第21話「王様ゲームの結末」
ごくり。
僕と、美馬さんが、固唾を飲み凝視する中、音谷の、正確には僕の唇が、大鷲さんの唇に到達するまで残り1cmをきった。
もしも、キスが成立すれば、僕的には、間接キスだと思っているが、周知の事実としては、僕と大鷲さんがキスをしたことになる。
残り8mm。見る角度によっては、既にキスしているように見えなくもない。
残り5mm。めちゃくちゃ震えながら、超スローペースで、距離を刻む音谷。その緊張、わかる、わかるぞ!
残り3mm。僕の唇が、大鷲さんの唇を捉え……ることなく、スルー。
バタリ。
「へ? ……カッくん!?」
音谷は、大鷲さんの太ももにダイブ。
「カッくん! 大丈夫!?」
あまりの緊張から、音谷は、白目をむくほど見事なまでの気絶を披露。
「うん。息はちゃんとしてるから、大丈夫そう」
慌てて駆け寄り、音谷の呼吸を確かめた美馬さんが、ホッとした顔で言った。
「よかったぁ。カッくんが死んじゃったら、どうしようかと思ったよ」
「あやちゃん、それは大袈裟だよ。さすがに角丸くんだって、それくらいじゃ死なないよ?」
美馬さん、今、サラッと言ったけど、僕のこと、軽くディスってたよね? さすがに角丸くんだってって……僕、そんなひ弱に見えてるの? これでも、1年通して風邪すらほとんどひかないくらいの健康優良児ですよ? よく思い出してみて? ほら、僕、いつもクラスにいたでしょ? ……って、モブ中のモブな陰キャの僕が、美馬さんの記憶にいるだなんて、そんなおこがましい妄想はやめよう。
それにしても、音谷よ。結果、お前はよく頑張った。大健闘だ。もし、大鷲さんとのキスが、成立していたとすれば、それはそれで、凄いことだったけど、気絶したことで、大鷲さんに膝枕をしてもらうという奇跡を起こしたのだから。
「あ、あの。大鷲さん」
「ん? 音ちゃん、どした?」
「その……大鷲さんは、大丈夫? 疲れない?」
「うん。うちは、大丈夫。カッくんが起きるまで、こうしてる」
「……そ、そっか」
くうー出来ることなら、今すぐ入れ替わりよ、戻ってくれ! 出来ることなら、身も心も僕の状態で、大鷲さんのそれを……って、これ以上考えるのはよそう。
「……ん、んん」
「あ! カッくん、気がついた!」
「……ん、ん? 大鷲さん……って、うぇ!?」
目を覚ました音谷は、自分が大鷲さんの太ももに頭を置いていることに気づくと、もの凄い勢いで飛び起き、土下座の姿勢をとった。
「おおお、大鷲さん! ごごご、ごめんなさい!」
「ちょっと、カッくん! 大丈夫だって。うち何も気にしてないから」
「ななな、何でこんなことに?」
「何でって、カッくん。うちと、あと少しでキスってとこで、気絶しちゃったじゃん」
「ふぇ? それは、だって、キ、キスなんてしたことないから、緊張して……」
「落ちちゃったんだね。そっか、あそこでキスしてたら、うち、カッくんのファーストキス奪うことになってたのか」
大鷲さんは、悪い顔で、ニヤリと笑った。
「でも、ある意味よかったよ。カッくんが気絶してくれて」
「え? な、何で?」
「だって、うちが、あんな形でカッくんのファーストキス奪ってたら、なんか、ごめんって思うじゃん? 自分からキスを指示しておいてなんだけどさ。でも、まさか、キスしたことないとはねぇ」
「……」
うん。音谷が言葉を失う気持ち、よくわかる。逆に、大鷲さんが、僕がキスしたことあると思ってたことの方が驚きだよ。モブ陰キャの僕たちが、キスしたことあるわけがない。
「でも、なんか、安心した。カッくんは、カッくんだったんだなって」
「あやちゃん、それ、どういう意味?」
美馬さんも、やっぱりそう思った? 僕もどういう意味か、わからなかったよ。
「さぁね。うちにもよくわからない」
「なにそれー。変なあやちゃん」
「よーし! 仕切り直しだぁ! 歌うよー!」
大鷲さんは、にっこり微笑むと、マイクを手に取り、ソファーの上に立った。
ところで、音谷。いつまで土下座してるのかな? いい加減、頭あげていいと思うぞ?
それから、19時までのフリータイムギリギリまで、歌い続けた僕たち。主に大鷲さんがマイクを握り、美馬さんは、追加につぐ、追加注文で運ばれてきた食べものを口にする合間に歌い、僕や音谷も、それなりに歌った。
「はぁ、今日のカラオケは、一段と楽しかったね。ついつい食が進んじゃったよ」
「そういや、ほのちゃん。めっちゃ食べてたね。それにしても、カッくんも、音ちゃんも、歌、上手かったよね」
「うんうん。2人とも上手かったし、良い声してた!」
「そ! カッくんイケボだし、音ちゃん可愛いし、うちの濁声と違って、ほんと羨ましいわ」
歌が上手いだとか、声がいいだなんて、褒められたことのない僕と音谷は、思わず頬を赤らめ照れてしまった。
って、音谷よ。内股で、もじもじするはやめてくれ!
