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第二話

「まぁ落ち着いて。座ってください」


確かに机の原稿をよく見ると、アイコのものと思われる赤字での加筆修正がかなり加えられている。


「マキタさん……初めて持ち込みにいらしたの、いつでしたっけ」


「もう5年くらい前です。営業サボって、こっそり持ち込みに来て」


「そうそう、あの頃はサラリーマンでしたね」


「いや、今もですけど……」


「マキタさん、もう30代でしょう? 作家など目指さず、サラリーマンだけに集中した方が良いのでは?」


「えっ!? でもあの、どうしても作家になりたくて………なので、どこを直したらいいか教えて頂けたら……」


「………」


アイコは軽くため息をつくと、原稿のページをパラパラとめくる。


「退廃的文明とテクノロジーにすがる、近未来の日本が舞台のハードボイルド小説――――――

 まず“サイバーパンク”や“ハードボイルド”なんて、今どき流行っていません。どうせ好きなんでしょう?AKIRAとか攻殻機動隊とか」


「なっ……ゴースト・イン・ザ・シェルは名作ですよ!」


「名作だろうが30年以上前の作品挙げる時点でマインド古がすぎる。『売れ専の商業作家とは違うんだぞ~』という安いプライドが、こねくり回した文体から透けて見える」


「でっ……でも、この文体にはこだわりが…」


アイコは少し申し訳なさそうな笑みを浮かべて言う。


「マキタさんのの小説は"硬派気取り"なんです。完璧な読書環境で集中すれば面白い―――というのは商業作品では成立しない。有名なライトノベルは、仕事帰りの電車でぼうっと読んでも面白い」


「!……で、でも!」


「深いところで商業作品を下に見ていませんか? ラッドウィンプスが好きな友達に『メジャー過ぎて僕には合わないなァ』としたり顔でミッシェル・ガン・エレファントのCDを貸した事はありませんか?」


「な……何故そんな具体的な……」


「何ならもっと具体的に言いましょうか。情景描写長すぎ、設定多すぎ、キャラ死ななすぎ、です」


「!? メ……メチャクチャあるじゃないですか! ダメ出し!」


「キャラなんて、全員派手に死ぬくらいで良いんです。美少女の新キャラで補えば問題ない」


「そんなのキャラクターの使い捨てじゃないか!そんなジャンクフード的なキャラの消費ではなく、もっと練り上げて味わい深いキャラを作中で育てることが……」


「男キャラも多すぎです。全員男って(笑)。主要人物は全員女性にしましょう」


「で、でもそんな事したらハードボイルドな作風が!」


「異世界転生の要素も入れましょう。悪役令嬢、パーティ追放、チートetc...ラブコメ的な要素もあると良いですね」


「異世界転生にラブコメ!?そんなの今さらだし、それはもう僕の作品じゃない! もっと硬派な……」


「とにかく修正して、また持ってきてください」


「いや、でも……!」


「……ふふっ………アハハッ」


「……!?」


「『でも』―――――でもでもでもでも、でも。

 フフ……マキタさんはいつも、そうやって言い訳ばかり」


「え……? あっいや……」


「私ね、好きなんです。『自分には才能がある。理解できない世の中が悪い』スタンスを崩せない人が自壊してゆくのを傍で眺めるのが。だから担当編集に()()()()()()()


「なっ……何を……?」


「"硬派な作家"とかいうしょうもないプライドを捨て、死ぬ気で作家になりたいと思っていますか?」


「いやっ……それは……」


アイコは嬉々とした笑みを浮かべるとマキタにより顔を近づけ、耳元でささやく。


「マキタさんはねぇ……命懸けじゃないんです。『作家になれるかもしれない自分』で、満足しちゃってるんです」


「………」


編集者(このしごと)をしていると分かるんです。マキタさんは性根で『自分が正しい』と思い込んで、アドバイスを聞けない人。プライドだけが風船の様に膨れ上がり、中身は空っぽ」


「いや……でも……」


「ほぉら! また『でも』!」


「あっ……!」


―――でもでもでも……マキタさんはいつも、そうやって言い訳ばかり―――


アイコの言葉は、マキタの胸に深く突き刺さった。言い返せない自分の弱さをアイコに見透かされた気がして、マキタはムキになって叫ぶ。


「い…命がけだッ! こっちだって命賭けてやってるんだよッ!」


「あれ……? マキタさん、もしかして泣いてます?」


感情が溢れ、こぼれ落ちていた。


「そ、そんなの今関係ないでしょ!」


「ははは……いい年のオジサンが、恥ずかしいなぁ」


アイコは不敵な笑みをマキタに返すと、もう一度席を立ちドアの方へ歩いていく。


「本当に命を賭けているなら……取材がてらトラックにでも引かれてみては? 異世界転生できるかもしれませんよ」


「なっ……!!」


「さて、今日は"売れっ子の"作家先生と打ち合わせがあるので、これで――――”泣き虫”さん」


そして彼女は小馬鹿にしたような笑みを浮かべると、ゆっくりと扉を開けて部屋を出て行った――――


「”泣き虫”……だと……!!」


アイコの放った言葉は、五寸クギの様にマキタの心にぶち込まれた。

そしてそれはいつまでも、彼の奥底に深く刺さったままだった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






そして、マキタは転生された。

転生された顛末は追って話すとして、とにかく転生されてしまったのだ。

ただし異世界ではなく――――――アイコに持ち込んだ、自分の小説の中に。


それだけじゃない。マキタはある重要な事に気付いていた。


彼の小説に出てくる、主人公と敵対するボスキャラ、メビウスは――――――


マキタはそっと振り返る。


「ほら……振り返っちゃダメ。そのまま歩いて……?」


「あっすいません……」


(何故なんだ…!? 俺の小説のメビウスは……“男”だったはずなのに……!?)





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