第三話
「マキタ君はさぁ………抵抗してみようとか、思わないの?」
登り始めた廃墟のビルの階段も中ほどまで来た頃、ふいにメビウスが話しかけてきた。
「え……?」
「だって、この階段を登りきれば、キミ確実に死んじゃうよ? “スモーキンドッグ”とこの私に挟まれるんだもの。それならダメ元でも、今抵抗した方が勝算があるとは思わない?」
「あ~~いや、その………」
「フフ………抵抗、できないよねぇ」
「……!」
メビウスは不敵な笑みを浮かべる。スクールカースト頂点の女が、ターゲットのモブをいじめて喜ぶ様に。
「"レミングの行進"の話を?」
「……知りません」
レミングの行進―――――マキタは、本当は知っていた。90~00年代の映画やアニメの流行。
強キャラが小話を挟む演出。
丁度その頃、マキタが自分で考えた演出なのだから。
「レミングは鼠の一種でね。集団移住の習性を持つけれど、まれに群ごと崖から身を投げる事があるの。集団自殺なんて言われているけれど………私は、そうは思わない」
「じゃあ……何故そんな事を?」
マキタは答えを知りつつも、彼女の質問に乗る。
「バカだから。 群れなんて先頭の1匹以外『腹が減った』『交尾したい』とか、ほとんどのレミングはコトしか考えてない。先頭が間違えれば、つられてみんな崖から落ちてしまう」
「………」
「『このまま進んだら、崖に落ちるのでは?』中にはそう思う個体もいるでしょう。でも、次にこう考える。『まだ崖じゃない、そのうちきっと他の誰かが言い出す』」
メビウスは不敵な笑みを浮かべながら続ける。
「結論の先延ばしと責任転嫁。レミングの群れは、突き詰めれば国と同じ。トップが責任をなすり合い『まだ大丈夫』『自分のせいじゃない』と責任を擦り付け合ううちに、この国はまた戦争に負けた」
話を聞きながら、一歩、また一歩と階段を登ってゆくマキタ。
「キミもそう。差し迫る危機に気付いていても、現状を打破する行動を、リスクを冒す挑戦を………『まだ階段の途中』とマキタ君は考える事を拒否して、"崖"に続く階段をダラダラと登るだけ」
「……いや……でも…」
「ほぉーら! 『でも』!!」
「!」
「でもでもでも!! アハハ!! 期待通りのマヌケな反応!」
―――でもでもでも……マキタさんはいつも、そうやって言い訳ばかり―――
「……!」
マキタは唐突にアイコの言葉を思い出した。自分で考えたはずのメビウスのセリフは、先ほど言われたアイコの言葉に良く似ていた。
「ぐっ……くぅ……!」
「あれえ……もしかして泣いてる? あ~あぁ、いい年して恥ずかしいなァ?」
マキタは涙をぐっとこらえる様に下を向いていたが
「ほら。こっちを向いて、その情けない顔を見せなよ……」
「なっ……泣いてなんか」
「”泣き虫”くん」
その時マキタの中で、何かが切れる音がした。
『ブチッ』
「このッ………このッ………誰が泣き虫だオラァッ!!!」
「!?」
挙動不審に手足をバタつかせながら叫ぶマキタに、若干面食らうメビウス。
「え、ちょっ……」
「だぁーれが泣き虫君だって、聞いてんだよ!!どいつもこいつも分かった風な事言いやがってよォ!
オッラァ!! おおん!?」
「いや、えっと」
「いいか! 俺はなぁ!! 毎日終電まで働いて、倒れる様に眠って起きたらまたすぐ会社なんだよ! ブラック企業勤めなの!! それでも土日はファミレスに籠って、休日返上で夢に打ち込んでたんだよ!! それを『言い訳ばかり』とは何ごとだ!! ”泣き虫”とは何ごとだってんだよ!! おおん!?」
「な、何の話を……」
「そう思わねぇかよ……メビウスさんよォ」
「! キミに名乗った記憶はないが……?」
そして、マキタは勝負に出た。この絶体絶命の現状を、打破するために――――