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僕は、もしかするとヒロインになるのかもしれない。  作者: 玄ノロク(くろのろく)


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第26話「バイト終わりは、震えて待て!」

 厨房を覗くと、美馬(みま)さんが忙しそう……なふりをしながら、時折こちらをチラ見しては、小刻みに震えている。

 あんなに震えるほど怖がるなんて、美馬さん、会長と過去に何かあったのだろうか?

 それに比べて会長はどうだ?

 見れば会長の周りを数十人の生徒が取り囲んでいる。男女比率は、男子3、女子7といったところか。

 会長の一挙一動に湧き立つギャラリー。その中心にいながらも、会長は、冷静沈着で自信に満ち溢れたオーラを放ちながら、優雅に紅茶を飲んでいる。

 さすがは会長だ。それにしても、会長って、あらためて思うけど、人気あるんだな。ここまで来る間も、廊下や階段ですれ違う度に、キャーキャー言われてたもんな。


音谷(おとや)くん、角丸(かくまる)くん。これを見てくれたまえ」


 テーブルに置いたティーカップに、僕たちの視線が移るよう、手のひらで誘導する会長。

 すると、そこには、きれいな垂直を保つ、茶葉のカケラが浮いていた。


「あ! これって、茶柱みたいですね」

「音谷くん。君もそう思うかい?」

「はい! これは、幸先が良いですね! きっと、美馬さんの勧誘が上手くいく気がします!」

「そうだな。私は普段、希望的観測を好まないが、今日は、そう考えても良いのかもしれないな。だからと言って他人任せにしたり、神頼みで事を終わらせてはならない。何事も、成功の鍵を握るのは自分だ。座して待つのではなく、自ら手繰り寄せるのだよ。無論、美馬くんの勧誘もな」


 会長、怖っ! とはいえ、こっちの方が、桜花(おうか)生徒会長って感じがして、しっくりくるんだけどね。


 美馬さんのバイトが終わるまで残り45分。

 2杯目の紅茶を、なぜか渋い顔ですする会長。

 その横で、僕と音谷は、カバンに潜めていたラノベを取り出し広げると、それぞれの世界へと突入した……が、さすがに、あの会長の顔は気になる。


「あの、おーちゃ」

「音谷くん」


 僕が会長を、うっかり、おーちゃん呼びしかけたところで、会長がにこやかに、しかし、一瞬背筋が凍る様な視線を向けてきたことで、僕は全てを察した。

 そう、僕と音谷の前以外で、その呼び方を決してしてはならないということを。


「か、会長、その顔。苦いんじゃないですか? 砂糖は、入れなくていいんですか?」

「今日の音谷くんは、どうかしているな。君は、私が甘いものを、口にしないことを知っているだろうに。つまり、紅茶は苦くない。だから、砂糖を入れたりはしないさ」


 そうだった。前にそんなこと、音谷が言ってたな。

 部長は、本当は甘いものに目がないけど、生徒会長モードの時は、甘いものが嫌いな設定になってるって。

 だからといって、あんな顔してまで、無理することないのに。むしろ、飲む必要なくない? なんて、思ってしまうのは、浅はかな考えなのだろうか?


 美馬さんのバイトが終わるまで、残り10分。

 ふと気づけば、そんな時間になっていた。

 ラノベって、やっぱり凄いね! 読み始めると思わず時間を忘れてしまう。音谷もたぶん、同じだろうな。

 そう思い、音谷を見ると、僕の視線に気がつき顔を上げた音谷が、時計を見て驚いていた。ほらね。

 しかし、本当に驚くべきは、会長だ。

 眉間にシワを寄せ、ピクピクと眉毛を痙攣させながら、紅茶を口に運ぶその顔からは、いっさいの笑顔が消えていた。

 会長、それって、何杯目ですか?

