第弐話 家族との出会い
2025/02/04 編集済み
気づいたら太陽に照らされていた。
風がそよそよと、草がわらわらと、自然を感じられる。
「目覚めましたか?」
声がした方に振り向くと、瑠璃色の瞳と髪の持ち主がいた。
「まだ声は出ないと思いますから、無理をせず頷いてください」
ヘソ天のような体勢で目覚めた私は、彼の声に頷き体を正す。
「状況を軽く説明しましょう。私はセイ。貴女と同じ龍族です」
セイという人物は、耳が尖っていて、瑠璃色の角が生えていた。
「この姿は『龍人』と呼ばれる、龍族が人化した姿です。貴女は現在『ドラゴン』と呼ばれる、龍族本来の姿です。綺麗な水色ですね」
自分の体を見れば、確かに白縹色のドラゴンという見た目だった。
とがった爪、ところどころにある柔らかそうな鱗、少し長くて太い尻尾。
「そしてここは、龍族が治める多種族国家『龍皇国』の原っぱです」
周りをよく見渡せば、柔らかい芝生がずっと続いている。
少し整備されすぎていて違和感を覚える。
「パトロールしていたら、原っぱで寝ている貴女を見つけたので、声をかけさせていただきました」
それはご迷惑をおかけしました。
もう平気とアピールして、立ち去ろうとする。
「おっと。駄目ですよ。……見たところ20歳くらいの赤ん坊のようですし、その年頃はまだ満足に歩けないはず」
セイさ……セイに抱っこされる。
「う~ん。水色の龍族は付近の区域にはいませんし、キラキラと光る瞳は聖霊様に愛されている証拠。……重圧に耐えきれなくて、捨てられてしまったのでしょうか」
違うよ。
どこにも家族はいない。
首を横に振って、セイの言葉を否定しても、うまく伝わらないようだ。
「父上に報告するべきか。……今後のこともありますし、一度英明な父のもとへ来ていただけませんか?」
自分の父親のことを『父上』と呼んでいた。
少し位の高い家の生まれなのだろうか。
でも、これから一人で彷徨ってもすることがないし、任せるのもありかな。
こくり。と頷き、セイに身を任せる。
左腕に抱えられ歩きだした。
温かい体温に目が重くなる――。
「ただいまです。……少々お時間よろしいですか? 父上」
セイの家に着いた。
いつの間にか軽く眠っていたようだ。
「おかえり。要件は、腕に抱えたその子かな?」
どうやらセイの父親はいい人なようだ。
しっかりと息子の挨拶を返してくれて、読んでいた紙から目を離して、こちらをしっかりと見てくれる。
明るい青みがかった灰色の瞳と少し巻きがある髪、角の生えた龍人の姿で。
「はい。第4区画北東方面にある原っぱに一人でいまして、迷子かと思い連れてきました」
「そうか……。君、少し質問をしてもいいかな? 答えられなかったら、首を横に振ってくれても構わない。まず、名前はあるかい?」
ううん。ない。と首を横に振る。
そもそもプレイヤー名が設定できないというか、メニュー画面がない。
ログアウトしないけど、する方法もわからない。
「ふむ。ちなみに私はカイという。……君にご家族はいるかい?」
ううん。いない。先程と同じように首を振る。
そもそも地球の世界で家族はいたけど、家族なんて認めたくもない。
だからどこの世界にも家族はいない。
「そうか……。セイ、青の龍族と白の龍族が結ばれた事例はあるか?」
「はい。ですが、水色の子が生まれたとの報告は受けていません」
「……さすがに20年も隠し通せるほどこの国は広くない。捨て子の可能性はないだろう」
「迷子でも捨て子でもない……。どうしますか?」
え? 殺されるの?
そう思ったけれど、二人とも悩んで沈黙しているだけ。
セイに至っては悩みながら私の頭を撫でている。
無意識なのか?
「妻にも相談してくる」
「はい」
奥の部屋に行ったカイさんがいなくなったこの部屋は、先程よりもだいぶ広く感じられた。
セイに喉が乾いてないか聞かれた。
そう言われると、少し水分が欲しいような気もする。
頷くと、目の前に水の塊が出された。
魔法か魔術かで出してくれたのだろうか。
ミネラルウォーターよりも美味しいとゴクゴク飲んでいると、カイさんとともに奥さんらしき龍人が帰ってきた。
竜胆色の瞳と、ストレートな長髪、角がついている。
「おや、水を飲ませていたんだね。美味しいかい?」
コクコク。と何度も頷いていると、カイさんに頭を撫でられた。
「妻とも話し合ったんだが、私たちの家で暮らさないかい? まだ信用できないだろうから……嫌ならまた別の方法を一緒に考えよう」
…………前と違って選べる家族。
セイは今のところいい人で、カイさんもそう。奥さんはまだわからないけど、小さく微笑んでくれている。
大丈夫。
この人たちは大丈夫。
「ありがとう、頷いてくれて。……改めて自己紹介をしよう。私はカイ。1220歳だ。国を支える仕事をしている。……そして妻のリン」
「はじめまして。リンよ。年齢はカイと同じ1220歳で、カイの補佐を仕事としているわ」
「私はセイ。年齢は220歳で、両親と同じ国を支える仕事の見習いをしています」
私は確かに20代で、龍族のこの体にその年齢が反映されていると思っていたんだけど、もしかして違う?
