【フェーズ3】
◇◇◇ 講堂には大学二年生
中学も高校も隣の席。だから大学も隣の席に座れるように勉強を頑張ったの。
死ぬほど頑張ったわ。引くほど頑張ったのよ。
ふふふ、おまじないを叶えるには努力も気合も必要なのよ!
「良く、この『加藤第二工科大学』に入れたなぁ。感心しちゃうわ、自分自身にね」
「美瑠さん、僕が家庭教師として努力したからだよ。君の学力じゃ、この御簾市の加藤第二工、略してミスカトニク大は厳しかった。感謝してくれ給え」
「ふふふ、眠音くん、ありがとね」
というわけで、同じ大学、同じ講義、いつも隣の席の男の子は継続中。
でも、入学早々風邪を引いたらしく、今日は風邪でお休みと連絡があった。
「心配ね。暇だしお見舞いでも行こうかな……」
何度か眠音くんの実家には行ったことがある。
あのベッドで寝てるのかな。アイスでも買ってやるか。
ちなみにお付き合いはしていない。仲の良い友達関係は続いている。
「まさか私の約束を守り続けているのかな……」
独り言もアンニュイよ。
少しだけ頬が火照るのが分かる。
すると、銃を持った三人組が入ってきた。悲鳴が響き渡る。
「全員消しゴムを出せ!」
「消しゴムの蓋を取れ!」
何これ? 何の夢? 悪夢なの?
私はリア充なのよ。テロリストの襲撃なんて厨二な妄想はもうしてないわ!
その時、近づいてきた男が目出し帽を取った。何故か松田だった。
えっ、妄想? 夢? えーーっ、現実なの!
銃を突きつけて消しゴムを奪っていく。
「貴様が持っている秘匿情報をやっと入手できた! 遂に『消しゴムの蓋』を入手したぞ!」
どれだけ暇なのよ!
どれだけ根に持ってるのよ!
違う、何かに気付いている!
「だめよ、好きな人の名前しか書いてないわ!」
ニヤリとする松田。
「なになに、秘密の言葉は『いあ、いあ、んぐああ、んんがい……』、ははは、これが世界の秘密だーー!」
「流れ読めよ! 三回目だろ! このバカーーー!」
ずどん。
その瞬間、世界の半分が消滅した。
「終わりよ。ヨグソトースが顕現するわ。第十四次元のパラレルワールド七六〇二の消滅は知らないの?」
「なんだと、我々は十二次元までしか観測できていない……貴様、何者だ」
「私は全てを観測するだけ。でも、この世界はもう終わる。もう会えない。もう行かなきゃ……って、もしやこの流れは…………あっ」
「ぎゃーーーー」
またも人じゃない悲鳴が響き渡る。
うそーん、ヨグソトースの気配が消える。世界の破滅が止まる。
「誰も何者なのか、物質なのか精神なのか、有るのか無いのか、分からないもの。だから無いと決めつけた。ヨグソトースなど存在しないと決めつけた」
マスクをしてドテラを着た眠音くんがそこに立っていた。既に気絶した松田から消しゴムの蓋を取り返してくれている。
「えーーーっ!」
「守ったよ」
眠音くんが笑っている。
「それだけ?」
「そう。概念だから消えるよ」
「また……守ってくれたの」
「守ったよ」
「なぜ?」
「ま、守るっていったから」
「ねぇ、それだけ?」
私が問い詰めるとあからさまに挙動不審になった。顔も更に赤くなる。
世界の半分が壊れ、その残った半分ももうメチャクチャだ。そんな世界の終わりの中、二人で見つめ合って会話を続ける。
大事な話。それは秘密の話。
「そ、そ、そそれだ……」
「あなたも秘密にしてることあるでしょ?」
「えええええ」
「多分、分かった。私が秘密を守るからダメなの。あなたも秘密を守ってるからダメなの」
「えええええええ」
「ほら、あなたの持っている消しゴムの蓋の裏を見て」
ボロボロの消しゴムの蓋の裏には「足利逸人」と足の速そうな名前が書かれていた。
「あっ……僕の名前……じゃない!」
ぱりん。
何かにヒビが入る音がした。
でも、そんな音を気にせずに、びっくり顔でこちらを見つめてる。
うぅ、その件は申し訳なく思うわ。だってクラスで流行ってるからやっただけ。叶おうが叶わなかろうが、本当にどっちでも良い願い……じゃない!
そう。決して叶って欲しくなかった願い。
「しょうがないじゃない! 足が速い子は小学生にはカッコよく見えるものよ。だから適当に、書いたの」
「そ、そうなんだ……」
怪訝そうな顔をした眠音くん。私は目を合わせたまま、そっと呟く。
「願いが叶えば私は次の世界に移る法則。だから叶わない願いを……叶える必要のない願いをおまじないにした」
「そ、そうなんだ……」
「秘密がバレれば世界は壊れる。秘密が叶えばこの世界からサヨウナラ。だから……分かったの。秘密を守って自分の言葉でバラさなきゃダメ」
「じゃあ美瑠さんの秘密を教えてくれるの?」
「まずは眠音くん、あなたの秘密。あなたは私が好き。それがあなたの秘密、でしょ?」
「あっ……」
ばりん。
刹那に世界にヒビが入る。
「そして、私は観測者。この世界を観測する。この世界が壊れたら別の世界を観測する。それが私の役割。これが私の秘密」
ばりん。
ヒビが大きくなる。世界に見えていたものがひび割れていく。
「そして、最後の秘密。私もあなたが好き。これで私は観測者失格。もうこの世界の住人よ。だからこんなことは終わり」
ぱりん!
甲高いガラスが割れるような音と共に世界が壊れた。今まで世界そのものに見えたものは鏡に映るだけの世界だった。世界の全ては鏡が割れるように崩れ落ちていく。すぐに二人の立つ床にもヒビが入った。
私は両手を広げて叫ぶ。
「守ってよ!」
「もちろん!」
眠音くんが私に強く抱きついた。
その瞬間、二人は何処かに落ちていった。そして私は安心しながら目を瞑る。
もう、どうなっても良いわ。