第28話「桜花 VS 大鷲」
焼き上がったホットケーキを1枚、また1枚と、皿に重ねていく音谷。
その様子を、ハンカチ片手に、じゅるりとよだれを垂らしながら凝視する桜花部長。
僕の隣りでは、美馬さんが、テーブルに身を乗り出し、ホットケーキをマジマジと見つめている。
5段重ねになったホットケーキからは、ほんのりとバニラとメープルが混じり合った甘い香りが漂い、その香りに包まれた理科室には、穏やかな時間が流れていた。
「すごいッスね! 昔読んでもらった絵本に出てくるやつに、そっくりッス! もう匂いだけでぶっ飛びそうッス!」
バタリと、桜花部長が床に倒れ込む。
決してケガをすることのない、その独特な倒れ方には、いつも感心させられる。
「え? え? 桜花部長! 大丈夫ですか⁈ 角丸くん! 音谷さん! 桜花部長が!」
「あー、うん。大丈夫」
目を丸くして驚ろく美馬に向かって、音谷もうんうんと頷く。
「えぇ? 音谷さん、桜花部長倒れちゃったんだよ? 大丈夫なわけなくない?」
「美馬さん。安心して、部長は、ちょっと死にかけてるだけだから」
「死にかけ⁈ やっぱダメじゃん!」
「いや、本当に大丈夫。もうすぐ戻ってくるから」
「ただいまッス」
何事もなかったかのように、むくりと起き上がり、制服を叩きながらイスに座る桜花部長。
「わっ! 本当だ! 帰ってきた。桜花部長、大丈夫ですか? 何ともないですか?」
「ん? 何がッスか? この通り。ぜんぜん元気ッスよ?」
部長は、笑顔で広げた両腕を曲げ、上下に動かしてみせた。
「はぁ、よかった。ところで、角丸くん。桜花部長って、どこに行ってたの?」
「三途の川、かな?」
「ええ⁈ 死んじゃった人が渡るっていう、あの川? 本当にあるの?」
僕自信は、見たことないけど、どうやら、部長いわく、あるらしい。
僕は、頷くと、桜花部長に言う。
「おーちゃん、おばあちゃんは、いましたか?」
「いたッスよ。今日も追い返されたッス」
「ね? ちなみに、おばあちゃんって、死んだおばあちゃんのことだから」
「……ハハ、三途の川って、本当にあるんだ。って、それよか音谷さん。今、桜花部長のこと、おーちゃんって言わなかった?」
「気づきました?」
「気づいたよ。それ、平気なの?」
「むしろ、呼ばないと、お、怒られる。でも、そう呼んでいいのは、私だけだから、気をつけて」
「そ、そうなんだ。音谷さんって桜花部長から、特別扱いされてるんだね」
「なんか、そうみたい」
バタン。
桜花部長、また倒れた。けど、今のは、結構痛そうな音がしてたけど、大丈夫か?
「角丸くん! もう、我慢の限界ッス! 早く食べさせてくれないと、本当に死んじゃうッスよ!」
珍しくテーブルにぶつけ、赤くなったおでこをさすりながら、部長が言った。
音谷、そろそろ部長にホットケーキを食べる許可を出してあげてくれ。このままだと、本当に三途の川を渡ってしまうかもしれないから。
「……あ」
「あ?」
口を大きく開けて目をつむる部長。
その姿を見て、首をかしげる音谷。
部長? 何やってるんですか? ……まさか! それは……逆あーん! あーんしてあげるのではなく、あーんを求めるやつ! 例えばカップルが、別々のスイーツを頼んだとして、彼女が彼氏の、その逆もあるが、相手のスイーツを、ひと口食べさせてもらうときなんかにするやつ!
「あーん」
あーんって言った! やっぱりそうだ。これは逆あーんに間違いない。
だとすると、部長は、僕のことが……実際は、僕の中にいる音谷のお菓子作りに興味を示しているのだろうけど、それが恋愛感情を刺激しているのかもしれない……ってのは、さすがに考えすぎだろうか?
