第十五話
丁度、同じ頃———————
メビウスはボロボロの廊下が続くマンションの入り口にいた。先程のボディースーツは脱ぎ、ボロボロの作業服にスニーカー。ポニーテールにして帽子を被っている。亜未夢の一般市民と同じ生活着だ。
「………」
彼女は扉のカギを開け電気のスイッチを入れる。数回の点滅ののち白色の蛍光灯がともり、手入れの行き届いた室内を照らし出す。2DKの小さなマンション。部屋の真ん中には小ぶりなテーブルがある。
「ただいま。ごめんね、遅くなって」
そう言うと、メビウスは冷蔵庫を開けるとペットボトルの水を取り出し、やかんにトポトポ注ぐとコンロに乗せて火を点ける。
「でも、またすぐに出かけなくっちゃ……」
そう言って、メビウスはマグカップと子供用の小さなコップをテーブルに置く。そして台所の棚を漁り、クリップで留めた"どうぶつビスケット"のパッケージを取り出しザラザラと皿にあける。
「今日ね。ママ、治安警察のヤツ等と会ったんだよ」
『ピィィィーッ』
けたたましい音を立てるやかんを掬い上げ、メビウスは茶葉を入れた急須にお湯を注ぎこむ。
「え? 勿論全員ぶっ飛ばしたさ。ママ、すっごく強いんだから」
そして、もう一部屋につながる扉を開ける―――――
「メチャクチャにブチ殺してやったよ……少しは、喜んでくれたかな」
扉の向こう―――部屋があるはずのその空間は途中で途切れており、眼下にはゴミに埋もれる街が見渡せた。"まるで爆弾でも落とされたかのように"鉄骨剥き出しで崩落しており、外の風が入ってくる。
「もう少し待っててね……もうすぐ……スモーキンドッグも殺すから………」
そしてメビウスは急須のお茶を子供用のコップに注ぐと、動物ビスケットの皿と一緒にテーブルの対面にそっと置いた。
テーブルの対面側のイスには、クマのぬいぐるみがちょこんと座っていた。右側が、赤黒く変色している。
「そうしたら………ママも、すぐにそっちに行くからね……」
家の壁には、よく見るとメビウスの娘が書いたと思われる絵が沢山貼られている。
子供が書いた稚拙な絵だが、どの絵も母娘が手をつないでニッコリと笑っている。絵のうちの何枚かには、ひらがなで文字も書かれていた。それらはすべて、同じ言葉だった。
『ままが ぶじに せんそうから かえってきますように』
「ごめんね………ママ、いつも傍にいてあげられなくて………ごめんね……」
メビウスはお茶の入ったコップを持ち、肩を震わせていた。扉から入るくすんだ陽の光が逆光となり、彼女の表情をうかがい知る事はできなかった。




