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秋の桜子の物語集

バイバイ。君はキラキラと薄翡翠色に溶け込んでいた。

作者: 秋の桜子

『トツキトオカ』『アイ』を惜しみなく注ぐこと。最低でも朝と夜の言葉をかけて。


 知っている。そうして私の周りは律儀に守り、トツキトオカ時を縛られ、下僕と化して『彼』、もしくは『彼女』の世話を焼き、教えて慈しんで『アイ』して、アイして、アイして、



 離れている時間は心を痛め、共に過ごす時は夢と希望に染まり、ちゃんと育てているのだけど、私は何時も失敗をしちゃう。最後まで続けられない。小さいときからそうだったな。何でも最初はいい。これでもか!と頑張っちゃう。だけど、


 スキになると途中で飽きちゃう。何でもそう。


 好きなお菓子もコロコロ変わる。

 好きなアイドルも次々と変わる。

 好きなゲームも攻略した事無い。


 学校と仕事だけは続いた。それは『スキ』では無いから。無機質な世界は私にときめきも何ももたらさない。


 義務は良い。果たせば結果になる。そして少しばかりの裕福を与えてくれる。ただ……、それだけ。


 その世界には、ドキドキするかわいい色も、ワクワクする弾ける色も、キリキリする闇色もない、ただそこにある目に見えるゲンジツ色は、感情を揺さぶり高め、頂きからつき落とす事が無い。泥に塗れ恥辱に悶える事も、そこから這い上がる喜びも無い。


 だから飽きないのかもしれない。


 スキになると面倒くさくなりキライになっちゃう。


 コンビニで商品を選んでいる夜。新製品を見つけるとワクワクしちゃう。食べ物だから飽きても実害は無いので、興味あるものはカゴに次々と入れる。カード決済の店内にはお客はチラホラ。スマホで何やら計算しつつ買い物している人もいた。 


 会計を終え、パンパンに膨れたバッグを肩から下げる。シンデレラタイムを越すために過ごす、友人の家に向かう。午前様になれば、部屋へと戻らないといけない事情があるから、ホテルの部屋を取るのは面倒くさかった。


 空には月がぼんやりと三日月。遠くから金木犀の香り。秋の夜更けはいいもの。


 これが吐く息が白くなると、どういうわけか独りでいるのが寂しくなる人が周りに溢れる。夏場に寄り添うのが時に、お互いの体温が暑いなと感じるように、冬本番になると寒さからか、温もりが欲しいとか、人恋しくなるとか話す。


 寒冷地に住む動物達は、お互いの体温を縁に集まりコロニーを形成し寒さを乗り切る。ヒトも便利な世の中になるまではきっと同じ様に、持つ熱でソレを凌いでいたに違いないのだから。その名残を覚えているのだろうか?


 だが今は冷暖房完備、着る物も温かい。何故に人は温もりとやらを探し求めるのだろう。心がそれほど寒いのだろうか。私にはちっともわからない。




 きちんと植えられている街路樹は、もうしばらくするとイルミネーションのライトが絡められる。家路につく人々がまだいる時間、独りブーツをコツコツと鳴らして歩くザラリとした表面の歩道。


 香ばしい匂いに惹かれる。夕食を取っていない私、買い物において最大の敵は空腹。思わぬものも買ってしまうから……、


『人工肉不使用、天然素材!本物の軍鶏肉使用』と張り紙がしてある焼き鳥の店。テイクアウトと書かれた小さな店の窓口には、串の盛り合わせのパックがいくつかあった。


「ひとつ。それからレバーを一本、ここで食べるわ」


 外にはベンチがあり、そこで食べているお客の姿。私も仲間入りと行きたかったが、約束があるのでそうはいかない。紙袋に一本。香ばしいタレのレバーは、焦げ目が程よく、口に含むと呑みたい本能をくすぐった。


 誰も見ない背高のっぽの時計がある。もうすぐ10時。あと2時間で、君のトツキトオカから開放される私。ああ……、やっぱりスキになると無理ね。噛み締めながら見上げた空のお月さま。


