第九話
「……ツキが無かったね」
結末を見届けることなく逝ったケイスケを尻目に、メビウスはその場を後にした。差し違えようとケイスケが向けたグロッグは――――――一発目で弾詰まりしていたのである。
「まぁ人の事は言えないか………スモーキンドッグは現れず……警察の小隊には鉢合わせ、奇妙な小男には顔を見られてコケにされた挙句逃げられた、か……ははは………」
メビウスは暫く自嘲的に笑っていたが、段々と笑い声はそのままに、彼女の瞳孔が禍々しい感情をまとって少しずつ開いてゆく。
「・・・・・・」
そして、メビウスは脇に落ちていたケイスケのアサルトライフルを掴むと
「――――チクショウッ!!!」
目を血走らせ、咆哮と共に上へ向けて銃を撃ちまくる。
『ドダダダダダーーッ』
「チクショウ!! コケにしやがってあのブタッ!! グチャグチャにして、タマ引っこ抜いてケツの穴にぶち込んでやるッ!!」
天井を、壁を、跳弾が無数の弾丸が飛び交い、網の目の様な無数の弾道がメビウスの体を掠めながら、室内をメチャクチャに破壊してゆく。
『ダダダダダダダダダァァーー・・・・ン』
「ハァ……ハァ……フフ、ちょっと興奮しちゃった……! まぁいいや……必ず見つけ出してあげるから……!!」
耳鳴りの様な銃声の余韻が残る中、メビウスは撃ち尽くしたライフルを投げ捨てると、悠然とその場を去っていった。
かくして、"筋書き"ではメビウスを退却させる治安警察隊小隊は、ここに壊滅したのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夕方
「はぁ……はぁ……見つけた……"アミュ"だ…! やっぱりあるじゃないか……」
その頃マキタは先ほどの廃墟ビルから遠く離れた、商業ビルの前まで来ていた。居住用にゴテゴテと改築されており、外壁には薄汚れたエアコンの室外機が無数に並んでいる。その"ゴテゴテ"の上から「亜未夢」という、巨大なネオンの看板が張付いていた。
亜未夢。マキタはその場所を良く知っていた。鹿児島県、鹿児島中央駅隣接。屋上に観覧車のある商業施設。
戦勝国の廃棄物投棄で県内の居住区は壊滅。商業施設を無理やり居住スペースに改造し、その後も無計画に増改装を重ね、いつしか混沌と無秩序の権化、亜未夢へと姿を変えたのである。
マキタは亜未夢の中に入ると、錆びついたエスカレーターを階段代わりに上の階へと登ってゆく。中には多くの人間が住んでおり、闇市の様な屋台の集まりから増築の大工まで、皆忙しそうに体を動かし、声を張っている。
「………!」
やがて、マキタは3階で足を止める。ここは富裕層(といってもこの辺りでの、だが)向けに家電製品を扱う階だ。誰も買えない為街頭テレビと化した、ショウウィンドウに並ぶ液晶テレビに人だかりが出来ていた。
「うわぁ……ひっでぇなぁ……全員死んだってよ」
「恐い恐い、あの辺近づかないようにしないと」
「どうせ解放戦線と警察のゴタゴタだろ? ウチらには関係ないっつーの」
「えぇっ……いや、関係ないって事ないと思うけど……」
マキタが人だかりまでやってくると、臨時ニュースが流れていた。小さな液晶テレビがいくつか並び、同じ画面を映している。治安警察の小隊がテロリストと交戦の末―――――
「・・・・・・え?」
マキタは絶句した。先の戦争の英雄、久世隊長率いる治安警察小隊が全員遺体で発見――――
「そ……そんな……そんな馬鹿な……!??」
マキタはその場で腰を抜かして座り込んでしまう。
「メビウスを退けて、一件落着の筈だ……!! 誰も……誰も死なないはずなのに……!!」
その瞬間、猛烈な吐き気が彼を襲い、マキタは吐いてしまった。
「オエェエっ」
「うわぁッ!! 何だよオッサン! きたねぇなぁ!」
「あぁもう! 放っときなよ! どうせ酔っ払いだって」
(俺のせいだ……俺があそこで助けなんか呼んだから……!!)
だが、マキタは同時にある事に気付く。メビウスは本来、ここで手傷を負って退却するのだ。
だが――――展開が変わっている! 自分はメビウスの姿を見ているし、何なら煽ってしまった!!
「来る………! メビウスはきっと、俺を追ってくる……!」
マキタはぼやきながら、逃げる様にその場を離れる。
(とにかく、スモーキンドッグに会わなきゃ……!)
あんな奴まともに相手したら瞬殺されてしまう!というか作中でメビウス勝てるのは、設定上スモーキンドッグを含めても数人しかいないのだ。
この建物、亜未夢の6階……観覧車がある屋上階に、スモーキンドッグのアジトがある!そこで彼に会い、事情を説明して守ってもらう。マキタに残された道は、もうこれしかなかった。