表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕は、もしかするとヒロインになるのかもしれない。  作者: 玄ノロク(くろのろく)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/50

第29話「美馬ジックと新入部員」

「はい。おーちゃん」

(もえ)さま。ありがとッス!」

「はい。大鷲(おおわし)さん」

(おと)ちゃん。ありがと」

「はい。美馬(みま)さん」

音谷(おとや)さん。ありがとう」

「はい。角丸(かくまる)くん」

「……あ、ありがとう」

 

 5段重ねになったホットケーキを、1枚ずつ小皿に移し替え、それぞれの前に並べていく僕。

 ホットケーキの目前にいる音谷ではなく、テーブルを挟んだ先にいる僕が、なぜ、ホットケーキを取り分けてまわっているのかというと、音谷が、桜花(おうか)部長と大鷲さんに、ピッタリ挟まれ、身動きが取れなくなっているからだ。


「あ、あの。部長、大鷲さん……」

「なんスか? 角丸くん」

「なーに? カッくん?」

「……近すぎ」


 2人は、恥ずかしがる……わけもなく、ひとまず、互いに音谷から数センチ離れ、座り直した。


「ん? どうかしましたか? 部長」


 部長は、どうやらテーブルで隠れて見えない手を使って、音谷を指で突き、自分の方へ振り向かせたようだ。

 部長は、素早くフォークで、ホットケーキをひと口大に切り分けると、音谷の口元に運んだ。


「角丸くん、あーん」

「あーんじゃない! 部長さん! 抜け駆けはダメ!」


 音谷の口元まで来たホットケーキが宙を舞う。

 大鷲さんが、部長の腕を掴んだ拍子に、ホットケーキが、フォークから離れてしまったのだ。

 もったいないと思った次の瞬間、ホットケーキは、テーブルにも床にも落ちる事なく、気づけば、美馬さんのフォークに刺さっていた。

 出た! 美馬マジック!

 僕は、思わず小さく拍手をしてしまった。

 それと、ぜんぜん関係ないけど、美馬マジックって、なんか言いにくいな。今度から、ちょっと略して、美馬(みマ)ジックって呼ぼうかな。


「抜け駆けなんかじゃないッスよ? 角丸くんに、味見してもらおうかなって思っただけッス」

「それも、抜け駆けのひとつです! あーんって言ってたし」


 部長は、大鷲さんから目をそらすと、チッと舌打ちをした。


「あーんは、するのも、されるのも、決着が着くまで、禁止!」

「桜花部長も、あやちゃんも! そんなことより、食べ物を粗末にしちゃダメだよ! 罰として、2人のホットケーキは、私が半分ずつ食べます!」


 美馬さんは、そう言うと、受け止めた部長のホットケーキを、パクリと口に頬張り、フォークを高々と掲げた。


「美馬さん。食べ物を粗末にしちゃいけないってのはわかるッス。でも、そのあとの話は、おかしいッスよ!」

「そうだよ。ほのちゃん。それとこれとは、話が違うじゃん」

「えへ。バレたか。いっただきまーす!」


 美馬さんは、舌をちょこんと出し、おどけてみせると、自分のホットケーキをおとなしく食べ始めた。

 あれ? ホットケーキって、たしか5枚あったよね?

 みんなに1枚ずつ取り分けて、最後の1枚が残ってたはずなのに、どこいった?