「そんじゃ、ほのちゃん、カッくん、音ちゃん。また来週ね」
「うん。また来週。学校でね。みんな、バイバーイ!」
ぎこちなく手を振りながら、小声で、バイバイを口にする音谷の横で、僕も、また来週と、同じく小さな声で言い、手を振った。
家路につき、そろそろ寝ようかとベットに潜り込んだ23時。RUINが鳴った。
――角丸、まだ起きてる?――
音谷からだった。
――起きてるよ。どうしたの? 何かあった?――
――美馬さんを部活に勧誘する話、忘れてないだろうな?――
――忘れてないよ――
もちろん、忘れていた。
――明日、買出しに行きたいから、お前も付き合え――
買出し? あー、なんとなく思い出してきたぞ。美馬さんを勧誘するための、お菓子作りをするんだったよな。
――美馬さん勧誘の、お菓子作りの材料調達だね?――
――そうだ。ウオンモール、駅側の入り口前、10時集合――
――了解――
僕が返信した後、猫のようなキャラクターがぺこりとお辞儀をするスタンプが送られて来たのを最後に、音谷からのRUINは止まった。
翌朝9時45分。僕は、音谷の指定したウオンモールの駅側入り口前に立っていた。
音谷は、まだ……と思った矢先、駅の改札を出る音谷の姿が目に映った。
「おはよう。角丸、早いな」
「おはよう。そういう音谷もね」
「まだ、ウオンが開くまで少し時間がある。見せたいものもあるし、ちょっとそこで、時間をつぶそう」
僕たちは、海外から進出してきたオシャレなコーヒーショップ、ムーンバックスコーヒーに入ると、アイスコーヒーをたのみ、席についた。
「お、音谷。さっき、なんか注文手慣れてた気がしたんだけど、よく来るの?」
「よくは来ない。けど、たまに親と来る」
あー、なるほど。たしかに音谷家なら、こういう店に来ていてもおかしくないよね。
「角丸、これを見てくれ。お前の意見を聞きたい」
音谷は、テーブルの上に、1枚のルーズリーフを置いた。
そこには、クッキーやケーキなどのお菓子の名前がずらりと書き込まれている。
「これは、お菓子のリスト?」
「うん。私が作れるお菓子を書き出してみた」
「音谷、すごいね。こんなにレパートリーあるんだ」
「ま、まぁ。部長にいろいろリクエストされてきたからな」
「桜花先輩って、甘いお菓子好きなんだね」
「うん。生徒会長やってる手前、お菓子全般嫌いなことになってるが、本当は、めちゃくちゃ甘いお菓子が好き。でも、角丸。他言は絶対に無用だぞ? もし、この情報を誰かに漏らしたりしたら……タダでは済まないからな」
「お、桜花先輩って、そんなに怖いの?」
「……そう、だな」
何その含みを持たせた笑み。どんな怖さがあるのか、結局わからなかったけど、とにかく桜花先輩を怒らせてはいけない、とだけは、頭の片隅に入れておこう。
「わ、私としては、このガレットあたりがよさそうだと思うのだが、角丸は、どう思う?」
「うーん……たしかに、ガレット、いいと思う。けど、僕的には、このフロランタンってのが、気になるかな」
「フロランタンか……たしかにあれは、インパクトあるな。部長も喜んでたし」
「美馬さんなら、飛びつきそうじゃない?」
「うん。私もそう思う。なら、これでいこう。お、角丸。10時をすぎた。材料を買いに行こう」
僕たちは、ケルディコーヒーやお菓子のむらおか、ウオンの製菓コーナーを巡り、フロランタン作りに必要な材料を一通り揃えると、それを入れる容器やラッピングを調達するために、100均に向かった。
「なぁ、音谷」
「なんだ?」
「なんか、さっきから、視線を感じないか?」
「角丸も、感じてたか」
「やっぱり、音谷も?」
「うん。今は、あの柱の影から感じる」
「だよね」
「ちょっと私、後ろから回って確かめてくる。角丸は、ここで、囮になって、気を引いておいてくれ」
「そんな、危ないよ。なら、僕がいくよ」
「何言ってる。こういう時は、男が行った方がいいだろ」
言われてみれば、たしかにそうだ。音谷の姿をした僕が行くよりも、僕の姿をした音谷が行く方がいい。
「そ、そっか。ならお願いするよ。でも、くれぐれも無茶はするなよ」
音谷は、小さくグーサインを僕に向けると、トイレに向かうふりをし、視線を感じる柱の裏へ向かった。
すると、そこには、柱の影から、僕の方にカメラを向ける怪しい人影が見えた。
「だ、誰だ!」
「ワッ! 驚いた。びっくりさせないでくれよ」
「それは、こっちのセリフだ。ん? お前は、どっかで見たことある。たしか同じ学校の」
「矢神。写真部の矢神健太」
「そうだ。写真部の矢神だ。で、なんで写真部が、こんなところでコソコソと、何をやってるんだ?」
「君たち、最近校内でちょっと話題になってるの、知ってる? 理科室でイチャついてるカップルがいるってウワサを聞いてね。昼休みに行ってみたら、ほら、これ」
矢神は、僕たちが、理科室に入っていくところと、出て来るところを撮った写真を見せてきた。
「残念だけど、僕ら、君が思ってるような関係じゃないけど」
「というと、2人は、付き合ってないと?」
「うん。付き合ってない」
「そうですか。でも、そんな事は、どっちだっていいんですよ。2人が付き合ってようが、付き合ってなかろうが。カップルに見えさえすれば、それでいい。なので、ひとつ。交渉しませんか?」
「こ、交渉!? まさか、バラされたくなかったら、俺の言うことをきけ的なアレか!? クッ、写真部め。なんて卑劣な……とはいえ、ラノベでもみたことあるこの展開! た、たぎる!」
「あ、あの。何か、誤解されてませんか?」