「音谷さん。私たち、席外した方がよくない?」
美馬さんも、桜花部長の立ち振る舞いに、何かを察した様子で言った。
「……たぶん。いても大丈夫だと思う」
「そうかな? 桜花部長のアレって、きっと、角丸くんのことが気になってるから、やってると思うんだけど」
「う、うん。そうかもしれないけど……」
なんとなく、今は2人きりにしてはいけないと、妙な胸騒ぎを感じた僕は、この場を離れることができなかった。
ガラガラ。
勢いよくドアが開いた。
「カッくん! 音ちゃん! ほのちゃん! みんないる?」
この声は……やっぱり、大鷲さんだ。
開いたドアに視線を移すと、元気よく手を振り、理科室に入ってきた大鷲さんの姿が映った。
「ヒッ! 生徒会長!? な、なんでここに?」
みんな、はじめはそう思うよね。
僕は、大鷲さんにも、美馬さん同様に桜花生徒会長が化学部の部長を兼任していることを説明した。
「生徒会長さんが、化学部の部長さんだってことはわかった。けど、何? なんで、部長さんとカッくんが、あーんみたいなことになってんの? え? 2人って、そういう関係なの?」
「君は、誰だね。部外者が、勝手に入ってこられては困るのだが?」
「それは、すみません。でも、うち、3人と同じクラスの友達で」
「ほう。君は、角丸くんと音谷くん、それと美馬くんのクラスメイトなのか。だが、しかし! 君がいくら3人とクラスが同じ友達だとしても、ここは化学部の部室。今の時間は、我々以外、立ち入り禁止だ! さぁ、お引き取り願おうか」
「……いやです」
大鷲さんの言葉に、桜花部長の眉間にシワが寄る。
「君は、自分が何を言っているのか、理解しているのかね? 部外者である君に、断る権利などないのだよ?」
「なら……うち、入部します。化学部に」
「入部? ……それならば、話は別だ。いいだろう。入部を許可する。音谷くん、すまないが、入部届とペンを」
「あ、はい。えっと……」
僕があたふたしていると、音谷がサッと僕の手に入部届とボールペンを1本、渡してくれた。
「桜花部長、どうぞ」
「ありがとう。では、ここに名前を」
大鷲さんは、躊躇うことなく、殴り書きのように、自分の名前を入部届に書いた。
「これで、いいですか? 桜花部長」
「うむ。問題ない。大鷲彩くん、化学部へようこそ。歓迎……するッス!」
「ッス?」
「さっきはごめんッス。大鷲さん、ちょっと怖かったッスから、ついつい虚勢を張っちゃったッス。私は、生徒会長兼化学部部長、3年の桜花舞ッス。よろしくッス!」
「ちょ、待って。カッくん。これって、どういうこと? 部長さんって、その、二重人格?」
「それは、部長に失礼だよ。大鷲さん」
「うん。失礼ってことは、わかってる。でも」
見るからに、混乱している大鷲さんを、落ち着かせるためイスに座らせると、音谷は、部長の説明をはじめた。
「……って、ことは、今が本当の部長さんなんだ。いつもの会長さんしてる桜花先輩から、ぜんっぜん想像出来ないね」
「そんじゃ、大鷲さんも無事、化学部に入部したッスから、角丸くん、続きをしてほしいッス」
そう言うと、部長は目をつむり、口を開けた。
「おっと、カッくん。あーんは、する必要ないからね」
「大鷲さん。それは、どういう意味ッスか?」
「どういうって、そのままの意味ですけど?」
「そうッスか……」
一触即発。
バチバチに、火花を散らしまくる2人。
途端に場の雰囲気が凍る。
音谷は、2人の間に挟まれ、身動き取れず。美馬さんは、僕の隣りでオロオロとしている。
「大鷲さんは、角丸くんの、何なんスか?」
「う、うちは、その……と、友達?」
「友達? ははん。それでよく、あんな彼女面できたッスね」
部長の言葉に、1歩引いた大鷲さんだったが、すぐに元の位置に戻り言う。
「部長さんこそ、カッくんの、何なんですか? 2人は付き合ってんですか?」
「付き合ってないッス。あっちは……ただの、部活の先輩ッス」
「は? それなのに、カッくんにあーんさせようとしてたんですか? もうそれ、パワハラですよ?」
形勢逆転。
それまで桜花部長が優勢かと思われたが、ここに来て、大鷲さんが押し始める。
そんな、大鷲さんをいなすかのように、部長が打って出る。
「じゃあ、ここはひとつ、1対1で勝負ってのは、どうッスか?」
「勝負? いいですよ。勝った方が、カッくんにあーんしてもらうってことで、いいですよね?」
「いいッスよ」
「えっと、2人ともケンカは」
やめましょう? と言いたかったであろう音谷を2人が同時に止める。
「角丸くん。それはダメッス!」
「カッくん。ダメだよ」
「は、はい」
音谷は意気消沈し、イスにストンっと座り込んだ。
勝負はどうあれ、2人のうち、どちらかに、僕があーんすることは、ほぼ決まったわけで……これは、僕にとっては、ラッキーだったと考えても、いいのかもしれない。
「で、何で勝負しますか?」
「フフフ。あっちは、こう見えて、いろいろ得意ッス。だから、勝負内容は、大鷲さんに決めさせてあげるッスよ」
「さすがは、生徒会長兼部長。すごい自信ですね。それなら、フリースロー1択ですよ。それでも、いいですか?」
これは、さすがに桜花部長、厳しいんじゃないか? だって、大鷲さんは、元バスケ部エースで、インターハイレベルだよ? いくら部長が、いろいろなことができるとはいえ、不利なんじゃないかな?
「いいッスよ。それで」
な! 部長、まさかの即答。それもあの顔、かなり自信があるとみた! 部長が、大鷲さんの実力をどこまで知っているかは、わからないけれど、これは、すごいものが見れそうだぞ!
「決まりですね。勝負はいつにします?」
「今から、と言いたいとこッスけど、さすがに今日はもう遅いッスから……それに」
「それに?」
「ホットケーキを食べなきゃいけないッス! 明日の放課後、体育館で。ってのはどうッスか?」
「いいですよ」
「そうと決まれば、一時休戦ッス。大鷲さんも一緒に食べるッスよ」
「いいんですか?」
「もちろんッス」
「やったー!」
それまでの険しい表情が一変し、ニッコニコの笑顔を見せる部長の姿に、大鷲さんは、一瞬拍子抜けしたが、すぐに笑顔を見せ、イスに座った。
「ほら、萌さまも、美馬さんも、そんなとこに突っ立ってないで、一緒に食べるッスよ」




