第22話「写真部との闇取引」
「誤解?」
「ええ。僕はなにも、角丸さんの考えているような、卑猥な交渉をしようなんて、これっぽっちも考えてませんよ?」
「ひ、卑猥!? しかも、名前、なんで知ってる⁈」
「それは、リサーチはちゃんとしてますから、名前くらい知っていて当然です」
「こ、こわ! それと、言っておくが、決して卑猥な想像などしてないから」
(角丸ならともかく、少なくとも私はな……)
「これは、僕の、これまで読んできたラノベ的に、ストーリー上必要なイベントであって、18禁でない限り、ギリギリそういうことにはならなくてだな……」
「角丸さん。何をさっきから、ぶつぶつ言ってるんですか? とにかく僕が、あなた方と交渉したいのは、欅祭のイベントについてです」
「へ? け、欅祭のイベント?」
「そうです。あなた方もご存知だと思いますが、欅祭には、ミス・ミスター欅コンテストという、毎年大いに盛り上がるイベントがありますよね?」
「あぁ、僕らには縁のないアレね」
「そう言われてしまうとなんですが、我々写真部にとっては、大事な収入源……いや、活動の場なんですよ」
「……で、交渉っていうのは?」
「はい。今年から、そのミス・ミスター欅コンテストに新たな部門が設けられることになったのは、ご存知ですか?」
「いや、それは、知らない」
「ベストカップル賞です」
「ベ、ベストカップル賞⁉︎」
「そうです。ベストカップル賞。2人には、これに出ていただきたい」
「は? 矢神くん、だっけ?」
「はい。矢神です」
「そんなの、出るわけない。そもそも出る資格がない。他を当たってくれ」
「はたして、そうですか?」
「……どういう意味だ?」
矢神は、目を細め、左の口角だけをクイっと上げた。
「僕は、思うんですよ。ベストカップルが皆、美男、美女である必要などないと。むしろ、あなた方のような、普段は目立たない、ごく普通の、いや、それ以上に存在感の無い」
「矢神くん。無意識かもしれないが、陰キャサイドをディスるのは、やめてくれないか?」
「おっと、これは失礼。とにかく僕が言いたいのは、あなた方のような方々にも、ひのめをあびていただきたいのです!」
「……良いように言ってるが、要は意外なカップルを取り上げて、撮った写真を売りさばきたいだけだろ?」
「……い、嫌だなぁ。人聞きが悪い。そ、そんなやましいこと、この僕が、考えるわけ無いじゃないですか」
そういうわりに、声がうわずり、目が泳ぎっぱなしな矢神。
「まぁ、1人では決められないから、音谷さんにも聞いてもらおう」
ん? なんか、音谷のやつが手招きしてるな。もう、囮はいいってことか? とにかくあっちに行ってみるか。
「どうした? 何かあった?」
「こちら、写真部の矢神くん。ひとまず、彼の話を聞いてくれ」
「ご紹介にあずかりました、写真部の矢神健児です。以後、お見知りおきを」
「は、はぁ。これはご丁寧に。えっと、私は」
「音谷萌さん、ですよね? 存じております」
「うぇ⁈ な、なんで知ってるの? 角丸くんが教えた?」
「教えてない。既に僕たちのことは、リサーチ済みなんだって。怖いよな。写真部って」
「えぇー。ちょっと引くな。それ」
「ゔゔん。それはともかく、本題に入らせて頂きます……」
矢神は、咳払いをした後、僕に欅祭でのベストカップル賞について説明した。
「なるほどね。それで、私たちに、そのコンテストに参加してもらいたいと。音谷は、どうなの?」
「出たくない」
「だよね。というわけだからさ、私たちは」
「ちょっと待って下さい。2人とも、これを見ても断ること、出来ますか?」
矢神は、両手を目一杯横に広げ、僕の会話を遮ると、不適な笑みを浮かべた。
「な、なに⁈ まさか、卑猥な写真で、私たちを脅すつもりか!?」
矢神は、深いため息をつくと、呆れた顔で言う。
「あなたもですか、音谷さん。先ほど角丸さんにも言いましたが、僕は、あなた方が思い描くような卑猥なことは、何も考えていませんよ」
音谷よ。お前も、何か変な想像をしたのか。
最近、一緒にいることが増えたせいで、思考が似てきたってことなのかな?