 三日月がシュルリと反らして浮かぶ。誰も乗らない揺り籠みたいにポツンとユラリと浮かんでいた。





「もう!また放ったらかしにしてたんでしょう。『マサヤン』も高いんだから勿体なくない?」


 親友の由香の部屋に転がり込んだ私。今宵は私の『マサヤン』のトツキトオカ目の夜。ちゃんと育っていれば、今頃浴槽で形になってるんだけど……。私は胸をときめかせて、一人前の身体を持つ男に育った君を待っていたと思うんだけど。


 きっとシャンパンを用意していた。

 きっと似合う服も選んでいただろう。

 きっと名前を考え決めていただろう。


 人工生命体である君とは、繁殖どうのこうのはないけれど、家に変えれば君がいて、迎えてくれて、教え込んだスキルを使い、家事全般をこなしてくれて、話し相手となる。ただそれだけの存在だけど。


 ちっぽけな平和なままごと世界に浸れたと思う。


 しかし仕事が忙しく、初めは何時もの様に良かったけど、だんだんと面倒くさくなり、話しかける事すらしなくなり。放置をした。今回も失敗してしまった。


「ダーリン。グラスに注いで」


 由香は彼女がトツキトオカ、愛情をたっぷり注ぎ育て上げた、彼女の『マサヤン』こと『グリーンヒューマン』に甘く話しかける。完成なる人の手により産み出された存在の生物。球根の水栽培の様に育てるイキモノ。ちなみに女子種は『マサッチ』という商品名。


「……、高いのは最初だけ、育成装置(エッグビーカー)一式込みだもん。『種』だけだとそんなに高くないもん、それに私に値段は関係ない」


 持ち込んだ缶ビールをブシュと開ける。アルミ缶の表面には水滴。冷えた細かなアルコールが、気体となり外に出る。鼻孔に入り込み喉がソレを欲している。そのままにグビッと一口。合間に買った盛り合わせのネギマを食べる。


 もも肉のころりした食感。ネギのぬるりとした甘い味。美味しい。確かに本物。今度店に行ってみようかなと思いつつ口の中で咀嚼すると、琥珀色の液体で流し込む。


 酒とこれがあれば、他にはなんにも要らないなと気がつく瞬間。


「ああ、そうだったね、開発者の先生様、で?ほっといていいの?」


『ダーリン』にトトト、とグラスに注いで貰いながら由香は私に聞いてくる。彼は彼女が欲しいなぁと言っていたイケメン執事そのもの。良くもまぁ、ここまで育て上げたと思うわ。


「うん、今回は2ヶ月で放置かな?言葉覚える前だったよ。だからギャァギャァ喚くだけだし、うるさいったらありゃしない。トツキトオカしか、ビーカーの中は持たないし、割れちゃうでしょ、もうそろそろだから浴槽に入れてきた」


 ひっどおい!と笑う由香。仕方ないしと答える私。


「うーん、言葉を覚えるのをなんとか遅く出来ないかな、三ヶ月すると片言、4ヶ月で喋る。その頃に放置すると罵詈雑言吐くんだよね、あの時は困った。だからしばらく研究所で泊まり込んだ。トツキトオカの日にあわてて戻って浴槽行き、でないと階下に漏れちゃったら大変、そこも改良したいけど、干物になるとかならないかな、後は殻の強度を高めて防音と遮断」


「ひ!干物!ええ!信じられない!可愛そうだと思わないの?それに防音と遮断反対!あの中で育つ過程がかわいいんだからあ、ウフフ」


「はい?かわいい?どこが?人工生命体だよ。合成の。ヒトの形はしているそれだけ。育成中に教えこむ量で、成長後の知能が決まる。育て主には絶対服従、バーチャルの存在と変わらないモノだよ、繁殖能力は無い、脆いから外に出ることもできない。家の中でゴロゴロ居るだけの存在」 