 もはや、会長が紅茶を何杯飲んだのかわからないが、さすがに無理しすぎな気がする。


「……クッ、にがっ」


 ん? 会長、今、なんて言いました? にがって、言いましたよね? もうそれ、完全に痩せ我慢じゃないですか。限界ですよ。いい加減やめましょうよ。


 美馬さんのバイトが終わるまで、残り0分。

 終了――! ついに、美馬さんのバイトが終わった。


「桜花生徒会長、お待たせしました。音谷さん、角丸くんもお待たせ」

「うん。美馬くん、お疲れ。疲れているところ悪いが、さっそく話を始めさせてもらうよ」

「は、はい」


 緊張でガチガチになった美馬さんが、ロボットの様な動きで、会長の向かいに座った。


「角丸くん。例のアレを」


 音谷は、会長にそう言われると、両手に収まる程の大きさのラッピングされた箱をテーブルに置いた。


「美馬さん。これを」

「え? 私が開けて、いいんですか?」

「もちろんだ。君に開けてもらわないと意味がないからね」


 美馬さんは、恐る恐るラッピングを外すと、箱のフタを開けた。


「うわー! これって、もしかして……フロランタン?!」


 ごくりと生唾を飲む美馬さん。


「ご名答。これは、フロランタンだ。それも、つい先ほど焼き上がったばかりの、至高の逸品」


 ごくり。

 もう一度生唾を飲む美馬さん。

 すると、その美馬さんの様子を見た会長が、ここぞとばかりに、フロランタンを手に取り、その角を少しだけ割った。


「美馬くん、君には特別に、味見をさせてあげよう」

「いいんですか!?」

「もちろんだ。二言はない。さぁ、手を出したまえ」

「……いえ。やっぱりいりません」


 そんな事言って、美馬さん、本当は、食べたい! 死ぬほど食べたい! って顔してるよ? 大丈夫?


「ほう。美馬くん。君は案外、疑り深い人間なんだね。しかし、そういうところ、嫌いでない。むしろ、好ましく思う。だが、今回は、勘繰る必要はない。そのようなやましいことは考えていないからな」

「そう言って、食べた途端、じゃないんですか?」

「そんな卑怯な真似はしない。約束しよう。そういった行為はいっさいしないと。ただし」

「ただし?」

「これを食べて、美味しいと思ったら、ひとつ、私との交渉の場に立ってほしい」


 会長の含み笑いに、美馬さんが引く。


「交渉? やっぱりやめときます。何の交渉かもわからないし、正直怖いです」

「うむ。たしかに言われてみれば。では、単刀直入に言おう。美馬くん……」

「は、はい」

「化学部に、入ってみないか?」

「へ?」


 キョトンとする美馬さん。

 そりゃそうなるよね。


「えっと、それはつまり、化学部に入ると、このフロランタンみたいなお菓子が、いっぱい食べられるってことですか?」

「もちろんだ」

「はい! 私、入ります! 化学部、入部します!」


 え? 美馬さん? 即答? そんなあっさりと? 本当に? しかも、なんだかんだで、まだフロランタンひと口も食べてないよ? それなのにいいの?


「あの、美馬さん。本当にいいの?」


 思わず横槍を入れてしまった僕に、ジト目を向ける会長と音谷のことは、この際気にしないようにしよう。


「うん。私、お菓子好きだし。それに、化学部に入れば、こんな美味しいお菓子が毎日食べ放題なんでしょ? もうそんなの、入部するしかないじゃん!」


 うん。お菓子が食べられるってのは、間違ってないと思うけど、たぶん、美馬さんが思うほど、毎日は食べられないと思うよ?


「では、美馬くん。ここにサインを」

「はい。美馬、穂乃果(ほのか)っと」

「よし! これで、晴れて美馬くんも、化学部の一員だ。今後ともよろしく頼むよ」

「はい! よろしくお願いします! ところで、会長」

「美馬くん。入部したからには、私のことは、部長と呼んでくれたまえ」

「はい! 部長! では部長、このフロランタンは食べても?」

「もちろんだ。ひと口と言わず、好きなだけ食べてくれ」

「いいんですか!?」

「ああ」

「それじゃ、いっただきまーす! んー! おいひぃ!」


 会長、好きなだけなんて言ったら、美馬さん、あっという間に、全部食べちゃいますよ? って、遅かったか。

 満面の笑みを浮かべ、リスのように両頬を膨らませている美馬さんの前に置かれた箱は、既に空になっていた。

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