「だったら、いったい……」
「ふふふ。これからお見せするものは、きっと、あなた方が泣いて喜び、コンテストへの参加を即決してしまうと、僕は思っていますよ」
「も、もったえぶらずに、早くみせろ」
業を煮やした音谷が、矢神を睨む。
「いいでしょう。これです!」
「「こ、これは!」」
僕と音谷は、矢神の差し出した1枚のチケットを覗き込み、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「す、好きなラノベ、50冊プレゼント券、だと⁉︎」
「ええ、末端価格にして、約4万円相当。我々写真部としてもかなり奮発してます」
「クッ。私たちが、ラノベ好きだという、そんなプライベートな情報までリサーチ済とは……恐るべし写真部!」
「我々もそれだけ、採算が取れる……ゔゔん、本気、だということです。お分かりいただけましたか?」
「矢神くん。君の誠意は十分に伝わった。だが、コンテストへの参加については、もう少し考えさせてほしい。な? 音谷さん」
「そ、そうだね」
「分かりました。返答は来週に持ち越しましょう。良きお返事をお待ちしておりますよ。それでは、失礼します」
さすが音谷だ。僕だけだったら、即決していたところだった。
「……角丸。後で50冊の山分けを話し合うぞ」
音谷は、そういうと、100均に入って行った。
……って、音谷。それってもう、参加する事、前提になってないか?
「この容器、可愛い。あ! このラッピングもいいな。角丸、これはどうかな?」
「うん。いいと思う。けど、音谷。ちょっと入れすぎじゃないかな?」
「あ……」
音谷の持つカゴは、次から次へとポンポンと入れた商品で、既にいっぱいになっていた。
「角丸、ちょっと待っててほしい」
そういうと、音谷は、ああでもない、こうでもないと、独り言を呟きながら、カゴの中身を整理し、商品を戻していった。
「もう、これ以上は減らせないな」
「厳選できた?」
「うん。待たせたな。それじゃ行こう」
レジを待つ列に並ぶ音谷の横顔は、何だか楽しそうに見える。
「音谷って、お菓子作り、本当に好きなんだね」
「うん。でも、好きになったのは、最近。化学部に入ってからだ」
「そうなんだ」
「家でもたまに作ってたけど、好きってほどじゃなかった。化学部入って、桜花部長に無理矢理リクエストされて……最初の頃は正直嫌だった。けど、美味しいって言ってくれて、喜んでくれる部長見てたら、何だか嬉しくて、そしたら、だんだんお菓子作るの楽しくなってきて、部長からのリクエストが楽しみになっていった」
「そっか。なんだかんだで桜花先輩の影響なんだね」
「うん。今だから言えるけど、部長には感謝してる」
そんな会話をしているうちに、レジの順番が回ってきた。
「お並びのお客様、こちらのレジへどうぞ」
カゴを受け取るなり、手慣れた手つきで、素早く会計を済ませいく店員さん。このレジは、当たりだ。
「お会計は、1650円になります」
「結構、買ったね」
「そ、そうだな」
厳選して減らしたつもりだっただけに、あの顔は、音谷も予想外だったのだろう。
会計を済ませ僕たちは、100均を出た先の通路わきで一旦足を止めた。
「もう、13時だって。音谷、昼ごはんはどうする?」
「買い物終わったら、帰るつもりだったから、特に考えてなかった」
「そっか。なら、ここで解散にする?」
「……いや、さっきのラノベ山分けの話しもしたいし、ここで食べていかないか?」
「それじゃ、フードコートでいい?」
「うん。どこでもいい」
「なら、ナックでいいか」
僕たちは、フードコートに移動すると、ナクドナルドで、ハンバーガーのセットを購入し、席についた。
