第一話
はだけたシャツにパンツ一枚、泣き出しそうな表情を浮かべた一人の男。
幾何学模様のように続く螺旋階段の一番下に"気をつけ"の姿勢で突っ立っている。
「………はぁ……はぁ……」
『ジャキッ―――――』
その彼の、へその下あたり。そこにゆっくりとリボルバー拳銃が当てがわれ、柔肌をなめる様に彼の体を下から上へと這ってゆき、やがて喉元へと銃口を突き付けられる。
「マキタくん……だっけ。死にたくなければ早く登ってね?」
リボルバーを手にしているのは一人の女。180センチ近くあるだろうか。ダイナマイトボディに、張り付くようなラテックスのスーツ、艶のある黒髪を後ろで団子状にまとめている。
「はッ………はいぃッ………!」
情けない返事と共に、マキタは女と共にその古びた階段を登り始める。
―――――――俺の名前はマキタトオル。この物語の主人公だ。
今は見ての通り、ほんの少しだけピンチな状況さ。だがこれには訳があって―――――――
「まさか汚染の進んだこの環境で……」
「えっ? あっはい!」
「人がいるなんてね。それも、こんなバカげた格好で」
「あぁ……いや、……これには深い訳が……」
「ちゃんと、私の"弾除け"になってね?」
「!?」
彼女は体中に小径のリボルバー拳銃を提げている。首元には不気味な防塵マスク。
「震えなくて大丈夫。どうせキミ、死ぬから。だからせめて"スモーキンドッグ"の囮として、役に立って死んでほしいなァ?」
「ス……"スモーキンドッグ"……?」
「冥土の土産に教えてあげる。政府御用達且つ、非公認の殺し屋。政府打倒をもくろむレジスタンスを、個人で尽く返り討ちにしてきたバケモノ」
「その“スモーキンドッグ”が………このビルの屋上にいる?」
「そう。ソイツを今日、レジスタンス側に雇われたこの私が殺る」
そう言って女はを瞳の奥をギラつかせ、不敵な笑みを浮かべる。
マキタはブルブルと震えていた。落ちた鼻血が、タイルの剥がれた階段に滲んでゆく。
(と……とにかく……このシラヌイを何とかしないと……)
『メビウス』―――――そう、彼女は名をメビウスという。
彼女が名乗った訳ではない。だが、マキタは名前を知っていた。
名前だけじゃない。
彼女のリボルバーは【M360J SAKURA】ベースのカスタムモデルだ。他にも用途に合わせたリボルバーを腰、太もも、脇下に2丁ずつ、合計6丁提げている。
三発までならサブマシンガン並みの連射が可能な早撃ちの腕を持つ、元警察官の殺し屋。
(やっぱり、夢じゃない………。ここは………この世界は……!!)
身長179センチ、バストは106センチ! 趣味は意外とかわいくお料理研究!!
これがマキタの書いた小説における重要な"敵キャラ"―――――メビウスの設定だった。
(やっぱり、俺の話だ……ここは……"俺が書いた小説の"世界なんだ…!!)
――――――6時間前――――――
情けない表情のマキタがヨレたスーツを着て、オフィスビルの一室に座っている。
ここは出版大手の東亜出版本社ビル内にある商談ブース。いわゆる、持ち込みを受ける場所だ。
「………」
彼が視線を下に落とすと、テーブルの対面にアイスコーヒーが殆ど中身を残して放置されている。
その奥に"ザマス眼鏡"をかけた小柄な女性が、タイトスカートから伸びた脚を組んで座っていた。
(コーヒー……飲まないのかな……)
「マキタさん。 私ね、コーヒーが嫌いなんです」
「あ、はい…………えっ?」
アイスコーヒーの横にA4サイズの紙の束があり、彼女は時折それをめくりながら話をしている。マキタが前もってメールで送っておいた小説の、原稿の出力だろう。
「マキタさんは好き? コーヒー」
「まぁ、それなりには」
「私は嫌い。こんな豆の焦がし汁を、何故有難がる層がいるのかしら。マンゴーパッションティーフラペチーノが飲めたら良いのに」
「はぁ……」
(相変わらず口が悪いな……アイコさんは)
『アイコ』―――――彼女の名前はアイコという。
マキタは3年ほど前から、こうして自作の小説を、編集者であるアイコに持ち込んでいた。商談室から内線を入れると、受付嬢がコーヒーを持ってきてくれる。
『頼まないのも勿体ないから』という理由で、アイコは好きでもないコーヒーを頼むのだそうだ。
「それで、あの……どうでした? 今回は……?」
マキタの問いにアイコは原稿から視線を上げて彼を見つめ、マキタをじっと見つめる。
「えぇ、正直言って……」
「……正直言って……?」
少しだけ返答に溜めを作ってから、アイコはにっこりと笑って答える。
「……面白かったです。この小説」
「うっそ、まじすか!! やった! じゃあ……」
マキタは椅子から飛び上がってガッツポーズをする。
「でも、このまま世に出る事は100%ありません」
「ええっ……!?」
第一話を読んで下さった方々へ。
まずはこの第一話を最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。
藤崎 健と申します。
昼は働きながら、夜や土日にこの話を書きながら夢を追っております。
作中でマキタも申しておりますが、私自身まだ夢を叶えられると信じて疑わなかった、在りし日の自分に顔向けができずに今も足掻いています。
不躾なお願いかとは思いますが、どうか貴方の評価を頂けませんでしょうか。
☆1でも、面白くないという感想でも受け止めます。☆1でも、受け止めて自分の糧にしていきたいと考えております。
そしてもし面白ければ、ブックマークして頂けたら嬉しいです。
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