第七話
治安警察の3人はその後、久世が指示を出さずともオフィスのテーブルをバリケード代わりに、互いをサポートできるよう配置に就いていた。
「フゥ……フゥ……」
だがその中で、"魔弾のメビウス"の名前に畏怖していた新米隊員、ケイスケだけ落ち着きがない。手が震えてマガジンを落としてしまう。
「あっ………」
「……恐いか、ケイスケ」
隊長の久世はケイスケに近付くと、マガジンを拾ってやる。
「いえ……自分は恐くなど……」
「構わん。『恐怖を感じない』なんて奴ほど早死にする。恐怖と、どう向き合うかだ」
「……!」
「最強の銃、"グリップ"の話を?」
そう言うと久世はケイスケの横に座り、話始める。まるで食後のコーヒーブレイクの様なリラックスした口ぶりで。
「"グリップ"……? 知らないメーカーです。グロッグや、コルトではなく?」
「………2年前の話だ。その日非番だった俺は、いつも通り娘をスクールバスに乗せて見送った後、家に帰った」
「娘さん、一度お会いしましたよね。とても可愛らしくて……」
「はは、うちの娘が世界一さ。で――――ウチは道路に面したボロマンションの7階でな。帰ってきて外を見ると、送り出したはずのバスがまだそこにいる」
「……?」
「手りゅう弾とライフルを手にした、解放戦線のテロリストだった。ヤツ等のNo2は、よく部下に自爆テロをさせる。俺は本部に狙撃班……丁度ヤマネコだったな。ヤツに出動の要請して、オフィスの引き出しにあった護身用の拳銃を手にマンションを飛び出した」
「………」
「だがテロリストはひどく取り乱していて、いつ自爆してもおかしくなかった。園児達は泣き叫びながらバスの窓にへばりついている。俺の娘も見えたよ。明らかに狙撃を待っては間に合わなかった」
「それで……どうしたんです、隊長は」
「バスは広い道路の真ん中で、隠れて近づく手段はない。正面から撃って出たよ。距離で約15m、相手もアサルトライフルを乱射してきたが、撃ち勝つ自信はあった」
「あった?」
「ははは。弾詰まりしたのさ。安心と信頼のグロッグがね。 死ぬかもしれないし、あの時は俺も恐怖に震えたよ」
「……それで、どうやって……」
「恐怖と向き合い、天秤にかけた。死ぬのは恐かったが、最愛の娘を失う事の方が恐ろしかった」
「……!」
「そこからは夢中だった。テロリストの銃弾は俺の耳を吹っ飛ばしたが、俺はそのまま走って突っ込み、グロッグの持ち手部分を男のこめかみに思い切りぶち込んだ」
「!」
「男は昏倒してバスの外側に倒れ込んだ。手りゅう弾がやつの手を離れ、コロコロと転がっていき――――"ドカン"だ。バス下に隠れた俺のケツには手りゅう弾の破片が突き刺さったが、娘と園児達は無事だった」
「……!」
「それから俺は『最強の銃は?』と聞かれたら、『銃の持ち手』と答えるようにしているのさ」
「はは……!」
「懐かしいな、俺も新米の頃話してもらったよ」
「オチまで、ちょっと長いんだよな」
「ほう? 確かお前、三度のメシより腕立て伏せが好きだったな?」
「あ、いやぁ……」
「ハハハ!」
そう言って笑う他の隊員達。久世は片眉を上げてニヤリと笑うと、"グロッグ"を取り出してケイスケに渡す。
「これって……!?」
「持っておけ新米。"最強の銃"だ」
そして、久世はケイスケの肩をポンと叩き、配置に戻る。そして無線のスイッチを入れ、狙撃手のヤマネコにも聞こえる様に言う。
「さて……今日は屯所の大部屋で、ケイスケの初陣祝いをするぞ。死ぬまで飲むので、全員生きてここを出ること――――命令だ」
「「「了解」」」
「よろしい。では諸君、仕事を始めよう――――」
そして3人はそれぞれ適度に距離を取り、障害物の後ろに入り銃を向け、メビウスが来るであろう扉を睨んだ。