「どうしたの? 音谷。食べないの?」
瞳を輝かせつつも、オドオドと小刻みに震えながら、ハンバーガーを見つめる音谷。
「ハ、ハンバーガー。初めて食べる」
「マジで!?」
そうか。すっかり忘れてたけど、音谷って、お嬢様だったんだよな。お嬢様の中には、ファーストフードを食べたことがない子がいるという、都市伝説的な話は聞いたことあるけど、まさか、ここにいたとは。
「か、角丸。これは……どうやって、食べたらいい?」
「お嬢様。ハンバーガーは、こうやって包み紙をめくり……一気にパクっと! んーおいひい!」
「な、なるほど。それはそうと、角丸。お嬢様はやめろ」
緊張してるみたいだから、スルーされるかと思って、ちょっとふざけてみたけど、ちゃんと聞こえてたか。
「さ、食べてみて」
「う、うん」
音谷は、ハンバーガーを抱えた両手をプルプルと震わせながら、それを口元に運ぶと、目をつむり、勢いよくハンバーガーにかぶりついた。
「お、おいひい! これが、ハンバーガー!」
「ほら、ハンバーガーを口に入れたら、コーラで流し込む」
「コーラで⁈」
僕に言われた通り、ストローをくわえ、コーラを吸い込む音谷。
「わっ! な、なに? このシュワシュワするの⁈」
「何って、炭酸だろ?」
「炭酸? 炭酸って、H2CO3の?」
「へ? あーうん。たぶん、それ」
今のって、たぶん化学式、だよな? さすが化学部だ。
「ほへぇ。コーラ……美味しい」
「まさか、コーラも初めて?」
音谷は、キラキラと眼を輝かせながら頷いた。
そういえば、この間のカラオケもウーロン茶だったし、コーラが、いや、炭酸が初めてってのも、本当なんだろうな。
「それじゃ、フライドポテトも?」
「ここのは、初めて。フライドポテト自体は、レストランや家で食べるハンバーグとかの付け添えで、食べたことある」
「ハハ……なるほどね」
音谷は、無我夢中でハンバーガーを食べ終えると、唇の左端についたケチャップを、紙ナプキンで上品に拭った。
「角丸。ハンバーガーって、美味しいな。また一緒に食べてもいいか?」
「もちろん。また食べよう」
音谷の嬉しそうな笑顔に、なんだか心の内が暖かくなるのを感じた。誰かとハンバーガーを一緒に食べて、こんなほっこりとした気分になったのは、初めてかもしれない。
「さてと、角丸。ラノベ山分けの話だが……」
音谷の顔に、先ほどまでの笑顔はなく、真剣な眼差しで、僕の顔を凝視する。
「私が40冊で、角丸が10冊」
「いや、それはズルいぞ。さすがに、その条件は飲めない」
「ふふふ。想定済の回答だな。ならば! 私が30冊で、角丸が20冊。どうだ?」
「それも無理だ……って、普通に半々の25冊ずつでよくないか?」
「……仕方ない」
いやいや、音谷よ。なぜ、半々以外の交渉が成立すると思った? まぁ、ぶっちゃけ僕としては、音谷が40冊で、僕が10冊でもかまわないんだけど、問題は、そこじゃなくないか?
「あのさ、音谷」
「なんだ?」
「山分けの話は、いいとして。そもそもコンテストに参加する前提になってるみたいだけど、いいの?」
「うぇ⁈ そ、そう言われてみれば……」
まさか、そこ、気づいてなかったのか?
「けど、あの提案を断るのは、正直惜しい」
「僕もそう思う。だって、読みたいラノベたくさんあるからね」
音谷も同感のようで、深く頷いた。
「それじゃ、写真部には、コンテストに参加するって、答えちゃっていいのかな?」
「そ、そうだな。来週、私から伝えておく」
そう言うと、音谷は、箱の底に見つけたラス1のポテトを、満面の笑みで口に運んだ。




