作れない様では、部員として認めるわけにはいかないのだよ。わからないか?」
へぇ、初めて知った。化学部の男子って、お菓子作れないと、入部出来なかったんだ。
音谷のおかげで、僕はすんなり入部出来たけど、本来なら、入れなかったんだな。
「桜花部長! 俺、お菓子作り頑張ります! 頑張って、化学部員として、恥ずかしくない菓子職人になります! だから、くびにしないで下さい!」
前島よ。お前は、どこぞの弟子なのか? 化学部員として恥ずかしくない菓子職人って、何なんだよ?
まったく。うちの化学部、特殊すぎるだろ。もう、いっそのこと、家庭科部とか、料理研究会あたりに改名しません?
「いいだろう。君にチャンスを与えよう。何か1つ、お菓子を作ってみたまえ」
「は、はい!」
前島の返事を聞いた部長が、ニヤリと不適な笑みを浮かべる。
「但し、君自身の力で、それを成し遂げるのだ」
「……わかりました。俺、やります! やらせてください!」
「うむ。ならば、猶予は1週間だ。当日は、1人で作ってもらう。だが、それまでは、誰に何を聞いても、何を参考にしても構わない。よくよく考え、研究を重ねたまえ。健闘を祈る。さぁ、今日は、もう帰りたまえ」
「はい! 失礼します!」
前島は、部長になぜか敬礼すると、180度回転し、そのまま理科室から出ていった。
「さぁ、あっちらも、そろそろ解散するッスよ。明日は、角丸くんのあーんをかけた、大事な試合があるッスからね。大鷲さん、あっちは、負けないッスからね!」
「望むところです! 部長!」
部長と大鷲さんは、互いの拳を軽く当てると、目の奥がまったく笑っていない笑顔で、バチバチの視線をぶつけた。
「それじゃ、今日の部活は、ここまで! また明日ッス!」
後ろ手を振り、理科室を後にした部長に続き、僕たちも、それぞれの帰路についた。
家に着き、ひと通りの事を済ませ、ベッドに、横になっていると、RUINが鳴った。
――角丸、起きてるか?――
音谷からだ。
――うん。起きてる。どうした?――
――明日、どっちが勝つと思う?――
――僕は、大鷲さんだと思う。部長の実力はわからないけど、大鷲さんは、元バスケ部のエースだろ?――
――そうだな。私もそう、思う――
――それは、そうとして、大鷲さんが勝ったらあーん、本当にするの?――
――大鷲さんが勝っても、部長が勝っても、それは、やるしかないだろ――
――だよな――
――角丸、お前的には、嬉しいんじゃないのか?――
――そりゃまぁ――
――ふん。そういうと思った。この、変態め――
――何でだよ。別にあーんくらい、いいだろ?――
――あーんくらいとはなんだ。角丸は、遊び人なのか?
――なんで、そうなる?――
――だって、あーんは、ラノベ的に、恋人同士のイベント。それをするということは、そういう関係になるってことだろ? そういう関係じゃないなら、それは遊びだろ?――
音谷よ。たしかにラノベ的には、あーんは、恋人同士に多く発生するイベントだ。だが、恋人同士じゃなくても発生するパターンは存在する。現に僕は、そういうシーンをいくつも知っている。
――たしかにあーんは、恋人同士の定番イベントではある。が、しかし、友だち同士や、突発的に偶然起こることもあるだろ? だから、あーんをした、されたからといって、必ずしもそういう関係だとは限らない、と僕は思うけど?――
――なるほど。言われてみれば、たしかにそうだ。なら、勝った方にあーんして、それで終わりということも十分あり得るな――
――むしろ、その方が、可能性として高いと思うよ?――
――そうか。なんか、安心した――
音谷のやつ。何をそんなに心配したのか。でも、安心したなら良かった。
――おやすみ――
――おやすみ――
僕の返したメッセージに既読がついたのは、次の日の朝だった。
きっと、音谷は、僕にメッセージを送るとすぐに、寝てしまったのだろう。
次の日の放課後。僕たちは、体育館のバスケットゴール前に集まっていた。
桜花部長から、放課後、ここに集合するよう音谷にRUINが届いていたからだ。
部長と大鷲さんは、既にバチバチと火花をちらし、挑発モードに突入している。僕と音谷は部長を、前島は大鷲さんを抑え込むこの状況は、さながら、格闘技の試合前に行われる記者会見のようだ。
これだけでも異様な空気だというのに、それに輪をかけて、異常な光景が、僕たちを包み込んでいる。
それは、この体育館の光景だ。
コートを取り囲む観客席は、空席1つなく、チアリーダーに応援団、吹奏楽部まで出揃い、黄色い声援が飛び交っているではないか。
なに、これ? インターハイの決勝?
ってくらい人が集まってるんじゃないか?
