第十四話
一方、その少し前――――
マキタは角を曲がってスバルが見えなくなるのを確認すると、もう一度『Bar Bee』に入る。カウンターでザリガニ丼を食べていたおばばが、むせながら振り返る。
「ゴホッ……まだ開店前……って、なんだぁ? さっきの神サマじゃないか。商売繁盛でも祈ってくれるってのかい?」
「はは……その様子だと、まだ僕は信じてもらえてませんね」
「当たり前だろ! そんなに信じて欲しけりゃ、私の名前を当ててみな。そしたら信じてやるよ」
「名前……ですか、そんなもので良いんですか?」
おばばはニヤリと笑う。
「私も"訳アリ"でね。昔の名は捨ててこの亜未夢に来た。ここじゃあ"おばば"で通ってる。私の本当の名前を知るヤツなんか……」
「秋落恋」
「えっ……なっ……!?」
「田中……秋落恋だ」
「なっ………バカな……そんな……!!」
「ありふれた苗字に対し、ご両親が少しでも目立つ名前にと願いを込めた」
「な……何故、そんな事まで……!?」
「キラキラネームが流行った世代ですよね? 誰も知らないんじゃない、恥ずかしいから言ってないだけです」
「ちょっ……お前さん、やめっ……やめとくれよ!」
「僕の知ってる『バービー』の設定なら、田中さん……アナタ、表向きは占い師だが………実際は闇市を取り仕切る、亜未夢の影の権力者だ。貴方なら何でも手に入る。肉や魚は勿論、拳銃……その気になれば、ロケットランチャーでも」
「アンタ………見かけによらずやるじゃないか……一体どこでそこまでの情報、仕入れたんだか………」
おばばは話しながら、カウンターの下にくくり付けられた、リボルバーの拳銃に手を―――
「伸ばさない方がいいですよ? その、カウンター下のリボルバー」
「・・・・・」
おばばは観念したように、両手を挙げると、カウンターの上に置く。
「……何が望みだい」
「カラースプレーを一本下さい。看板の補修用に赤色の在庫が有る筈だ。あと……調理用の小麦粉を一袋」
「……?? そんなもんで良いのかい?」
「あと、もう一つ……僕に『チェリー』を分けて頂きたい」
「!!? そ、それは……」
「あるでしょう……? 政府が秘匿したい、最凶最悪の人体実験の試薬『チェリー』の廃棄サンプルが……!!」
「………!!」
「お願いします……『チェリー』を、僕に分けてください……!」




