第十一話
スバルが連れてきたのは地下一階のフロア、『Bar Bee』と書かれた小さな店だった。
フードコートの様な区画の一部にペラペラのベニヤ板で壁をこしらえ、個室化している。
「おいおい何だい……ウチは夜からだよ。営業時間を……」
「おばば、私だ」
「! あぁ、何だスバルか。 で……横の、情けないのは誰だい?」
「"ワケあり"だ。飯でも食わせてやろうと思って」
「いや……飯なんか、食べてる場合では……」
しかし、同時にマキタの腹が大きな音を立てる。
『グウゥ~~ッ』
「・・・・」
「ふふ、遠慮することはない。おばば、いつものを頼む」
「はぁ……うちはメシ屋じゃないんだよ! "占いバー"だって、いつも言ってるだろ」
「マキタ、ここのまかない飯が絶品なんだ!」
「……占いバーなのに"まかない飯"が人気だなんて、光栄だねぇ」
そう言って、おばばは厨房に消えてゆく。
「まだ、名乗っていなかったな。私はスバル。亜未夢で情報屋をしている。まぁ、要するに何でも屋だ」
「スバル……さんですか。やっぱり、出てこない名前だ……」
「神サマの作ったはずの、世界にはか?」
「えぇ……まぁ……」
「はは……なら、私を作ったのはきっと別の神サマなんだろうな」
「……!」
別の神サマ。確かにマキタには思い当たる節はあった。メビウスは存在したが、女になっていた。活躍するはずの治安警察小隊は壊滅。少しずつだが、自分の話と異なっている。
「何だい、今日のお客様は神サマってかい?」
厨房で背を向けたまま、おばばが会話に入ってくる。
「あぁ、何でも"スモーキンドッグ"に会いたいらしい」
「フン、マヌケな神サマだね。"スモーキンドッグ"なんか存在しない。どうせお上が解放戦線へのけん制で流したデマさ」
「そんな……でも、確かにいるはずなんだ!」
「ハハハ! 私だって占いやってんだ。その辺の神サマには負けないよ」
「………」
亜未夢は基本的にそのままだが、"スモーキンドッグ"が本来いる場所に住んでいない。そしてこの謎の美女、スバル。自称占い師の『Bar Bee』のママ――――
「………あっ!! ………ここ、もしかして"占い屋バービー"か!?」
そう言って、マキタは店内を見渡す。カウンターの奥には『王大仙』と書かれたピンクのネオンが光り、端の席には方位板やゼイチク(占いに使う細長い棒)、何やら古めかしい本にお香の煙が舞っている。マキタが考えた設定の通りではないか!だが―――
「……それは昔、占い屋一本でやってた時の名前だ。食ってけないんでね。今は『Bar Bee』だよ」
「あの……これから出てくるまかない飯って、丼ですよね?」
「"まかない飯"で豪華な定食出すヤツがいるかい」
「丼の具って、チャーシューとか牛肉とか……じゃ、無いですよね?」
「ははは、そんな訳ない。牛、豚、鶏……肉はどれも高級品だ。戦勝国の連中ならともかく、食べたければ闇市でも行かないと」
スバルが笑って答える。
「やっぱり!じゃあ、まかない飯ってのは……」
「はい、お待ち」
そこに調理を終えたおばばが振り返って、大きな丼をカウンターの上にのせた。
「特製まかない飯――――ザリガニ丼だよ!」