 ひとりひとりの顔を順に見ていくと、1人だけ、不自然に目をそらした人物がいた。

 疑いたくはないが、ほぼほぼ、あの人の仕業に間違いないだろう。

 だって、食べ始めたばかりだっていうのに、もう既に、口の周りが、ホットケーキのカスまみれになってるし。

 美馬ジック。恐るべし。

 とはいえ、結局、最後の1枚のホットケーキを食べた犯人は、分からずじまい。まぁ、そもそも僕以外、そんな犯人探しなんて、してないんだけどね。


「ねぇ、音谷さん。なんか、ドアの方から視線みたいなの、感じない?」


 え? ちょっと、美馬さん。怖いこと言わないでよ。

 恐る恐るドアの方を見ると、閉まっていたはずのドアが5センチほど開いていた。

 そして、そのドアの隙間からは、たしかに視線らしきものを感じる。


「私、見てくる」

「え? 大丈夫なの? 音谷さん」

「分からないけど、確かめないと」


 そう言うと僕は、視線を感じる方からなるべく姿が見えない様、身を隠しながらドアに近づいた。

 心配そうにこちらを見る美馬さんと、アイコンタクトを交わし頷いた僕は、一気にドアを開けた。


「あ!」

「……あ」


 開けたドアの先には、身を屈めた前島の姿があった。


「前島くん? 何してるの?」

「あ、いや。べ、別にやましいことは何もしてないよ?」


 僕がジト目を向けると、前島がさらにテンパる。


「い、いや、えっと、ほら! なんか、廊下に出たら、すげー良い匂いがしててさ。その匂いに誘われるがままに歩いてたら、ここにたどり着いたってわけ。だから、何もやましいことはないだろ?」

「でも、覗いてたよね?」

「そ、それは……えっと」


 早くも、言い訳のネタが思い浮かばなくなった前島が黙り込む。


「あ! 前島くんじゃん」


 僕の後ろから、ひょこっと顔を出した美馬さんが、前島を見つけるなり、声をかけた。

 美馬さん、いつの間に僕の背後に? チーズケーキやホットケーキの時もそうだったけど、いっさい気配ってものを感じないんだよな。

 もしかして、美馬さんって、忍者だったりして!

 僕が、そんな妄想に浸っているうちに、美馬さんと前島の会話が始まっていた。


「今さ、部活でホットケーキ作ってたんだよ」

「だから、この匂いがしてたのか……」


 美馬さんの後ろ、理科室のイスに座る面々が視界に入った前島が固まる。


「……ここに、音谷さんに美馬さんがいて、むこうには大鷲と……生徒会長⁈ なに、このメンツ」


 まぁ、驚くよね。ちなみに、僕の名前、上がってこなかったけど、ちゃんと見えてる? 部長と大鷲さんの間にいるよ?


「音谷さん、何で生徒会長がいるの?」


 この説明、あと何回するんだろう?

 さすがにちょっと、面倒くさくなってきたぞ。


「桜花生徒会長は」

「化学部の部長さんでもあるんだよ!」


 僕の説明に被せるように、美馬さんが言った。

 それも、ものすごいドヤ顔で。


「えぇ!? 生徒会長って、化学部の部長もやってたんだ。知らなかった」

「驚いたでしょ? 私も、ついこの間知ったんだけどね!」


 美馬さん、僕からすれば、それ、五十歩百歩だよ? なのに、よくそんな誇らしげな顔できるね。ある意味凄いよ。


「うわ! 角丸!?」


 え? 今気づいたの? ウソだろ? 前島。お前、本当に僕の存在に気付いてなかった?

 ……なんか、入れ替わっても、僕の存在感って、変わらないんだな。これも、ある意味凄いね。


「失礼します! お初にお目にかかります! 2年3組、バスケ部所属、前島司(まえじま つかさ)と申します!」

「ほぉ。なかなかに、礼儀をわきまえているじゃないか。少年」

「ありがとうございます!」

「だが、しかし! ここは神聖なる化学部の部室。部外者が、土足で勝手に入って来て良い場所ではない!」

「申し訳ございません!」


 前島は、深々と頭を下げると、すぐに上履きを脱いだ。

 いや、前島。そういう事じゃないと思うぞ。


「うむ。それでよし」


 えぇ⁈ 部長、本当に言葉の意味そのものだったんですか?