「音谷。これってどういうことか、知ってる? 僕はてっきり、僕らだけでやるって思ってたんだけど?」
僕は、音谷の横で、小声で言った。
「私も、詳しいことはわからない。けど、どうやら部長が根回ししたみたい」
「なるほど。部長なら、たしかにやりかねないね」
それにしても、この私立ならではの、2階観客席付き体育館を超満員にさせるとは。
部長、いや生徒会長の力に、あらためて驚きと恐怖を感じたのは、言うまでもない。
「えー皆様、静粛に。それでは、時間となりましたので、始めさせて頂きたいと思います。バスケットボールフリースロー3本勝負。角丸あーん争奪杯。本日は、私、生徒会副会長、瀬名薫が、司会兼実況を務めさせて頂きます。よろしくお願いいたします。それでは、さっそく、両選手の紹介に移らさせて頂きます! レッドサイド、桜花――舞――!」
部長の名前が上がった次の瞬間、体育館が揺れるほどの歓声があがった。
「ブルーサイド、大鷲――彩――!」
これまた、部長に負けず劣らず、もの凄い歓声が上がる。
「両者、前へ」
僕たちの手を離れ、ゴール前で対面する2人。
互いに鋭い目つきで火花をちらす。
「礼! 握手!」
2人は、いっさい視線を外すことなくお辞儀をすると、軽い握手を交わした。
「先攻、桜花選手!」
レッドサイドからは、歓声が、ブルーサイドからは、ブーイングの嵐が巻き起こる。
部長が、ボールを構えても、ブルーサイドからのブーイングは鳴り止まない。むしろ、先ほどより大きくなった気がする。
それでも、部長は動じることなく、ゴールに一点集中。
スッと放たれたボールは、美しい弧を描き、ゴールに吸い込まれていった。
「決まった――! 桜花選手の1投目! 綺麗にゴールネットを揺らした――!」
レッドサイドから、割れんばかりの歓声が上がり、ブルーサイドのブーイングをかき消す。
「後攻、大鷲選手!」
腕組みをし、ドヤ顔をする部長を横目に、大鷲さんが、構える。
今度は、ブルーサイドから歓声が上がり、レッドサイドからブーイングの嵐が吹き荒ぶ。
しかし、そこは、さすが大鷲さんだ。まったく動揺することなく、部長よりも、さらに正確な軌道で、ゴールを決めた。
「ゴ――ル! これは、なんと美しいシュートでしょう!」
2投目、3投目と、両者とも外す事なく、サドンデスに突入。
互いに、1歩も譲らない攻防戦。ここまで、2人とも20本連続でゴールを決めている。
「……ふぅ」
さすがに疲れの表情を浮かべる部長。
大鷲さんを見れば、彼女もまた、ハァハァと小刻みに呼吸をしていた。
「桜花選手。21投目」
ガコンッ!
「あ――っと! ついに、外した――!」
悲鳴にも似た声に包まれた後、静まりかえった会場。
しばらくして、ブルーサイドから、歓声が上がり、大鷲コールが会場を揺らす。
「スー。ふぅー」
大鷲さんが目をつむり、呼吸を整える。
目を開き、ゴールに神経を集中させる。
シュッ。
大鷲さんの手から放たれたボールが、ゴールに向かって飛んでいく。
ガンッ!
ボールは、リングを一周したが、ネットを揺らすことはなく、そのまま床に落ちた。
「おおっと! 大鷲選手も外した――!」
歓声と落胆の声が入り混じる会場。
22投目を投げようと構えるも、ふらつく部長。
それを見た音谷が動いた。
「2人とも、もう、いいんじゃないでしょうか?」
そう言って、音谷が、部長の手からボールを強制的に取り上げると、部長は、まだまだと言いながら、再びボールを奪取。
それを見た大鷲さんが、部長に駆け寄り、ボールの取り合いへと発展。
ヒートアップした2人の手から弾かれ、宙を舞ったボールは、見事に僕の顔面に直撃。
僕はそのまま床に倒れ込むと、気を失った。
「大丈夫か! 音谷くん」
「音ちゃん! 大丈夫?」
気がつけば、うっすらと開いた僕の目には、保健室の天井が映っていた。
「よかった。気がついた」
「音谷くん。本当に良かった」
「君たちは、よく顔にボールが当たるわね。ま、今回も大したケガじゃないから、ちょっと休めば大丈夫よ」
「宝城先生、いつもいつも、すみません」
「いいのよ」
さらに目を開くと、僕の顔を覗き込む半泣きの大鷲さんと、青ざめた桜花部長、それと宝城先生と、先生に頭を下げる音谷の姿が見えた。
そうか、僕、ボールが顔面に当たって、倒れたんだった。
「音谷さん。大丈夫?」
ああ、音谷か。うん。なんか、おでこの辺りがちょっとヒリヒリするけど、たぶん大丈夫。
「うん。大丈夫」
「良かった。音谷さんは、このままゆっくり休んでて。では、2人とも、そういうことなので、今回はそれで、いいですよね?」
「「……はい」」
しゅんと肩を落とす部長と大鷲さん。
ん? そういうことでって、何? 僕が気を失ってるうちに、何が決まったの?




