彼がばらばらになったのでお出かけは中止です。
フィクションです。多分。
朝、目が覚めると彼がいないことに気が付いた。
正確には存在しているのだが、私の手の中には、彼の目玉だけが握られている状態だ。
彼は私を見ながら瞳孔を開いたり閉じたりしている。
その目で何を見ているのだろうか。
寝起きのボサボサ頭の私を、あまり見てほしくないものだ。
ベッドから起きるときに、とある感触を感じた。
私の足に当たっているのは、彼の右足だ。
彼は力仕事をしていただけに、太く逞しい足をしている。
太い割には脂肪分が少なく、うらやま…いや、太さはいらないな。
その足を横目に、顔を洗うため洗面台に移動した。
洗面台には手が落ちていた。
これは、彼の左手だ。
私は彼の左手を拾い上げ、まだ洗っていない頬に触れさせた。
彼の手が動いているのが分かる。
そう、私は彼の左手が一番好きなのだ。
そして、私はその左手をパジャマのポケットに入れて顔を洗い始めた。
顔を洗い終わってタオルを手探りで探す。
タオルがあるはずの場所に、彼の感触があった。
しっかりとタオルを握っており、私に差し出すつもりだったようだ。
私は、ありがとうとお礼を言いながら右手付きのタオルで顔を拭く。
右手もポケットにねじ込み、睡眠中に溜まった老廃物を吐き出すようにため息をついた。
そうだ、メールのチェックをしないとね。
携帯を片手にトイレに向かう。
勿論、彼の目と手はベッドに置いてきた。
トイレには先客がいて、彼の胃と肝臓が落ちていた。
昨日は少し飲みすぎていたものね。
二日酔いなのだろう、胃液を吐いた跡があった。
私はトイレブラシで軽く掃除をして、彼をトイレから追い出した。
メールをチェックするのは私の日課なのだ。
お客様とはいえ、私のペースを乱すことは許されない。
なぜなら、ここは私の家なのだから。
集めた彼をベッドの上に並べていく。
まだまだ足りないわけで、探すのも面倒だ。
とりあえず家からは出ていないだろう。
右足はここにあるわけだし。
冷蔵庫から飲み物を取り出す。
彼のグラスも用意しておいたが、冷蔵庫の中には彼の…なんだろう?
やけに筋張った…これ、左足か、両腕もある。
そう言えば、筋肉痛がどうとか言っていた。
その冷やし方は良くないと思ったので、タオルにくるんでベッドに置いた。
テーブルにはグラスが二つ。
実はこの風景が好きだったりする。
充実感というか…、なんだろうね。
これで両足と両手、両腕と片方の目、あと一部の臓器が見つかった。
これは、右目かな?
相変わらず瞳孔が開閉している。
あ、そうか、夢を見ているときは目が動いていると聞いたことがあった。
もしかして、まだ寝ているのだろうか。
私は何となく、彼の目に目薬を垂らしてやった。
そうすると、カっと瞳孔を開き、驚いている様子が分かった。
今は見えているのだろうか、私の邪悪な微笑みが。
昨日からリピートで流していたMVがまだ流れていた。
その画面の前には彼の首が鎮座している。
持っていた片目をはめ込み、ベッドに移動させる。
一応起きているようで、何やらもごもご言っていた。
そうか、寝言がうるさいから、口をテープで止めていたんだった。
私は睡眠の邪魔をされることが何よりも嫌いなのだ。
彼は睡眠中の寝言を直そうとはしない。
もうしばらく黙っていてもらおうか。
彼の首を傾け、MVが見えるようにしてあげると、彼は静かになった。
よっぽど気に入ったんだね。
別の部屋から物音が聞こえるから、様子を見に行った。
部屋の真ん中に、彼の体が横たわっているのが見えた。
家で飼っているチワワが一生懸命彼の体をなめている。
彼の体はくねりながら抗っているが、今はチワワの方が有利だ。
私は彼の体に近づき、脇腹を撫でる。
先ほどよりも体をくねらせ、嫌がっているようにも見える。
嫌なら嫌だって言えばいいのに。
あ、そうか、テープで固定しているのだった。
そりゃ仕方ない。
そうして私は彼の脇腹を撫で続けるのであった。
一通り集まった彼を繋ぎ合わせる。
接地面を合わせて包帯を巻いていく。
特殊な包帯で、しばらくすると固まるらしい。
最後に左手をくっつけたところで、彼の口のテープを取ってやった。
だらしなく、力なく、あー、と声を出している彼を見て違和感がある。
分かんないから、もう少し口をテープで塞いでおこう。
何か足りなかったのかな。
実は、今日は彼とお出かけをする約束がある。
私の準備は着々と進んでいるが、彼はベッドに座ったまま動こうとしない。
流石に声をかけて準備を促す。
後10分で出かける予定時刻になっても動こうとしない彼にイライラしてしまう。
少し声を荒げてしまった。
自分のこういうところが嫌いだ。
彼にも彼の言い分があるのだろう。
口のテープをはがすと、あー、と言っている。
本当に何かが足りないらしい。
部屋の中を探してみようか。
テーブルの下からカタツムリのような変なものが2つ見つかった。
あ、これ、鼓膜だよね。
彼の耳にねじ込むと、あー、と言わなくなった。
彼は手を叩き始め、音が聞こえることを確認している様子。
既にお出かけの時間が過ぎているが、もういいや。
小一時間、手を叩き続け、時々手が取れてしまうこともあった。
これはまだ何か足りないのかな。
どうしよう。
映画の時間が迫っている。
チケットを見ながら不安がっている私を他所に、手を叩き続けている。
私は我慢できずに、彼の肩を叩いた。
私の準備は終わっているのに、彼はふざけているのか、準備を始めてくれない。
映画の時間に間に合わなくなりそうだし…。
仕方がないので、私一人で行くことにした。
玄関先にあるブーツを履いていると、変な感触を感じた。
まさか…。
ブーツの中に彼の脳が入っていたのだ。
なんだ、彼は脳無しだったのか。
それを拾い上げて、念のため水洗いをしつつ、彼の頭の中に放り込む。
しばらくすると、彼が振り返り、声をかけてきた。
ありがとう、と。
私はため息をつきながら、映画のチケットをはらりと床に落とした。
映画は次の休みでいいよね。
彼の左手を引っこ抜き、ベッドにダイブする。
出かけていないのに、なんか疲れたなー。
彼の左手は、私の頬を優しく撫でるのであった。
恋人がばらばらになっていたら、どう扱いますか?
私は、一旦気絶すると思います。
そういえば、男性よりも女性の方がグロ体制あるようですね。
余談でしたね。