「などと、言うはずがないだろ! 即刻立ち去れ!」


 ですよね。良かった。生徒会長モードの部長は、やっぱり、生徒会長だった。


「生徒会長、1つお願いがあります」

「お願いだと? 言ってみたまえ」

「角丸、いや、角丸くんと、少しだけ、話をさせて下さい」

「いいだろう。だが、手短にな。話を終えたら、すぐにここを出たまえ」

「はい。角丸くん、ちょっといいかな?」


 前島のやつ、音谷を、部屋の角に連れてったけど、何するつもりだろう?


「おい、角丸。このハーレム状態は、何なんだよ?」

「言われてみれば、たしかにハーレム状態だな」

「え? お前、この期に及んで、気付いてなかったなんて言わせないぞ?」

「いや。気付いてなかった。わけでもないな」

「だろ? 頼む! 俺にも、角丸流のそのモテ方、教えてくれ!」


 なんか、前島のやつ、音谷にぺこぺこ頭下げてるけど、どうしたんだ? 何かやらかしたのか?


「うぇ⁈ 角丸流のモテ方? そ、そんなのないし、そもそも、モテようなんて、思ったことない」

「モテようと思ったことないだと!? なんてこった。こ、これが本当の、モテるってやつか……」


 前島のやつ、今度は、目を丸くして、ガクガク震えてるけど、大丈夫か?


「俺、お前のこと、誤解してたよ」

「誤解?」

「ああ。俺、お前のこと、クラスの中でも、特に目立たない陰キャだと思ってたけど、本当は、違ったんだなって」

「え? 違くない。前島くんの言う通り、僕は、モブ中のモブ陰キャだよ」

謙遜(けんそん)するなって。音谷さんや美馬さん、大鷲に生徒会長。こんな美女たちに囲まれておいて、モブ中のモブ陰キャだなんて言えるわけないだろ。実はお前、ほっといてもモテちゃうから、わざと陰キャを演じてたんだろ?」

「陰キャを演じる? ないない。僕は、本当にモブ中のモブ陰キャだよ」


 音谷の発言に、前島の顔が曇る。


「角丸。それ以上言ったら嫌味になるぞ?」

「……」

「話は、終わったかね?」

「あ、生徒会長。長くなってしまい、申し訳ございません」

「うむ。終わったなら、今すぐ出て行きたまえ」

「はい。でもその前に。最後に1つ、生徒会長にお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何だ? 言ってみたまえ」


 腕を組み、体を少し斜めに傾けた部長の顔は、少し不機嫌そうだった。


「生徒会長と大鷲は、角丸くんを挟んで、何をしていたんですか?」

「ん? 見ていたのか。あれはだな。大鷲くんと私で、角丸くんのあーんをかけた、バスケットボールのフリースロー対決をしようという話をしていたんだ」

「角丸くんのあーんをかけた、フリースロー対決⁉︎ ちょっとすみません……おい、角丸。どういうことだよ?」

「話の流れで、そうなった」

「……対決はいいんだ。問題は、そこじゃない。問題は、どっちが勝っても、お前があーんできることにある! そんなの、そんなのって……羨ましすぎるだろ! 俺もやりたい! なぁ、化学部ってさ、兼部できたりしない?」


 何を言ってるのか、ところどころ不鮮明ではあるが、やっと聞こえてきたぞ。

 そうか。前島のやつも、あーんやりたいのか。とはいえ、兼部はさすがに無理なんじゃないか? もし、仮に入れたとしても、あーんが確実に出来るとは限らないし。


「兼部なら、認めるが?」

「え? いいんですか?」


 え? 部長? 兼部って、ありなんですか?


「現に私は、生徒会と兼部している」


 たしかに!


「それじゃ、俺も化学部に入れて下さい!」

「いいだろう。入部を認める。ここに、名前を書きたまえ」

「よっしゃー!」


 前島は、右手を天井に向かって勢いよく突き出すと、ノリノリで、入部届に名前を書いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