1000歳を有に超える種族みたいだし。
にしても、中世や大正にあった貴族なのかな?
国を支える仕事って。
これからよろしくお願いします。という意味を込めて頷いた。
「さて、とりあえず便宜上名前を決めないとね。龍族には名付けにしきたりというか『掟』が存在するんだ。〘本人の纏った色に則った名前にしなければならない〙というものがあってね」
鏡を貸してくれて、私は自分の顔と対面する。
左に白緑色、右に白縹色の瞳のオッドアイで、白縹色の肌をしている。
水色の系統である『ミズ』『スイ』
緑色の系統である『ミドリ』『リョク』『ロク』
候補を示される中、ピンときた。
水の読み方の1つである『スイ』と、緑色の別称である『翡翠』から取って『スイ』
水色と緑色の2つが存在するんだ。両方の読み方である『スイ』は良さそう。
『スイ』と読んで立てた指を触る。
「おや。『スイ』という名前が気に入ったかな? では君は今からスイだ。これからよろしくね」
「スイちゃん。良い名前ね。これからよろしく」
「スイ……これから部屋を紹介しましょう。父上、母上、お先に失礼します」
カイさんとリンさんの返事を聞いて、セイはトコトコと2階へ上がる。
「基本的に龍族の住宅は、1階と2階で用途が明確に分けられています。1階は仕事場で、来客のときや緊急の用があったときのために、土足で上がれる仕様となっています。2階は私室で、家族と認めた者以外は入れないように結界が張られています。……スイの部屋はまだ用意出来ていないので、私と一緒の部屋になりますね」
説明を受けながらセイの部屋に入ると、それはとても広かった。
家の内観や、廊下の長さからは考えられないほどの広さ。
空間が広がったのでは? と思うほど物理法則を無視していた。
「ふふっ……びっくりしていますね。……この家は特別で、魔術で空間を歪めて、広く作られているんです」
セイが種明かしをしてくれているけれど、この世界凄いな。
いずれ慣れていくとはいえ、面白い仕組みだなぁ。
「さぁ、そろそろお昼寝の時間です。先程もお昼寝していたようですが、本来はこの時間に寝るのが良いんですよ」
そう言って、ベッドの上に乗せてくれる。
「ここは慣れるまで年中肌寒いですからね。薄い毛布をどうぞ」
ふわふわな毛布を掛けてくれる。
暖かい。
「おやすみなさい。スイ」
――おやすみ。セイ。
「……さて、水の精霊よ。スイ様を見守っていなさい」
ラジャー! とジェスチャーをして、スイ様の周りを漂う水の精霊。
「少し用があるから、頼んだよ」
両親がいる1階へ行く。
「失礼します。……スイ様は安心してお休みになられましたよ」
「そうか。それはよかった。……女神の愛を受けた証であるオッドアイは、とても綺麗だったな」
「えぇ。しかし、魂に陰りが視えましたが」
「あぁ。だが気にする必要はない。いずれ晴れる」
「カイったら……。セイ、彼女をなるべく助けてあげなさい。彼女は愛に飢えているわ」
「わかりました。……それにしてもよく騙せましたね。彼女の本来の役目も、私たちの本当の姿も隠して」
「不信感や不安を抱いている人間ほど、優しく接すれば意外と簡単に緊張が解ける。人心掌握の基本だ」
「そう言って本当は、本心で優しくしていたのでしょう?」
「……こほん。リンにはお見通しってわけか。まぁ、彼女は『女神の愛し子』に選ばれるほどの魂だ。それなりの苦難を経験してきただろう」
「女神は傍観者。故に難題を好む……」
「あぁ。彼女には将来『女神の試練』というものが降りかかるだろう。人によって内容は違うが……突破するしないに関わらず、全員経験しているものだ」
「その情報はどこから?」
「森の賢者だ」
「なるほど。彼の国は確か、過去にも何名かいましたね」
「あぁ。……そして先程も誕生したようだ」
「ということはやはり……」
「その通りだ。女神が本腰を入れ始めた。我が国にも影響はすぐさま出るだろう。――貴族と七龍を集めよ。世界を監視する時だ」
「――はっ!」