 勘違いしちゃ困るな。と思う私。ロボットだとイヤだと評され、人間みたいな柔らかな温もりが欲しい、柔らかな温もりってなんやねん。絶対服従の彼氏や彼女が欲しい。


 独りは寂しいから、ならばリアルで恋するなりすれば良いのに、それに希薄なこの世界は、ソレを拒否しつつ猛烈に求めている。


 金をつぎ込み容姿をリアルに近づけた、『ハイハイワカリマシタロボット』でいいんとちゃうかと、思っている。好みの容姿、気性知識持ちに己で育てたいという、訳のわからんリクエストに、ただ応じた存在なんだけど。


「そ、そうだけど、だけどね、結ばれる事は無いけど……なんか違うよ。私達は、家族よ、そう。ね、ダーリン」


 ダーリン、酷いわよね。ねぇと甘える由香。執事ダーリン君はそんな彼女を優しく慰めていた。はぁ……、疲れるわ。こんな事なら、駅前のビジネスホテルにでも行っときゃよかったかな、と3本目は甘めのカクテル缶に手を伸ばした。




 ……、ストップに停まっている無人走行のタクシーで、家にたどり着く。この時間は電車は終わっているから仕方ない。ドアを開けると灯りがつく。疲れるわ。なんなの?家族ごっこもいい加減にしろと思いつつ、ブーツを脱ぎ捨てる。


 日があるうちはギャァ、ギヤァうるさく、バスルームに向かうときは、オウオウ泣き、ヒョウヒョウと悲鳴を上げていた声は聞こえない。


 何故に失敗するのに育てるのか、そう聞かれれば私が育て上げればどうなるのかと、ただの好奇心としか言いようがない。でも最初は心を踊らせ『アイ』を囁き、種の芽を息吹かせる。種を手にした時はトツキトオカの夢を見る。


 美しく育った『マサヤン』をバスタブに入れる。腕に抱えるほどのソレを見る。シンデレラの鐘の音が鳴り終える頃に不思議な現象が起きる。


 ひび割れた殻からトクトクととめどめなく溢れ出る、薄い翡翠色した溶液。その量はバスタブいっぱい。その中でどんどん出来上がった身体か大きくなる『マサヤン』そして言葉を初めて殻無しで話すのだが……


 その過程にたどり着いたのは一度も無い。研究所での実験段階でもスタッフ達は育てきるのに、私は出来なかったら。


 私は殻の中で、最初に目と目が逢う瞬間がスキ。それだけで私のスキは終わる。だから続かない。アイをめいいっぱいつぎ込む事なんて出来ない。その後はキライでしかない。だけど不思議な事に、キライの中にスキは残っている。


 浴室へと向かう。灯りをつけずとも、淡い緑の光が籠もっている。バスタブには満々とした澄み切った清らかなる液体。キラキラと微粒子が混じり合い光を放っている。


 キラキラは君の涙の結晶。

 この瞬間を見ると愛おしさにあふれる。


 私は今からコレを排水する。それは下水を通り処理場でクリアになる。そして川へと行き海へと進む。そして水蒸気となり天へと昇る。


 雲になり雨粒となり降りそそぎ大地を潤し、植物の糧となる。あるいは浄水場にたどり着き人を潤す。有益な無垢なる存在となる。自由におなりと思う。


「バイバイ」


 私は排水のボタンを押す。ゴポン。ゴボゴボと流れて行く薄翡翠色。


 私はバスタブから君を解き放つ、流れて消える君を見送る。そして最後まで眺めると、明日に備えて寝ようとバスルームをあとにした。


 終。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読しました。 幻想世界と現実世界をふわふわ浮遊する、そんな感覚に陥りました。 焼き鳥とビールは現実。(美味しい大好きです(o^^o))スキになると飽きるとか、現実にありますもの。 でも…
[良い点] もやもやが残るのに透明な読後感。 でも怖い。 主人公がと言うより、これを生み出した社会が。 不思議なお話です。
[一言] なんとも上手く言えません。 こわいような、でも、読んでいて綺麗だなあと思うところもあったり。 感想がまとまりませんが好きですこの作品!
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